時々、「2年半が過ぎても復興が進まず、市街地は更地のまま」という説明がついて、更地のままの津波被害地の写真が、新聞などに載ることがあります。
この記述は、間違いではありませんが、正確ではありません。すなわち、そのような場所は危険なので、高台に移転します。跡地は、利用方法を検討していますが、住宅は建てません。
移転先の住宅建設を急いでいるので、跡地の方は計画や工事は後回しにしています。意図的に、更地のままなのです。さらに言うと、まだ当分の間、更地のままです。「工事が遅れている」とか、「復興庁が悪い」と批判しないでくださいね。
年別アーカイブ:2013年
藤沢烈さんのサイト
民間人の立場からほぼ毎日、復興関係のニュースを伝えているサイトがあります。
「藤沢烈BROG」です。民間人、しかもエネルギッシュに現地を回り、また若者たちの意見を拾っています。うらやましくもあり、脱帽です。このサイトとともに、ご活用ください。
被災地域の住民活動への助成
トヨタ財団が、助成対象に、「東日本大震災特定課題」を設けています。対象となるのは、被災地のグループが実施する復興まちづくりの取組みです。地震・津波被災経験地である奥尻島、玄界島、中越、阪神・淡路の復興経験並びに現在の実態についての現地訪問学習を支援してくださいます。
これまでも、東日本大震災からの復興をテーマに、さまざまな助成をしてくださっています。住民が主体になって地域の課題の解決に取り組むプロジェクトや、コミュニティの復興に向けた活動など、なかなか手の届きにくい活動を選んでいます。
西洋の衰退の原因
ニーアル・ファーガソン著『劣化国家』(2013年、東洋経済新報社)を読みました。というか、読んだあと、紹介するのを怠っていました。
この本は、イギリスBBCラジオの番組リース・レクチャー(Reith Lectures)の2012年の講義を基にしたものです。講義の題名は「法の支配とその敵」ですが、西洋を隆盛させた4つの制度が行き詰まることで、西洋の衰退を生んでいるという内容です。
4つの制度とは、政治(民主主義)、経済(資本主義、自由主義市場経済)、法の支配、市民社会(ソーシャルキャピタル、市民のつながりやボランティア)です。それぞれの記述には、驚くほどの新鮮さはありません。しかし、世界を代表する碩学が、現代社会を分析する際にこの4つの切り口から見ていることに、同感し安心しました。
私は、社会を、政治制度(官)、経済制度(私)、市民社会(共)の3つに分けて説明しています。ファーガソン先生は、それに法の支配を加えています。講義の題名が、そもそも「法の支配とその敵」です。その理由は、次のように語られています。
・・政治主体と経済主体の双方に対して、重要な制度的チェックの役割を果たすのが、法の支配である(rule of law)。立法機関の制定する法律が施行され、市民一人ひとりの権利が守られ、市民や企業の紛争が平和的かつ合理的な方法で解決されることを保証する、有効な司法制度がなければ、民主主義も資本主義も機能できるはずがない・・(p18)
全体の主張は、本文を読んでいただくとして、勉強になったか所を、紹介します。
「法の支配が経済成長を促す」という考えが、広く受け入れられた。その際には、民間主体による契約執行と、国家による強制を制限することが、重要である。そしてこの点に関して、英語圏のコモンローが、大陸法より優れている。大陸法が「政策施行的」であるのに対し、コモンローは「紛争解決的」だからである。
法による投資家保護は、金融の発達度・・および銀行の政府所有や新規参入規制、労働市場の規制、メディアの政府所有の度合い、徴兵制の有無・・を予測する、強力な指標である。これらの領域のすべてで、大陸法はコモンローに比べて、所有や規制における政府介入の度合いが強い。その結果として市場に悪影響が及びやすい・・(p104)
この100年間、公教育の拡大は善だった。無料の義務教育が、大きな見返りをもたらした。読み書き計算ができることで、労働者の生産性が大きく高まる(それ以上に、平等な社会を作ります)。しかし、読み書きが普及した社会にとっては、公的部門が教育を独占的に供給することの弊害が大きい。
それは、競争欠如による質の低下と、「生産者」側の既得権益の力の高まりである。著者は、私立の教育機関の数を大幅に増やし、同時に低所得家庭の子どもたちの多くがこうした機関に通えるように、教育バウチャーや奨学金、育英資金の制度を確立することを薦めています(p153)。
ご関心ある方は、どうぞ。なお、第4回分はインターネットで、聞くことができます。
持田先生の新著『地方財政論』
持田信樹・東大教授が『地方財政論』(2013年、東京大学出版会)を上梓されました。先生は既に『財政学』(2009年、東大出版会)を出しておられるので、これで両輪がそろいました。
先生は、この本の特色を、「第1に、世界の理論的潮流に照準を定め、わが国の制度を新たな視点から照らし、あるべき政策を考察していることである」と書いておられます。」と述べておられます。
「〈理論〉を志向すると、地方財政の〈制度〉に関する理解は浅くなる。〈制度〉の解説を志向すれば、それと表裏一体の関係性にある〈政策〉に関心が傾き、根本にある〈理論〉が手薄になる。本書は、その難題に挑戦し〈制度〉・〈理論〉・〈政策〉を1冊の教科書で有機的に結合して、釣り合いのとれた議論を展開しようとした」と書いておられます。確かにそうですね。そのバランスが難しいのです。
続いて、「大手製菓会社の宣伝文句に『1粒で2度おいしい』というのがある。そのひそみにならうならば、本書は『3度』楽しめるはずである」とも書いておられます。
第2の特徴として、「最近の地方財政論の成果を吸収して、所得再分配における地方財政の意義と問題点をやや詳しく概観している。このため、本書では経費論を予算論の一部として展開するのではなく、予算論から独立した章を立てて(教育、医療・介護、福祉)、やや詳しく概観した。それによって、地方財政論における歳入論偏重ともいうべき傾向を緩め、経費論の位置づけを高めようとした。地方財政の役割を資源配分機能の世界に閉じ込めるのはやや時代遅れである、という真意をくんでいただければ幸いである」。この後段は的確な指摘で、かつて地方財政を論じていた者の一人として、耳が痛いです。
拙著『地方財政改革論議』も、参考文献として紹介してもらっています。「やや古いが岡本(2002年)は、地方交付税改革の背景や内容に関するわかりやすい解説」(p306ほか)。ありがとうございます。しかし、もう11年も前のこと、古くなりました。その後は、内閣や官房系の仕事で忙しく、地方財政とはすっかりご無沙汰になっています。
なお、先生の『財政学』は、以前このページで、詳しく紹介しました(2009年12月6日以下)。