東日本大震災から4年以上が経過し、仮設住宅での避難生活が長期化する人や、災害公営住宅に移転した人の、心のケアやコミュニティづくりが重要な課題となっています。このため、被災者の人と人とのつながりをつくり、生きがいを持って前向きに暮らしていくための取組を、支援することにしました。「心の復興事業」と名づけています。その第1次採択が決まりました。
人とのつながりをつくること、生きがいを見いだすことを、他人が働きかけることは、なかなか難しいことです。本人にその気がないと、できません。しかしすでに、各地で町内会やNPOによって、その機会をつくる取り組みが試みられています。畑作業や手仕事をしてもらうなど、住宅に引きこもらず、体を動かすこと、皆と一緒に活動することです。これは、行政がこれまで取り組んだことのない分野です。中央省庁には「人とのつながり支援・生きがい作り担当省」はありません。
復興庁では、「インフラ復旧と住宅再建」「産業となりわいの復興」「被災者の健康とコミュニティ再建」の3つを、復興の柱にしています。この3つは、モノの復旧、機能の復旧、つながりの復旧と、言い換えてもよいでしょう。しかし、インフラ整備、産業振興、医療福祉などの担当省はあるのですが、人とのつながり支援やコミュニティ再建を担当する部局はありません。また、住宅建設や産業振興、医療提供は、資金を出せば「整備や提供」を担ってくれる企業・団体・専門家があります。しかし、人とのつながりやコミュニティ再建は、それを提供する企業などはないのです。というより、お金で提供できることではありません。モノと機能の復旧に対し、つながりの復旧は、行政にとって難しいのです。行政・政府が試みる新しい挑戦です。
このページで何度か繰り返していますが、私は、これを「サービス提供国家から安心保障国家への転換」と位置づけています。参照「被災地から見える「町とは何か」 ~NPOなどと連携した地域経営へ」
月別アーカイブ: 2015年4月
明るい課長講座上級編。回答
先日の「困った、あなたならどうする」に、何人かの人から回答案が寄せられました。紹介します。少し加筆してあります。それぞれ場面1についてです。
(Fさんの回答。模範的回答+聖人君子です)
Cくんの立場はつらいのですが「えーと、なんでしたっけ?」と聞き返し、「あれだよ」ともう一度言われてから「あ、あれですか。すみません、やってませんでした」と答えます。部屋から出てきてから、B課長に「すみません、手を付けてから報告するつもりだったんですわー」と言うのです。わだかまりは残らざるを得ませんが、CがB課長に気をつかっている、ということだけは明らかになります。あとは、時間が解決(誰かが異動する)してくれるのを待つしかありますまい。
Bさんは簡単で、はらわたを煮えくりかえさず、その場では「なんでしたっけ?」と言うのです。そして、部屋から出てきてからCに、「手数かけてすまんけど、Aさんにつきあったって」と頭を下げるんです。
(Yさんの回答。普通の人+穏当でない回答)
私がCくんだったら、きょとんとし続けます。で、AがBを飛ばした時点で、CはBを見限ったはずなので、Bを異動させるようAに工作します。ダメなら、Cが自ら異動をAに希望します。
Aさんだったら、速やかにBさんとの飲み会を設定し、窮鼠にしない。
Bなら、Cを虐殺します。(まじめに読んではいけません)
新しい東北・フェイスブック開設
復興庁では、「新しい東北」官民連携推進協議会のフェイスブック・ページを開設しました。職員から「次官のホームページで紹介してください」と、指示がありました。私は忙しいので、彼が書いてくれた紹介文を転載します(一部、私が加筆してあります)。
「新しい東北」官民連携推進協議会は、復興に取組んでいる団体や取組を支援している団体、合計800団体に参加してもらっています。会員団体のプロジェクト、ヒト・モノ・カネの支援制度、シンポジウム・勉強会等のイベントなど、様々な情報をインターネットで共有しています(この他、集まって顔を合わせて交流してもらうイベントも開催しています)。
被災地では、賑わいのあるまちづくりに向けた取組が進んでいます。コミュニティの形成や産業・生業の再生に向け、様々な主体(自治体、民間企業、NPO、大学など)が、それぞれのノウハウ・強みを活かしつつ、「新たな挑戦」を進めています。復興庁ができることは、様々な団体の間で、お互いの強みを活かし合った連携がより生まれやすくなるよう、情報を共有できる場所を提供することです。これまではホームページを作って運営してきたのですが、フェイスブックを使っている人も非常に多いため、これも始めることにしました。ぜひ、「いいね!」を押してフォローしてください。フォローしていただくことで、最新の情報を常に得られるようになります。
これでよいかな、小川補佐。
接待の手土産
23日の日経新聞に、「接待の手土産セレクション2015」が載っていました。どうやら、取引先の接待の後にお渡しする手土産のリストです。上司が持っていく品物を、秘書が選ぶ際の候補のようです。たしかに、これは難しいですよね。日本の接待は、夜の料亭やレストランで行われます。休日のゴルフ場もあるようです。そこで、お持ち帰りいただくとすると、接待相手とともに、ご家族が喜ばれるもの、そしてかさばらないけどそれなりの金額のものである必要があります。
秘書が困るのは、自分はその相手を知らない、どの程度の金額がよいかわからない・・・からです。料亭やレストラン、ホテルなら、その店がつくっているお菓子などが定番でしょうが。この宣伝は、よいところを、ついていますね。品物を選んだ理由に、「日経新聞に載っていますから」と言えます。接待に使う店も、紹介してくれるようです。「明るい秘書講座」裏技編ですね。
国家公務員は、1990年代の官官接待や不祥事以来、接待を受けることは禁止されています(国家公務員倫理法)。よって、この悩みはありません。厳密に言うと、接待することは禁止されていないようなので、持っていく手土産を悩むことは可能ですが(苦笑)。誰も、していないでしょうね。
東宮へのご進講
今日27日は、東宮御所で、皇太子殿下・妃殿下に、ご進講する機会をいただきました。両殿下には、これまでもたびたび被災地の視察や慰問にお出かけいただき、被災者を励ましていただいています。そのお礼も、申し上げました。この4年間に何ができたか、このあと何が残っているか、いま何が課題かを、お話ししました。資料は、何度か打ち合わせて、職員が、現場の状況がわかる写真付きの、わかりやすいものを用意してくれました。
両殿下とも、ご関心が深く、またよくご存じで、何度か「これは○○ですね」と、ご指摘をいただきました。発災直後の対応についても話が及び、当時の私の仕事や判断なども、ご説明しました。
帰ってきたら、職員曰く「殿下の前でも、関西弁でしゃべったのですか?」。う~ん、本人は少々緊張していましたが、たぶん日常使っている言葉で、しゃべったのでしょうね(苦笑)。