西洋の衰退の原因

ニーアル・ファーガソン著『劣化国家』(2013年、東洋経済新報社)を読みました。というか、読んだあと、紹介するのを怠っていました。
この本は、イギリスBBCラジオの番組リース・レクチャー(Reith Lectures)の2012年の講義を基にしたものです。講義の題名は「法の支配とその敵」ですが、西洋を隆盛させた4つの制度が行き詰まることで、西洋の衰退を生んでいるという内容です。
4つの制度とは、政治(民主主義)、経済(資本主義、自由主義市場経済)、法の支配、市民社会(ソーシャルキャピタル、市民のつながりやボランティア)です。それぞれの記述には、驚くほどの新鮮さはありません。しかし、世界を代表する碩学が、現代社会を分析する際にこの4つの切り口から見ていることに、同感し安心しました。
私は、社会を、政治制度(官)、経済制度(私)、市民社会(共)の3つに分けて説明しています。ファーガソン先生は、それに法の支配を加えています。講義の題名が、そもそも「法の支配とその敵」です。その理由は、次のように語られています。
・・政治主体と経済主体の双方に対して、重要な制度的チェックの役割を果たすのが、法の支配である(rule of law)。立法機関の制定する法律が施行され、市民一人ひとりの権利が守られ、市民や企業の紛争が平和的かつ合理的な方法で解決されることを保証する、有効な司法制度がなければ、民主主義も資本主義も機能できるはずがない・・(p18)

全体の主張は、本文を読んでいただくとして、勉強になったか所を、紹介します。
「法の支配が経済成長を促す」という考えが、広く受け入れられた。その際には、民間主体による契約執行と、国家による強制を制限することが、重要である。そしてこの点に関して、英語圏のコモンローが、大陸法より優れている。大陸法が「政策施行的」であるのに対し、コモンローは「紛争解決的」だからである。
法による投資家保護は、金融の発達度・・および銀行の政府所有や新規参入規制、労働市場の規制、メディアの政府所有の度合い、徴兵制の有無・・を予測する、強力な指標である。これらの領域のすべてで、大陸法はコモンローに比べて、所有や規制における政府介入の度合いが強い。その結果として市場に悪影響が及びやすい・・(p104)
この100年間、公教育の拡大は善だった。無料の義務教育が、大きな見返りをもたらした。読み書き計算ができることで、労働者の生産性が大きく高まる(それ以上に、平等な社会を作ります)。しかし、読み書きが普及した社会にとっては、公的部門が教育を独占的に供給することの弊害が大きい。
それは、競争欠如による質の低下と、「生産者」側の既得権益の力の高まりである。著者は、私立の教育機関の数を大幅に増やし、同時に低所得家庭の子どもたちの多くがこうした機関に通えるように、教育バウチャーや奨学金、育英資金の制度を確立することを薦めています(p153)。
ご関心ある方は、どうぞ。なお、第4回分はインターネットで、聞くことができます。

持田先生の新著『地方財政論』

持田信樹・東大教授が『地方財政論』(2013年、東京大学出版会)を上梓されました。先生は既に『財政学』(2009年、東大出版会)を出しておられるので、これで両輪がそろいました。
先生は、この本の特色を、「第1に、世界の理論的潮流に照準を定め、わが国の制度を新たな視点から照らし、あるべき政策を考察していることである」と書いておられます。」と述べておられます。
「〈理論〉を志向すると、地方財政の〈制度〉に関する理解は浅くなる。〈制度〉の解説を志向すれば、それと表裏一体の関係性にある〈政策〉に関心が傾き、根本にある〈理論〉が手薄になる。本書は、その難題に挑戦し〈制度〉・〈理論〉・〈政策〉を1冊の教科書で有機的に結合して、釣り合いのとれた議論を展開しようとした」と書いておられます。確かにそうですね。そのバランスが難しいのです。
続いて、「大手製菓会社の宣伝文句に『1粒で2度おいしい』というのがある。そのひそみにならうならば、本書は『3度』楽しめるはずである」とも書いておられます。
第2の特徴として、「最近の地方財政論の成果を吸収して、所得再分配における地方財政の意義と問題点をやや詳しく概観している。このため、本書では経費論を予算論の一部として展開するのではなく、予算論から独立した章を立てて(教育、医療・介護、福祉)、やや詳しく概観した。それによって、地方財政論における歳入論偏重ともいうべき傾向を緩め、経費論の位置づけを高めようとした。地方財政の役割を資源配分機能の世界に閉じ込めるのはやや時代遅れである、という真意をくんでいただければ幸いである」。この後段は的確な指摘で、かつて地方財政を論じていた者の一人として、耳が痛いです。
拙著『地方財政改革論議』も、参考文献として紹介してもらっています。「やや古いが岡本(2002年)は、地方交付税改革の背景や内容に関するわかりやすい解説」(p306ほか)。ありがとうございます。しかし、もう11年も前のこと、古くなりました。その後は、内閣や官房系の仕事で忙しく、地方財政とはすっかりご無沙汰になっています。
なお、先生の『財政学』は、以前このページで、詳しく紹介しました(2009年12月6日以下)。

