年別アーカイブ:2015年

足で取材して書いた復興現場の記事

2015年5月23日   岡本全勝

朝日新聞の連載「けいざい深話。つなぐ復興」は4回連続でした。第1回目宮古市の「チーム漁火(いさりび)」は、すでに紹介しました。
第2回「仕事を取り戻せ、目覚めた若手」は、原発避難区域で操業を再開した、鋳物やさん。
第3回「世界一軽く薄い絹、総がかりで」は、じり貧の絹織物業界の中で、世界最薄の絹の商品化に成功した絹織物やさん。
第4回「福幸商店街、それぞれの決断」は、津波被災地での仮設商店街に入った商店の、本設店舗への移転でした。

マスコミは、「復興が遅れている」とか、とかく批判的な記事を書きがちです。特に、現場を見ずに、東京で書いている記事もあります。それを読んだ読者は、「復興は進んでいないんだ」と思い込みます。そして現場に行ったときに、現実を見て驚きます。
これには、定番の記事に慣れていて、批判的記事を「やっぱり政府はダメだ」と受け入れる国民にも、問題があるのでしょうが。
今回の企画は、現地を歩いて経営者に取材し、客観的・具体的に、復興の現実を書いていただきました。田中美保記者、ありがとうございました。

椿の剪定

2015年5月23日   岡本全勝

今日、お向かいのSさんにお願いして、玄関横の椿の枝を剪定してもらいました。一昨年は、Sさんに手入れをしてもらい、去年はきれいな花をたくさん咲かせました。花が終わったら、チャドクガの毛虫が大発生したので、私が剪定しました。大胆に刈り込んだら、今年は花を一輪も咲かせませんでした。引っ越してきて9年。こんなことは初めてです。
で、今年は、プロにお出ましを願いました。そして、どのように切ればよいのか、指導を受けました。まず、去年は切る時期が悪かった。若葉の時期にやってはいけない。その他、絡み合っている枝をどう処理するか。そもそも、大きな刈り込みばさみでやっていたのが、失敗でした。
さらに重要なコツ。今年一年で形を整えるのではなく、来年を考えながら、切る枝と残す枝を選ぶのです。なるほど。その長期的視点が重要なのですね。これは、いろいろな場面で、応用できます。
お師匠様は、下の方のいくつかの枝には手を入れず、私に向かって「ここを残しておきましたから、やってみてください」と。う~ん、できた師匠です。私は切る前に「これは切って、ここを残すのでは、どうでしょうか」と、おそるおそる伺いを立て、採点してもらいました。その際も、「ダメです」とはおっしゃいません。
いや~、弟子を育てることが上手なお師匠さんです。私も見習わなくちゃ。もう遅いか。

外から組織を見る、純粋培養の時代は終わった

2015年5月22日   岡本全勝

日経新聞「私の履歴書」、今月は、川村隆・日立製作所相談役です。19日付けの「貴重な経験」から。川村さんは、副社長を最後に日立を去り、グループ会社の会長に転出します。その会社は規模が小さく、会社の全容がつかみやすいのです。
・・・組織の風通しも格段にいい・・・会社にとっても大事なプロジェクトであり、最初のキックオフ会議には、会長、社長も出席した。
その席で意見を募ると、驚いたことに机の後方に座る若手からどんどん手が挙がり、具体的な提案が飛び出してくる。開発の第一線に携わる彼らの意見は的確で、それをその場で次々に採用して開発日程や新製品の骨格が固まっていく。見ていてほれぼれするようなスピード感だった。
これが日立製作所なら、こんな展開にはまずならない。会長、社長の出る会議で若手が意見を言うことはほとんどなく、机の後ろに座って上層部が話すことを黙々とメモするのが関の山。「意見を言って、それが自分の上司の意見と違ったら具合悪い」と自制するのだ。
こうした経験を通じて、外から会社を見ることの重要性を痛感するようになった。日立という組織の中では当たり前の常識が、一歩外に出ると非常識に変わる・・・
・・・日立製作所とは違う企業文化に身を置くことで、経営者としての幅が広がるのだ。「純粋培養」を尊ぶ時代は終わったと思う・・
原文をお読みください。
かつて、河原春郎ケンウッド会長の話を紹介したことを、思い出しました(2007年12月15日の記事)。
・・・面白いたとえがあります。入社して「煙突」の中をはい上がり、社長や役員になって煙突を抜けパッと視界が広がる。自分は金箔をつけて出てきたと思っても、外から見ると煤だった。そんなギャップがある・・

「41年間東芝に勤めた生え抜きなのに、なぜそのギャップが生まれなかったのですか」との問いには、
・・・僕は会社では「エイリアン」でしたから(笑い)。28歳でGEに行き、「世界とはこういうもんだ」と思って帰ってきて20年、「あいつは変だ」といわれ続けた・・

賛成と反対の議論を載せる、良識ある報道機関

2015年5月21日   岡本全勝

五百旗頭先生が、「間違いなく新しいまちづくりがスタートしている。それは昨14年に本格化したが、不思議なことにメディアはあまり報道せず、したがって国民的認識になっていない」と、書いてくださいました(2015年5月21日)。先生が書いておられるように、事業が進んだり、復興が進んでも、日本のマスコミはそれを書いてくれません。逆に、うまくいかないことを中心に報道します。現地を見ない多くの国民は、それを読んで、「復興は進んでいないんだ」と思います。
ところで、河北新報の報道には、敬意を表します。河北新報は東北のブロック紙です。後期5か年事業見通しについて、どちらかといえば地方負担導入反対の論調のようです。しかし、今週3日にわたって連載したインタビューは、賛成と反対の両方の論者の意見を載せています。ありがとうございます。

5月18日、(被災地首長)佐藤仁・南三陸町長
5月19日、(元別の地域の首長)寺田典城・参議院議員
5月20日、(学者)和田明子・東北公益文科大教授

五百旗頭・前復興推進委員長、5年目の復興の評価

2015年5月21日   岡本全勝

今日5月21日の毎日新聞に、五百旗頭真・前復興推進委員長の岩手県視察結果についての寄稿が、載っていました「三陸復興の3類型 新しいまち創造、始動」。
・・・4月下旬、岩手県の三陸海岸被災地を数日かけて訪ねた。
驚いた。ついにその時が来た。この地域全体がうなりをあげてまちづくり土木工事まっさかりである。こんな広域の国土改造は久しく見たことがない。
復興構想会議議長であった私が、「率直に言って遅すぎる」と時の総理に申し上げたのは、大震災の起こった2011年の秋であった。政変に2、3カ月を空費し、被災地が冬を迎える前に槌音高く再建を始めることは不可能になったとの抗議である。問題は避難所から仮設住宅への移行であり、がれき処理であった。一体いつになれば、本格的なまちの再建が始まるのか・・・
・・・5度目の春の今、ついに本当に春がやってきた。間違いなく新しいまちづくりがスタートしている。それは昨14年に本格化したが、不思議なことにメディアはあまり報道せず、したがって国民的認識になっていない・・・
ありがとうございます。先日の「これまでの総括」(5月12日)でも公表し、このページでもたびたび書いているように、津波被災地域では着実に復興工事が進み、住宅再建の見込みがつきつつあります。ぜひ、原文をお読みください。