2月14日の日経新聞夕刊が「震災の教訓、被災地で学ぶ 復興工事や防潮堤建設を見学」を載せていました。高台移転や土地のかさ上げ工事が、いかに大変な工事か。現地をご覧いただくと、実感できます。現地に行けない方は、この記事と写真をご覧ください。現在の日本の技術力と財力があるからできる工事です。また、女川町の工事の進捗状況は、「定点観測」の写真がわかりやすいです。
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明治天皇の国見
三の丸尚蔵館「明治天皇 邦を知り国を治める - 近代の国見と天皇のまなざし」展が、お薦めです。明治天皇が行幸された際に撮った写真や、各地から天皇に報告された写真の展示です。明治初年の日本各地が写っています。きれいな状態の名古屋城、熊本城、首里城や、町の家並みといった風景だけでなく、八甲田山での陸軍遭難や三陸津波の被害も。天皇への被害報告の意味があったのでしょう。当時の被害を記した地図には、今回の大震災で大きな被害を受けた沿岸部の地名が並んでいます。
そのあと、皇居東御苑を散策してください。江戸城本丸跡の広々とした公園です。立派な石垣や櫓があります。松の廊下跡は、単なる広場ですが。今は、梅が盛りです。しかも、入場料無料です。
地方から来られた方や外国からの方を案内するには、もってこいです。私は、浅草や上野より、また同じ皇居前でも二重橋より、お薦めの場所と思うのですが。余り知られていません。今日も、諸外国からの観光客がたくさん来ておられました。ひょっとしたら、日本人より多いかも。
大学教育、その社会的機能、2
「日本の卒業率はダントツに高く、91%に達している」という調査結果を教えてもらいました。作者は大橋秀雄さん、元東大教授、工学院大学理事長を勤められた方です。
「卒業率」には、2種類あります。一つは、進学率に対応するもので、同年齢の国民のうち何割が大学を卒業しているかです。もう一つは、入学した学生のうち、何割が卒業しているかです。ここで取り上げられているのは、後者です。もう一つ、各学校ごとの卒業率があります。図を見ていただくと、一目瞭然です。イギリスで79%、ドイツで75%、アメリカでは64%です。
先生は、次のように書いておられます。
・・卒業率が低くなる原因としては:
・卒業の関門が高い。すなわち履修科目ごとに合格基準が高く、単位を取得して先に進むのに、相当の勉学と努力が求められる。
・学費が無料あるいは低く抑えられている国では、ずるずると履修が先延ばしになり、ついには中退に至るケースが多い。また学費を支援する親からの圧力が低いのも、中退を助長する。
・入学した大学での学位取得が能力的あるいは経済的に無理な場合でも、卒業がより容易な大学、学納金の安い大学、短期大学、職業専門学校へ移籍するなど、選択肢がたくさん用意されている。中退は挫折というより作戦変更と捉えられている・・
しかし、興味深いのは、次のような分析です。
・・日本の卒業率がとくに高いのは、単に卒業しやすいという判定基準の問題を越えて、社会の要請に適合してきた結果ともいえる。それは、日本の採用・雇用慣行と深く結びついている。
企業が学卒を採用するとき、大学で何を学んだかの付加価値には関心が低く、長期雇用を前提として将来にわたる発展性や協調性を重視して評価する。企業内教育での呑み込みの良さ、すなわち理解力は、大学入試の難易度の方が判断しやすいし、企業が期待する協調能力やリーダーシップは、学力試験からは分からない。それならいっそ、見込みのある学生を早く受け取って、職場で鍛えた方がいい。教えるものにとっては、悔しい状況が続いてきた・・
そうですね。日本の大学教育が、そのようなもので長続きしたのは、それを許すあるいはそれが適合する社会があったからです。「日本の大学教育の経済競争力への貢献度の低さ」も、びっくりします。「痩せたバッタと太ったサナギ」や「鶏卵業からひよこ業へ」のたとえも、わかりやすいです。
首相の被災地視察
今日2月14日、首相は、岩手県大船渡市と宮城県気仙沼市を訪問されました。大船渡では、復旧した水産加工場や魚市場を、気仙沼では、でき上がった公営住宅などを見てもらいました。被災地の復興には、産業の復興が必要です。そして、被災者の体と心の健康も重要です。
大学教育、その社会的機能
教育が、社会の発展を支えます。優秀な労働力を提供できるかどうかは、その国が発展するかどうかを、左右します。また、教育が、社会の格差を縮小します。もちろん、生まれや財産でなく、本人の能力が発揮できる社会においてですが。そして、金持ちの子弟でも貧乏な子弟でも、平等に教育を受けることができるという社会条件も必要です。
「アメリカ経済を考える。格差問題に関する米国の論点(6)」(東京財団、安井明彦さん。2015年1月27日)、「米大学卒業率、富裕層と貧困層の差が大幅拡大」(ウオールストリートジャーナル日本版、2015年2月4日)。
このようなアメリカでの議論を読みながら考えました。これらの記事では、大学卒業率が取り上げられています。しかし日本では、大学進学率はよく聞きますが、卒業率は余り議論にならないようです(間違っていたら、ごめんなさい)。それは、進学率と卒業率に、大きな差がないからでしょうか。でも、高校でも、中退や進路変更する生徒が大きな割合でいます。たぶん、大学でも同じでしょう。
すると、なぜこれまで、卒業率が議論にならなかったか。たぶん、高度成長期以降、高校進学率を上げることが、日本の一つの社会目標でした。そして高校がほぼ全入になると、大学進学率を上げることが次の目標になりました。それを、未だに引きずっているのではないでしょうか。もう一つは、大学進学が目標であって、卒業が重視されていないこともあります。各高校にとって、難関大学に卒業生を送ることは一つの「指標」です。しかし、大学にとって、卒業生の「品質保証」は、まだ十分に行われていないようです。学校ごとに、どの程度の中退率があるのか、公表されているのでしょうか。