年別アーカイブ:2015年

住宅と一緒にコミュニティを作る工夫

2015年2月3日   岡本全勝

1月30日に、福島でのコミュニティ復活交付金(第9回)の配分計画を発表しました。この交付金は、原発避難者で帰還を待つ人のために、町外で住宅を建設するためのものです。資料の参考3(p6以下)をご覧ください。住宅を建てるだけでなく、コミュニティを作るために様々な工夫をしています、いわゆるハードだけでなく、ソフトも組み合わせています。コミュニティ交流員の配置、交流会の開催、生活サポート拠点や診療所の整備など。行政も進化しています。

スイカの売れ行き予想

2015年2月3日   岡本全勝

東京駅記念スイカ(ICカード)の申し込みが約170万枚に上っていると、各紙が伝えています。昨年12月20日にこのスイカを売り出した時に、購入希望者が東京駅の窓口に殺到して、大混乱になりました。ニュースでご覧になった方も多いでしょう。そこで、売り出しを中断し、改めてホームページや郵送で受付をしていました。当初発行予定枚数は1万5千枚、予定を変更して10万枚まで増やす予定でした。1人3枚までだそうでです。ところが、応募数は170万枚になりました。受け付け開始3日間でです。当初予定の100倍です。これはすごい。消費者の予測は、できないものですね。

税制の社会的機能

2015年2月2日   岡本全勝

毎年末に税制が議論され、改正方針が決まります。もちろん、どれだけの税収を得るかという課題の他に、社会の変化にどう対応するか、またその税制によって特定の政策を誘導することが課題になります。
ところで、かつて「庶民の税金を安くするために、大企業に多く課税すればよい」という主張がありました。今となっては、お気楽な主張でした。近年のように、企業が国際的に活動するようになると、法人課税を高くすると、企業は本社や工場を国外に移転させます。よって、各国で法人課税の引き下げ競争が起きています。
「金持ちから取ればよい」という主張もありました。これも、同様です。あまり高くすると、金持ちは国外に逃げるでしょう。いえ、既に逃げている人もいるようです。しかし、格差問題が焦点になっています。その際には、所得(稼いだ額)に対しどのような累進税率にするのか、資産(持っている財産)に対してどのような税金をかけるかが、課題になります(ピケティ氏の主張)。
このほか、排気ガスがクリーンな車の税金を安くして環境に優しくすること。住宅ローン控除を多くして住宅建築を促進すること。企業誘致や投資のために減税が利用されることなど。税金の社会的機能は多岐にわたっています。配偶者控除が専業主婦に有利になっていること、またその控除金額がパートに出るか出ないかの決め手になることも指摘されています。関税が、収入確保より国内産業を保護の観点から議論されること(TPP交渉)。住宅が建っている土地の固定資産税を減免していますが、このことで空き家がそのまま放置されます。
意図した社会的機能とともに、意図せざる機能もあります。税制の教科書や解説書には、どのようなモノやコトにどれくらいの税金をかけるか、そしてどれくらいの税収が上がっているかが解説されていますが、このような説明も必要です。

福島復興の会議

2015年2月1日   岡本全勝

今日は、福島市で、午前中は原発避難12市町村の将来像検討会、午後は国と地方の協議会でした。日曜日なのですが、大臣や首長、有識者の日程を調整すると、今日になりました。皆さん忙しいので。
これらの会議は、当初から現地福島で開催しています。国と地方の協議会には、復興大臣、経産大臣、環境大臣の他、それぞれの副大臣と総務大臣政務官も出席しました。個別の事案、またそれぞれの自治体には、この3省及び関係する省の職員が、しばしば説明に行きまた意見を聞いています。しかし、このように大臣が揃って現地で意見を聞くことは、重要な意義があります。何が進んでいるか、逆に何が進んでおらず課題になっているか、関係者の問題関心はどこにあるのかが、共有できるのです。締めの挨拶の中で、内堀知事が、「国と地方とでキャッチボールができるようになった。投げた球(課題、要望)が、的確に返ってくるようになった。予算、福島特措法改正、再生エネルギー問題など。すべて実現したわけではないが」との発言をされました。大臣からも「厳しいが内容のある意見交換ができた」との発言がありました。実のある会議でした。
朝は、荒川を渡る頃から、西に雪をかぶった富士山がくっきり見えました。帰りは、夕焼けの中に、きれいなシルエットが浮かんでいました。福島県内は、雪景色でした。

第2原発の冷温停止に成功した増田所長

2015年1月31日   岡本全勝

東京新聞が、「証言、福島第1原発。全電源喪失の記憶」を連載しています。1月7日の第33回は、「本店、現場を想像できず」でした。
・・福島第1、第2原発の事故では、現場の状況を想像できない東京電力本店の言動に、現地で対応している所長らがいら立ちをあらわにする場面が何度もあった。第2原発所長の増田尚宏(53)も、よく覚えているシーンがある・・
大震災が起きた3月11日午後6時過ぎ、本店で送電線網を管理する担当者から「富岡線を切っても良いですか」との打診がありました。富岡線とは、第2原発にある4回線の外部電源の一つで、この回線だけが停電を免れました。この富岡線が生き残ったので、原子炉に水を入れたり水位計が使えたのです。この線が生き残ったことが、すべての外部電源を失った第1原発との明暗を分けました。その命綱を切ってもよいかと、本店は聞いてきたのです。富岡線は、東電の配電網の一つです。増田氏の発言です。「首都圏からはるかかなたに一本ぶら下がってふらふらしている系統なんて切っちゃった方が、首都圏の復旧が早くできると考えたんじゃないですかね。第2原発をなんだと思っているんだ、ふざけんじゃねえ、と思いました」。
また、13日頃には、原子炉注水に使える濾過水タンクの水が減り、枯渇しました。津波で破損した配管から水が漏れていたのです。増田所長は本店に、4千トンの水を送るように求めます。本店から「何とか水を調達できたので送ります」と回答がありましたが、それは4千リットルの給水車でした。本店は、飲料水と理解したようです。
・・増田は「これほどまでに感覚が違うのか」とがくぜんとしたが、怒りはしなかった。そして免震重要棟の緊急時対策本部内にいる部下たちに向かってこう言った。「もう人を当てにしても仕方がない。自分たちでやろう」・・
第1原発の指揮を執った吉田所長の苦労は、よく取り上げられます。しかし、第2原発を無事に冷温停止させた増田所長の功績は、あまり取り上げられないようです。外部電源が一つ残ったという違いはありますが、第2原発も第1原発と同じ状況にありました。一歩間違えれば、また少し対応が遅れれば、メルトダウンする可能性はあったのです。しかも事故当時、一部が運転を停止していた第1原発と違い、第2原発はフル稼働していて、危険度は第2原発の方が大きかったのです。増田所長は、第2原発での勤務が長く、施設・設備のすべてを知っていました。その幸運もありました。冷静に全体像を把握し、想像力を働かせ、そして判断を下していった増田所長。その功績は、もっと評価されて良いと思います。