生活再建支援、ちょうど3年

今日19日は、「生活復興フォーラム」に仙台まで行ってきました。これは、復興庁が、ひょうご震災記念21世紀研究機構に委託した「東日本大震災生活復興プロジェクト」の発表会です。自治体やNPOが被災者による生活設計やコミュニティへ復興を支援する際の注意点などを、阪神淡路大震災の経験を持つこの機構にまとめてもらいました。被災地で44回も、聞き取りなどをした成果です。
できあがった冊子「生活復興のための15章」は、追って公開します。 昨年まとめた、「被災者に対する健康・生活支援パッケージ」等とともに、現地で活用してもらえるようにします。
被災地では、インフラ・住宅復旧にめどが立ちつつあるので、次の大きな課題は、産業復興と健康や生活の再建です。読売新聞はこころの復興の連載を、朝日新聞は経済欄で被災地の中小企業再建の連載を始めました。

ところで、ちょうど3年前の3月19日から、私はこの大震災対応に関わりました。官邸に呼ばれて、被災者生活支援本部を立ち上げたのが、平成23年3月19日の朝でした(2011年4月13日の記事)。仕事の原点は、「被災者の生活支援(救援)」でした。今また、「被災者の生活支援(再建)」が重要なテーマになっています。
これは一つには、それを専管的に所管する役所がないからです。インフラや住宅は、国土交通省が中心になって、建設業界とともに、担ってくれます。そして、県庁にも市町村役場にも、土木部や土木課があります。ところが、「被災者(住民)の生活の課題担当」の省や課はないのです。だから、発災直後に「被災者生活支援本部」を立ち上げる必要があったたのです。それは、現在も変わりません。
そして、それを担ってくれる「業界」も、ありません。手法も、確立していません。かつては、自己責任、自助、近所や親類の助け合いで、すませていたのです。医療や福祉関係者、NPO、コミュニティなどと、これから手探りで進める必要があります。そして、それは予算をつけたら終わり、というものではありません。人によるサービス、継続したサービスが必要です。さらに言うと、支援者がサービスするだけでは、本人の自立はありません。難しいところです。これは、かつて携わった「再チャレンジ支援行政」と共通しています。

大山健太郎社長

3月15日朝日新聞別刷りbe「逆風満帆」に、アイリスオーヤマの大山健太郎社長が「震災、地元企業の責務とは」で出ておられます。
・・気仙沼市でグループが運営する津波の被害を免れたホームセンターの店長は、クビ覚悟で、列をなす被災者に灯油を無料で配った。代金はあとでいいからと、ノートに金額を書いてもらい、電池やカセットコンロも売った。「よくやってくれた」。大山が長年考えていたことを、社員が率先垂範したのだ。
「ピンチはチャンス」の口癖通り、大山は大震災をも成長のステップにする・・
詳しくは原文をお読みください。社長には、いつも厳しい意見をいただいています。

大震災、変わらない日本社会、変える日本社会。2

4 すると、私たちがすべきことは、「何を変えるか」を考えることです。
その一つは、原発の管理政策や想定外の大災害への備えなど、今回明らかになった欠点や教訓を踏まえた対応です。科学と社会や政治との関係も、見直すべきでしょう。「防災から減災へ」は、その一つです。
また、被災地を元に戻すだけでなく、「課題先進地」ととらえ、新しい地域社会作りに挑戦することです。過疎、人口減少、高齢化、産業空洞化に対して、どのようにして活力ある地域社会を作っていくかです。復興庁では、「新しい東北」という概念で、地元の人たちとそれに取り組んでいます。
その他に、私が期待して試みているのが、「社会を支える官・共・私=行政、NPO、企業のあり方の変化」です。藤沢烈さんのインタビューや拙稿「被災地から見える町とは何か~NPOなどと連携した地域経営へで述べていることです。
この変化は、政府が「指導」したり予算を付けただけでは、実現できません。公共施設や制度資本は行政が作ることができますが、関係資本や文化資本は、行政だけでは作ることができません(拙著『新地方自治入門』p190)。企業(経営者と従業員と株主)、NPO関係者、有識者、そして国民の意識が変化する必要があるのです。それを直接変えることはできませんが、誘導することはできます。関係者で協働しながら、国民を巻き込んでいくのです。良い事例を積み重ね、マスコミがそれを報道してくれることで、国民に認知されます。

