年別アーカイブ:2015年

古代の女性官僚

2015年1月24日   岡本全勝

伊集院葉子著『古代の女性官僚』(2014年、吉川弘文館)が、勉強になりました。女官というと、古代中国や朝鮮の後宮を思い浮かべ、皇帝や王の妻や側室に仕える女性、その候補者をイメージする人も多いでしょう。あるいは、江戸城の大奥のように、閉ざされた社会を思う人もいるでしょう。ところが日本の古代朝廷では、これらとはまったく違った存在でした。天皇の近くに仕える、官位と重要な職を持った(それが律令に定められている)、高級官僚でした。単なる身の回りのお世話係でもありません。男性官僚より常に天皇近くに仕えているので、大きな権力も持っていたのです。
中国王朝では、皇帝の活動を表と奥に峻別し、宦官制度を使い、女性はもっぱら奥向きの存在だったようです。ところが、日本の古代朝廷では、表でも、男性官僚系と女性官僚系の2系列がありました。妻も夫も高級官僚という家もたくさんあったのです。卑弥呼女王の頃からそうだったんでしょうかね。
中央貴族だけでなく、地方豪族からも出仕する制度がありました。貴族の子弟が、家の名誉と発展を担って出世競争したように、彼女たちも、実家の一族の期待を背負って働いたのです。もっとも、男性官僚系と女性官僚系と2系列なので、同じ職や同じ出世コースを男女が競い合うものではありません。へ~っと驚くことが多いです。ご関心ある方に、お薦めします。

健康・生活支援総合対策

2015年1月23日   岡本全勝

今日23日に、健康生活支援タスクフォースを開き、「被災者支援(健康・生活支援)総合対策」をまとめました。昨年8月に、「被災者の健康・生活支援に関する総合施策」を作りました。そこに、新年度予算に盛り込んだ事業などを加えて、関係する事業を一覧性を持ってみることができるようにしました。概要にあるように、仮設住宅での心と体の健康支援と、公営住宅でのコミュニティ作り支援が、大きな2つの柱です。
実際の活動をしていただくのは、市町村現場であり、NPOや自治会などの関係者です。その方々が活動しやすいように、予算や事業を用意しました。各省が、いろいろと努力をしてくれました。ありがとうございます。これを活用してもらって、現場での被災者支援が進むことを期待しています。

日本人論、日本社会論。2

2015年1月22日   岡本全勝

私が大学生の頃は、日本人論・日本社会特殊論が、一つのはやりでした。ルース・ベネディクト、土井健郎、山本七平、ポール・ボネ・・・。学術的なものから小説、エッセイまで。私も、結構読みました。現在でも、日本人による、あるいは外国人から見た「日本特殊論」「日本優秀論」が、次々に出版されています。「日本人論を論じる」(日本人論論)が、一つの分野になります。
主流は、日本社会が、西欧先進国に比べ遅れているという、学者先生の指摘です。それも理解できますが、日本が遅れているのではなく、別の道を歩んでいるのだという分析、しかもより優れた道を歩んでいるのだという評価は、日本人にとってうれしいですよね。 日本が特殊であり、日本人が優秀だという指摘は、自尊心をくすぐります。そこで、日本社会論・日本人論は、一方で社会学であるとともに、「売れる」読み物になります。他方、日本の失敗、例えば日本軍の失敗や官僚の失敗は、これまた一つのジャンルになります。

福島出張

2015年1月21日   岡本全勝

昨日20日は、福島県市町村に意見交換に行ってきました。郡山駅から、葛尾村(三春町の仮役場)へ。そして、飯舘村(仮役場と本役場)。そこから東へ下って、南相馬市。国道6号線を南下して、富岡町、楢葉町へ。5つの市町村長の意見を、聞いてきました。それぞれ首長さんとは、長い付き合いです。発災直後は、ほとんどすべての方々から、要望やら苦情をお聞きしていたのですが。その後、福島担当と岩手・宮城担当の統括官をそれぞれ置いたことと、現地には局長を置いたので、最近は私が市町村長と現地でお会いすることは、あまりないのです。
旧知の方々なので、いろいろとご苦労を聞いてきました。復興庁本庁で職員からの報告を受けているのと、現地で本音のお話を聞くのとでは、ご苦労に対する理解度が違います。参考になります。1日で5市町村を回るという、強行軍でした。

日本人論、日本社会論

2015年1月21日   岡本全勝

1月13日の読売新聞「戦後70年想う」は、中根千枝先生でした。『タテ社会の人間関係』(1967年、講談社現代新書)は、出版以来半世紀。累計116万部で、今も年に1万部が売れるのだそうです。日本の総人口が1億人ですから、100人に一人は読んでいることになります(50年間という時間を無視しています)。
私も、大学時代に読んで、なるほどと思った記憶があります。ところで、私が大学生の頃は、日本人論・日本社会特殊論が、一つのはやりでした。