悪魔の代理人

先日紹介した、齋藤ウイリアム浩幸著『ザ・チーム』に、次のような記述があります。筆者がアメリカの高校で、ディベートの訓練に励んだときのことです。
・・ディベートは、きちんと筋道立てて自分の意見を述べ、品位を保ちながら静かな言葉で、相手を説得することだ・・試合はチーム戦で行われる。弁舌をふるう人、資料を探す人、戦略を練る人がチームを組む・・
議論に不可欠なのが、「悪魔の代理人」(Devil’s Advocacy)と呼ばれる役割だ。議論にあえて反対の立場で質問し、相手の論理の弱点を突く。もともとはローマ・カトリック教会で教義を定めたり改定するとき、誰かを聖人に列するとき、意図的にその教義やその人の業績に反対する「悪魔」の立場をとって、教義を正当化する主張の隙をチェックしたり、より強い議論に支えられた教義に鍛え上げる、あるいは聖人になるためのより説得力ある理由を見つける役割だ。
いまでもコンサルタント業界などでは、大事なプレゼンテーション前に中身をチェックするとき、悪魔の代理人が指名されている・・(p222~)
・・ドラッカーは、異論の重要性を指摘している。GM中興の祖であるアルフレッド・スローンについて述べたくだりを引用する。
「スローンは、GMの最高レベルの会議では、『それではこの決定に関しては、意見が完全に一致していると了解してよろしいでしょうか』と聞き、出席者全員がうなずくときには、 『それでは、この問題について、異なる見解を引き出し、この決定がいかなる意味をもつかについて、もっと理解するための時間が必要と思われるので、検討を次回まで延期することを提案したい』といったそうである」(『経営者の条件』ダイヤモンド社)・・(p226)

私も時々、部下が持ってくる案について、あえて「こんな考えの人が質問したら、どう答えるの?」と、いろんな角度から質問を投げて、悪魔の代理人をやっています。国会質問や記者会見では、こちらの思ったような質問は出ません。こちらが困るような質問を、想定しておかなければならないのです。部下職員は、「いやな上司」と思っているでしょうね(苦笑)。
想定問答を作る際に、部下職員は、答えやすい問を作ることは、「お詫びの仕方」(2007年2月1日の記事)でも指摘しました。
想定問答を打ち合わせているときに、2種類の上司や同僚がいます。1人は、原案について、その答弁案を深掘りする人。一番狭い場合は、文章を練る人です。
もう1人は、その答弁案を離れて、違った角度から問題点を指摘する人です。例えば「そもそも、そんな質問は出ませんよ。出るとしたら、××の角度でしょう」とか「この答弁をする時点では、前提条件が変わっているはずです・・」とかです。前者も重要ですが、後者はもっと重要です。

政権交代、新内閣発足

12月26日に、第2次安倍内閣が発足しました。民主党から自公連立政権への政権交代(復帰)です。内閣発足に当たって閣議決定された「基本方針」に、次のような記述があります。
・・まず何よりも、「閣僚全員が復興大臣である」との意識を共有し、東日本大震災からの復興を加速する。国自身が被災地の現場に出て、単なる「最低限の生活再建」にとどまることなく、創造と可能性の地としての「新しい東北」をつくりあげる。
特に、福島の再生を、国が前面に立ち、国の責任において実現する。東京電力福島第一原子力発電所事故による被災者の心に寄り添い、福島原発事故再生総括担当大臣を中心に各閣僚が連携して、福島の再生に全力を挙げる・・
復興庁職員も、現地での復興がさらに進むように、精進しなければなりません。

ところで26日は、組閣が夕方、宮中での認証式が夜になり、新大臣が官邸での記者会見を終えて復興庁に登庁されたのが、26時でした。一連の行事を終えて、私が帰宅したのが27時半。ところが、玄関の扉が内側からロックされていて、鍵では開きません。電話をかけて、キョーコさんを起こし、開けてもらいました。たぶん、終電車で帰宅したのであろう息子が、私がまだ帰っていないことに気づかず、ロックしたようです。私は、最近こんな時間帯に帰ったことがないので(苦笑)。