5 社会は、「変わるもの」か、「変えるもの」か。
社会学者なら、日本社会の変化を「観察」して、その特徴をまとめれば済みます。しかし、社会の参加者である官僚も国民も、観察だけでは不十分で、「何をどう変えるか」にかかわる必要があります。そして「そのためにどうするか」を考えなければなりません。もちろん、社会は自ら変わるものですが、ある理想像があるのなら、それに向かって変えていくべきです。
私は、既に述べたように、現地の地域社会に関しては「過疎、人口減少、高齢化、産業空洞化地域で、どのようにして活力ある地域社会を作るか」(新しい東北)であり、日本社会の意識に関しては、「公共を支えるのは行政だけではなく、官・共・私=行政・NPOや中間集団・企業の3者であることへの変化」(企業との連携NPOとの連携)と考え、挑戦しています。
また復興行政に関しては、目標を「国土の復旧」だけでなく「暮らしの再建」へ範囲を広げることや、「前例がありません」といった「官僚批判の定番」を克服することも、試みています。
6 大震災を「戦後日本」を終えさせるもの、そして「ポスト戦後」の契機と位置づける考え方もありますが、それについては、別途書きます。

追伸
朝日新聞オピニオン欄3月13日に、塩野七生さんが「東日本大震災3年。これからを問う」で、「あれから3年がたちました。日本は変わったと思いますか」という問に、次のように答えておられます。
・・外から見てきて思うのは、現状への不満や抗議が日本を満たしている感じがすることです。ローマで日本の新聞を見ても悲観的なことばかり載っていて、読むと暗くなる。この3年で変わったか変わっていないかを問題にするよりも、重要なのはこれからどうするかです・・

シェイクスピアの初版本を探す

エリック・ラスムッセン著『シェイクスピアを追え!』(2014年、岩波書店)が、おもしろかったです。
シェイクスピアの戯曲の数々(台本)を本にした、ファースト・フォリオ(最初の本格的な本)は、彼の死後1624年にロンドンで出版されました。400年前の話です。現在、初版本が全世界で、232冊確認されています。
2002年には、1冊が700万ドル(1ドル100円で換算して、7億円)で売買されています。貴重なので、有名人から有名人に引き継がれ、そしてたびたび盗難に遭っています。それを追いかけたのが、本書です。小説よりも奇なりな本の生涯と、それを追いかけた執念をお読みください。
本と言っても、現在の本屋に並んでいるような単行本とは違います。高さ36センチ、幅23センチ、厚さ8センチの大きさで、908ページの大きなものです。それを盗むのです。まあ、有名な茶碗・大名物の持ち主の歴史、盗難の歴史といったら良いでしょうか。
日本では、明星大学図書館が、12冊も所蔵しています。そして、インターネットで画像を公開しています。検索ページで、title Hamlet Act1 Scne1 Line1を選ぶと、ハムレットの台本の1ページが出てきます。

大震災、変わらない日本社会、変える日本社会

「震災から3年、社会の変化」(藤沢烈論文)の続きです。
これまでもしばしば、「震災で、日本は変わったか」という質問を受けました。この質問をされる方の多くは、「変化を期待していたのに、変わっていない」という認識を基にしておられます。そのようなときに、私は、「どの分野をさして、議論しておられますか?」と、議論の土俵の設定から話を始めます。私の暫定的な答は、次の通りです。
日本社会は、大きくは変わっていません。
1 あれだけの大災害にあって、被災者も国民も、冷静に対応しました。略奪も暴動も、起きませんでした。
これは、他の先進国にも途上国にも見られない、すばらしい社会であり国民性です。このような社会は、変わることなく育てていく必要があります。
2 大震災は大きな被害をもたらしましたが、日本全体から見ると、限られています。3県の人口やGDPは、約5%程度です。避難者の数だと、人口の0.4%です。その他の地域と国民が支援することで、復旧・復興できるのです。
日本国民の大半が大きな被害にあったなら、違った光景が広がっていたかもしれません。
3 (質問者は)「どの点が、どのように変わるべきであった」と、考えておられますか?
もちろん、原発の安全神話は崩れました。科学者に対する信頼や、原発行政を管理していた省庁や東電に対する信用も、崩れました。しかしそれは、日本社会の意識構造全体を変えるまでには至っていません。
第2次大戦で日本が負けたといったような場合とは、異なります。国土の物理的破壊が、社会の意識的変化になるには、それなりの条件が必要です。
そして、日本社会の意識構造全体が変わる際には、政治構造の変化を伴うのでしょう。今回の大震災は、未曾有の大災害でしたが、そこまでは至っていません。国民は、政府に対する不信を募らせましたが、他方で一定の信頼も続いています。(政権交代はありましたが)、日本の政治体制、代議制民主主義、内閣や行政に対して、評価しています。あるいは、これに変わる代案はないと、考えているのでしょう。
「抜本的な改革」は聞こえはよいですが、何をどう変えるか明言しないと、それだけでは内容を伴っていません。それよりは、現体制を前提としつつ、欠点や課題を解決することを、国民は支持しているのだと思います。
この項、さらに続く。