北岡伸一先生、戦後70年談話懇談会。3

朝日新聞5月30日オピニオン欄、北岡伸一先生のインタビュー「戦後70年談話」から、続き。
・・・私が侵略について発言するたび、「日本に侵略の意図はなかった」「マッカーサーも自衛だと言っている」などと批判する人がいますが、侵略には明確な定義があります。辞書的に言えば「他国の意思に反して軍隊を送り込み、人を殺傷し、財産を奪取し、重要な指揮権を制限する」ということです。政治学でも歴史学でも、大きな定義の争いなどありませんし、規範性が絡む国際法にも一応の定義はあります。
その定義に照らした時、どこから見ても侵略に当てはまるものが例えば満州事変です。日本は、満州事変を経て北満州まですべて支配し、満州国という傀儡国家をつくった。これを否定する歴史学者はいないでしょう・・・
「侵略も含め、過去の首相談話に盛り込まれたキーワードを踏襲するかも焦点です」との問に。
・・・植民地支配や反省、おわびを指しているのでしょうが、それぞれの意味合いは異なります。植民地支配も、事実関係としては間違いありません。世界の植民地支配を相対的に見れば、その苛烈さに程度の差こそありますが、だからといって日本の植民地支配は自慢できるものではありません。
反省は、首相もバンドン会議や米議会上下両院合同会議での演説で言及しています。反省は自らに向けてするもの、過ちを繰り返さないと振り返る行為が反省だと思います。一方、謝罪は相手にするもので多分に外交行為です。従って、一国の首相が謝罪するということは微妙な政治判断が伴います。ちなみに、日本で評価が高いドイツのワイツゼッカー元大統領が敗戦40年を機に行った演説にも謝罪の言葉はありません・・

被災地で活躍する派遣民間人

日本財団と協働している「WORK FOR 東北」(民間人を被災地に送る事業)の最近の実績が公表されました。平成 26 年度下期において 14 名、 平成27年4月1日には24 名の派遣が決定しました。平成25年10月の事業開始以来、延べ83 名を派遣して、 うち74 名が現在も派遣中です。派遣された方々は、産業復興や土木・ICTなどの専門性の高い分野で活躍しています。

朝日新聞解説、復興予算

朝日新聞が、今日から、「教えて!復興予算」の連載を始めました。
・・・東日本大震災からの復興のために、この5年間で約25兆円の国の予算が使われています。津波で失われた住宅地や学校・病院の再建が進み、巨大な防潮堤や道路も整いつつある一方、予算のあり方には課題も出ています。企業や個人が広く負担する復興予算は被災者に役立っているのか。8回にわけて読み解きます・・・
第1回目は、大月規義・編集委員による「震災から5年間で26兆円」でした。的確で、わかりやすく、バランスの取れた解説を期待します。

後期5か年事業、地方負担

今日3日、復興大臣が「平成28年度以降の復興事業にかかる自治体負担の対象事業及び水準等」を発表しました
負担水準は、通常の地方負担額の5%としました。例えば、国直轄の道路事業では、国が事業費の3分の2を負担するので、通常の地方自治体負担は3分の1(33%)です。その5%にするので、実質負担は33%×5%=1.7%となります。通常の場合に比べ、はるかに(20分の1に)小さくなっています。これは、自治体や与党からの「自治体が負担できる範囲で」との申し入れを反映し、最低限の水準にしたものです。ちなみに、災害復旧事業は、通常、自治体の負担が5%です(ただし今回は、災害復旧事業は地方負担無しで行います)。
なお、5月12日公表したように、災害復旧事業、復興事業(元に戻すだけでなく新しくつくる事業など)で高台移転などの基幹的事業、原発事故由来の事業などは、今後とも全額国費(地方負担無し)で行います。規模が大きく予算がかかる事業はほとんどがここに入るので、地方負担を求める事業は範囲が小さいです。地方負担対象事業の範囲も、負担率も、かなり小さくなっています。
地方負担対象とするのは、これら基幹的事業以外で、全国的に他の地域でも行われる地域振興事業などです。被災地から離れた内陸部での、道路改良事業(地震で壊れたのでないもの)もあります。これらを、他の地域との公平性の観点から、地方負担を求めたのです(ただし通常の20分の1)。他の地域で同じ事業を行う場合、上に述べたように通常の負担割合になります。

北岡伸一先生、戦後70年談話懇談会。2

朝日新聞5月30日オピニオン欄、北岡伸一先生のインタビュー「戦後70年談話」から、続き。
「21世紀懇の議論をもとに首相談話が書かれるとすれば、有識者の役割は極めて大きいと思います」との問に。
・・・誤解されては困りますが、議論を踏まえて我々がどんな報告を上げるのかと、首相が最終的にどんな首相談話を出すのかは別の話です。懇談会の議論がすべて無視されるとは思いませんが、いずれにせよ首相談話そのものには直接関与していません・・
「談話を出す際に、首相は「幅広い意見に耳を傾けた」と言うのではないでしょうか。21世紀懇の存在が、首相の「免罪符」に使われる恐れはありませんか」との問に。
・・・では、為政者が誰にも相談せず、自分の頭だけで考えて談話を出す方が良いと言うのでしょうか。歴史は事実に基づいており、研究として蓄積がある学者は客観的な材料を提供することができます。一方、首相の談話は外交問題も絡む極めて高度な政治的行為です。談話が歴史を無視したものになっては困りますが、政治的なメッセージは主として政治家が判断すべきではないでしょうか。
有識者会議の役割ですが、例えば政治家が何かを発言する時、官僚はなかなか「ノー」とは言えない。かなり一方通行的な関係である政治家と官僚に比べ、我々は嫌われることを恐れず自由に発言できます。官僚のセクショナリズムに陥ることもありませんから、さまざまな意見を総合する効果はあるのではないでしょうか・・・