ガソリンスタンド過疎地

12月24日の日経新聞が、ガソリンスタンドの減少を取り上げていました。需要が減っているのと、老朽化したタンクの改修が義務づけられたので、廃業するスタンドが増えているのです。
ところが、地方ではこれが大問題です。車に頼っている地方では、ガソリンスタンドは重要な公共インフラなのです。東日本大震災の際にも、ガソリンスタンドが津波で流され、大きな問題になりました。暖房の灯油も、必要です。
資源エネルギー庁は、市町村内の給油所が3か所以下の自治体を「SS過疎地」と呼んでいるとのことですが、全国に238市町村あるとのことです。さらに、これは市町村合併後の自治体で調べているので、合併前の自治体で調査すると、もっと増えます。

日本にはチームがない、個人主義が進んでいる

書評に誘われて、齋藤ウイリアム浩幸著『ザ・チーム』(2012年、日経BP社)を読みました。
著者は、1971年生まれの日系二世のアメリカの方です。14歳で、コンピュータの会社を立ち上げ、成功と失敗を繰り返し、生体認証暗号システムの開発に成功しました。近年は日本に居を構え、ベンチャー支援をしています。国会の東電福島第一原発事故調査委員会の最高技術責任者なども務めています。
この本は、前半は齋藤さんの失敗と成功の半生記、後半は齋藤さんから見た日本社会・企業・役所の欠点を指摘したものです。
「日本にはチームがない。個人主義が進んでいる」という指摘に、私は「違うだろう。日本ほど組織を重視する社会はない、というのが通説だ」と思って読んだのです。しかし、齋藤さんの指摘の通りです。
日本には同質者によるグループはあるが、異質な者が集まってある仕事を成し遂げるようなチームがない。これが、チームがないという指摘です。そして、チームで仕事を達成する教育をせず、個人が競争するだけだというのが、日本は個人主義だという指摘です。
・・政府機関が主催したセキュリティの会議に呼ばれたときも驚いた。出席者は男ばかり、しかも全員グレーのスーツ姿だった。出身大学も出身高校も、あるいは小学校時代に通っていた塾も同じと思えるほど似たような人間が集まって、人種も宗教も職業も違う世界中のハッカー相手の対策を考えていた。これはほとんどジョークとしか思えなかった。ハッカー対策を本当に検討するなら、ハッカーの感性に近い若い人、例えばコンピュータのオタクに協力してもらうべきだと思う。海外ではそうした発想がごく普通で、成果を挙げている・・
・・調べてみると、明治時代から日本の組織は、ずっと同じ構造だった。先進国では例を見ないほどの圧倒的な男社会であること、年功序列が重視され、官民格差が厳然としてある。戦前ならいざ知らず、戦後の民主的な社会になっても、過去の社会構造が温存されたままだ。
各省庁では、東京大学法学部出身者が幅をきかせ、国が国民をリードしていた時代の遺物がそのまま残っている。硬直化しているのは民間企業も同じで、特に大企業は役所とそっくり同じ構造になっている。役員は東大、京大などの国立大学に、早稲田、慶応などの名門私大の出身者ばかりだ。しかも、年配の男性ばかりだ。同質化した集団は、キャッチアップする時代には向いていたが、イノベーションで戦っていかなくてはならない今のグローバルな世界には向いていない・・
・・個人個人は、みなさん優秀な人たちだ。自分たちのやるべきことも、わかっている。やる気もある。しかし、これが集団になると、その優秀さが消え、意思決定ができない守り一辺倒の集団となってしまう・・
・・日本の組織は、いつからはわからないが、イノベーションが止まっているように見えた。何かを解決する、何かを生み出すための組織ではなく、与えられたこと、決められたことを間違いなく処理するための組織、何かを守るための組織になっている・・(P105~)
「アメリカの視点、若い起業家からの視点なので、日本では違う」とおっしゃる方もおられるでしょう。私は、かなり当たっていると思います。十分に紹介できないので、ご関心ある方は、ぜひ本をお読みください。