行政の記録

4月30日の読売新聞「地球を読む」は、御厨貴先生が「公文書管理。記録残さぬ風土、戦後から」を書いておられました。日本の公文書管理について、近代日本では後世にきちんと伝える仕組みがなかったというのは間違いで、戦前はきちんと残していたことを指摘しておられます。
・・議事録や記録を公文書として残す伝統は、いつからなくなったのか。どうやら戦後と占領がその契機らしい。近代日本のつまずきの石となったあの戦争における未曾有の敗戦。米軍占領までの2週間の間、霞ヶ関官庁街からはおびただしい黒煙が吹き上げたという。いや空襲の再来ではない。軍部も大蔵・内務各官庁も、米軍占領に備えて、大量の公文書を焼却したのだ。ここで敗戦国日本はためらうことなく、戦争へ突き進んだ歴史を焼き捨てた。何らの反省もなすことはなく・・
また「内閣官房における臨時組織の記録は、絶対に消えてなくなるという共通了解が、私たちの間にはあった・・」とも書いておられます。詳しくは、原文をお読みください。

被災者生活支援本部の際に、関係者やマスコミ、さらには国民の皆さんに、政府が何をしているかわかっていただくために、ホームページを立ち上げ、情報を載せました。また、それらを消去することなく、残してあります。後世の人には、このホームページが利用しやすいと思います。どこからでも、いつでも、誰でも見ることができるのですから。また、組織の名前や資料の表題を忘れても、検索機能を利用すれば、すぐにたどり着けます。便利なものです。紙で残すと、こうはいきません。そして、被災者支援本部は臨時組織なので、資料の保管と伝承が難しいのです。御厨先生の御指摘の通りです。
どのようなことをしたか(例えば、物資の調達と支援課題と取り組み)だけでなく、どのような状態で働いていたかも。忙しい中で、きちんとホームページに、しかも整理して載せてくれた担当職員に感謝します。
別に、毎日開いた「運営会合」の資料なども、紙で保存してあります(内閣府防災統括官に引き継いであります)。

大型連休終了

大型連休も、今日で終わりですね。「明日から仕事だ」と元気をなくしている人、「明日から仕事だ」とほっとしている人(笑い)、それぞれでしょうね。連休中お仕事で忙しかった公私のサービス関係の方は、一息ついておられるでしょうか。各地で天気が悪かっただけでなく、大雨や竜巻などの被害が出ています。お見舞い申し上げます。
私は、今年は暦通りに休みました。快挙です。この1年間は、なかなか休みをもらえなかったので、職場に行かず家にいると、落ち着きません。仕事が軌道に乗り、休日出勤しなくて良くなったことを、喜ばなければならないのですが。もちろん、取り組まなければならない課題は、山のようにあります。しかし、それぞれの担当者が取り組んでくれているので、私は全体管理をしておればよいようになったのです。
連休中に、たまっていた新聞切り抜きなどを読んで捨てるといった資料整理は進みました。しかし、読もうとしていた本は少ししか読めず、日本行政学会での発表、自治大学校での講義などの準備も、完成せず。 2年ぶりに両親に会いに行ったこと、少し家族サービスをしたことで、良しとしましょう。

委員会設置が生む無責任?

古くなりましたが、4月29日の日経新聞文化欄は、蓮見重彦元東大総長の「会議が多すぎはしまいか」でした。
・・実際、解決すべき問題が生じると、ほとんどの組織は、ほぼ例外なしに、特別な委員会を設置して審議を付託する。数ヶ月、ときには数年をかけたその審議が答申案としてまとまると、その委員会の設置を決定した会議でそれを改めて検討することになる。だが、合意の形成や問題の解決のために、何人もの人間が何時間も拘束されて議論せねばならぬものだろうか。そのための膨大な時間と労力の浪費を、誠実な努力だと勘違いするのはそろそろやめねばなるまい。会議は、いま、さまざまな組織の責任の放棄によって機能しているとしか思えぬからである。
・・「東日本大震災」という曖昧な語彙をその名称に含んだ委員会が、内閣府の「東日本大震災復興構想会議」や衆参両院の「東日本大震災復興特別委員会」をはじめ、それぞれの地方自治体や関係する学会などによっていくつも設置され、その総数は民間のものを加えればおそらく百は下るまいと思う。このときならぬ「復興」をめぐる委員会の増殖ははたして祝福すべきことか、それとも憂慮すべき事態なのか。
おそらく、「東日本大震災」の「復興」を議論するさまざまな「特別委員会」から、数えきれないほどの分厚い報告書が提出されるのだろうが、これはいささか不気味な事態ではなかろうか。考慮に値する提言を採用するべく報告書にくまなく目を通すことなど物理的にほぼ不可能だし、「大震災」からの「復興」を論じるのに「特別委員会」の設置がふさわしいことかどうかさえ、誰ひとりとして真剣に問おうとはしていないからでもある・・
個人のリーダーシップとやらもそうであるように、会議には会議の限界というものがある・・
詳しくは、原文をお読みください。

フクシマ危機時のアメリカ政府の意思決定

月刊『フォーリン・アフェアーズ・リポート』2012年4月号に、前アメリカ国家情報会議の幹部であったジェフリー・ベーダー氏が「フクシマ危機を前にホワイトハウスはどう動いたか―米市民の保護か日米間への配慮か」を書いています。東京電力福島第一原発事故の際に、アメリカ政府はどう考えどう行動したか。日本政府から、情報が十分に伝わらない(日本政府も持っていない)場合に、どのように対応したかが、書かれています。
日本にいるアメリカ市民を対象とした避難地域の設定をする際に、日本政府が設定した半径12マイルではなく、半径50マイルの避難地域を設定したこと(ここには、アメリカ人がほとんどいなかった)。しかし、東京にいるアメリカ市民(約9万人)とその近郊にある横田と横須賀のアメリカ軍とその家族への避難指示は、難しい課題であったこと。すなわち、アメリカ大使館関係者や米軍の家族は避難を望み、一方でアメリカ政府が避難勧告を出すことの日本社会へ与える「非常に大きな衝撃=パニック」の可能性をどう考えるかという難問。そして、最悪のシナリオを考え、緊急避難計画を立案すること、それが漏れた場合の対処。
勉強になります。また、その担当者が、そのプロセスを公表することも。詳しくは、原文をお読みください(『フォーリン・アフェアーズ』は英語誌ですが、私は日本語訳の『フォーリン・アフェアーズ・リポート』で読んでいます。といっても、読まないうちに次の号が届きます。反省)。

スーパーで考える、哲学と接客

今日の東京は、良い天気でした。近所のスーパーマーケットに、「お客様の声」という掲示板があります。買い物客が投書した「意見書」と、それに対する「店の回答」が貼ってあります。キョーコさんが「勉強になるわよ」と言っていたので、見てきました。
一つ目の投書は、「福島県産の卵ばかり置いてあります。被災地を応援しようということは理解できますが、そうでない人もいます。前のように西日本の卵も置いてください」でした。店の答は「福島県産の他に、××県(西日本の県)の卵も置いてあります」でした。
もう一つの投書は、「近くの別のスーパーでは、同じ品がより安いです。レシートを貼っておきます(実際に、レシートが貼ってあります)。お宅の従業員もあの店で買っているのを、よく見かけます」という趣旨でした。どう答えるのかなと見たら、「仕入部に伝えます。一度、お目にかかってお話を聞かせてください」でした。