日経新聞8月12日東京面「新幹線と地域」、吉田忠裕・YKK会長のインタビューから。YKKは東京の本社機能の一部を、富山県黒部市に移転することを進めています。
・・・県外から新しく来る人は全く違う価値観や感覚を持っている。(黒部に)赴任した社員に聞いてみると、東京では当たり前の選択肢がないという不満が多い。生活面である程度は首都圏と同じように暮らせる環境を整える必要がある。
まずは新幹線駅からの2次交通がたりない。バスの路線が少ない黒部では通勤や買い物、子供の送り迎えに車が不可欠だ。奥さんや子供がいたら車が2台ないと生活できないという声をよく聞く。電車やバスの接続が悪いことも問題だ。せっかく速い新幹線で来たのに、駅で長時間待たされたら嫌になる。スイスは田舎町でも、特急列車を降りたらすぐにバスが出発する。
住宅の整備も必要だ。富山には首都圏の人のニーズに合った家が少ない。例えば黒部市内は木造2階建てのアパートはあっても、鉄筋賃貸マンションが少ないし、駅近くに家がない。数は足りていてもニーズに合っていなければ意味がない。会社としても無料バスや住宅、保育所の整備を進めているが、自治体ともっと連携していきたい・・・
吉田会長には、私が富山県総務部長の時に、しばしば意見を聞くことがありました。YKKは富山が発祥の地で、大きな拠点があるのです。世界で敵なしのファスナーメーカーを率いる社長として、どのようにしてその地位を守っておられるのか、興味があってお聞きしたものです。月の半分以上を海外出張しておられ、「コストがあわなくなった現地工場を、別の国に移すのが社長の仕事です」というようなことをおっしゃっていました。
さて、ご指摘の点はなるほどと思います。東京で生活している人が、地方都市に行くと感じる生活の不便さ。私も田舎育ちで、就職してからも自治官僚として地方勤務をしたのでわかります。もっとも、明日香村は1時間に1本しかバスがない田舎でしたが、勤務は3度とも県庁勤務でそれなりの都会でした。
住宅などは、これまで需要がなかったので、それに見合うマンションなどがなかったのでしょう。これは、順次解決していくでしょう。
難しいのは、車依存社会をどう変えていくかです。地方は、鉄道やバスが衰退し、車社会になっています。当時、私の部下で「家にあるテレビの数より車の数が多い」という職員がいました。夫婦は1台のテレビを一緒に見ますが、車は2台必要なのです。夫婦とおばあちゃん、成人した子ども2人の5人家族だと、テレビは茶の間に1台か子どもの部屋にあと2台ですが、車は5台です(婆ちゃんは乗らない、夫婦が1台ずつ、子どもも1台ずつ、それに農作業用の軽トラックで5台)。
お店やレストランも、郊外のバイパス沿いにあって、車がないと行けないのです。富山に赴任早々の時です。勤務時間が終わって秘書に「今日は町をぶらぶらして、それで気に入ったところで晩ご飯を食べて帰るわ。公用車は要らないよ」と言ったら、「部長、そんな贅沢は許されません。どこで何を食べるかを決めて行かないと、歩いてぶらりと入る店はないです。店を決めてくださったら、そこまで車で送ります」と叱られました。商店街の中に、レストランが少ないのです。郊外型レストランを決めて、車で行くということです。これは誇張した話ですが(苦笑)。
笑い話に、夕ご飯の支度をしているお母さんが、子供に「醤油が切れたので、買いに行ってきて」と言うと、子供が「じゃあ、お母さん車で送って」というのがあります。多くの地方において、生活の隅々まで、自家用車を前提に成り立っているので、この生活の仕組みを変えるのは大変です。