戦前の日本に戦争を選ばせた条件、現在の日本を戦争に進ませない条件

9月22日の読売新聞「地球を読む」、北岡伸一先生の「安全保障議論。戦前と現代、同一視は不毛」から。
先生は、「昭和の戦前期、日本を戦争への道に進ませた諸条件を考えれば、今の日本に当てはまらないことは自明だからである」として、次の5つを上げておられます。
第1は「地理的膨張が国家の安全と繁栄を保証する」という観念。第2は「相手は弱い」という認識。第3は「国際社会は無力で、制裁する力はない」という判断。第4は「政治の軍に対する統制の弱さ」。第5は「言論の自由の欠如」です。それぞれの条件が、戦前の日本に戦争への道を進ませ、その条件が当てはまらない現在の日本は戦争を選ばないという主張です。説得力があります。
他方で先生は、この5条件が現在の中国に当てはまることも述べておられます。これも納得。原文をお読みください。

リーマン・ショック5年、第2の大恐慌を回避した政治

9月29日の日経新聞「シリーズ検証。危機は去ったか。リーマン・ショック5年」は、当時の麻生太郎首相へのインタビューでした。リーマン・ブラザーズの破綻が9月15日、麻生内閣発足が9月24日、10月23日に北京で開かれたアジア欧州会議の際に日中首脳会談が開かれました。
・・日中首脳会談の席でリーマン破綻の影響、特に外貨準備の大半を占めるドルへの影響が議論になった。私からは「中国と日本は外貨準備のドル保有残高で世界1、2位だ。ドルを安定させることが重要である。それが日中両国の経済にとっても利益である」と慎重な対応が必要だと話した。
脳裏をよぎったのは、基軸通貨が揺らぎ、世界が通貨安と関税引き上げ競争に走った1930年代の再来だった。幸い、どの国も米国債の投げ売りに走ることはしなかった。結果的に基軸通貨の揺らぎを避けられたのは幸いだった。
胡主席とは中国経済についても議論した。「米景気の悪化で対米輸出が激減し、輸出を米国に依存する中国の景気も悪化するだろう。従って、中国は内需拡大に精力を投下し、インフラ投資に重点を置けばいいのでは」と私が話すと、胡主席はノートを取り出しメモを取っていた。
国際政治の首脳会談は事前の打ち合わせに沿って進む。ところがこの日、胡主席とは想定外に率直な意見交換ができた。11月に中国は4兆元(60兆円)の経済対策を決定した・・
サルコジ・フランス大統領、メルケル・ドイツ首相、ブッシュ・アメリカ大統領とのやりとりも紹介されています。また、11月のG20サミットの席で、日本が国際通貨基金(IMF)に1,000億ドルの融資を表明して世界をリードしたことも。続きは、原文をお読みください。
私は、リーマン・ショックへの対応は、政治と経済の関係、しかも国際経済と国際政治の関係や、政治の役割を考えさせる良い事例だと思います。もっとも、1930年代は失敗したことで大恐慌は歴史の教科書に大きく取り上げられ、今回はそれを回避できたことで歴史の教科書には大きく取り上げられません。

大震災、二重ローン対策

今回の大震災に際して、新しく取られた政策の1つに、二重ローン対策があります。
事業を再開したり、家を再建しようとしても、既に借りていた借金があると、その上に新しい借金が乗るのです。しかも、先にお金を借りて建てた工場や自宅は、津波に流されています。これでは、新しく借金はできません。二重ローン対策は、簡単に言うと、銀行との話合いで、借入金を一部免除してもらうのです。 漫画がわかりやすいです。
その中に大きく分けて2つあり、一つは事業向けのもの、もう一つは個人の住宅ローン向けがあります。前者は、東日本大震災事業者再生支援機構と産業復興機構が担っています。後者は、「個人債務者の私的整理に関するガイドライン」です。
これは、国・銀行・法曹界が作った指針です。ガイドラインには、次のように書かれています。
「法的拘束力はないものの、金融機関等である対象債権者、債務者並びにその他の利害関係人によって、自発的に尊重され遵守されることが期待されている。」
法律でもなく、一企業や銀行の方針でもない、新しい型の「行政手法」です。ソフトローに分類されるのでしょうか。
これまでに、相談件数は4千件あまり、債務整理が成立したのは500件あまりあります。