月刊『中央公論』5月号に、岡本行夫さんが巻頭論文「日本盛衰の岐路-速やかにTPP交渉参加の決断を」を書いておられます。現在のTPP交渉参加議論に欠けている視点として、消費者利益の視点、攻めの視点、日本が得る利益の視点、サービス貿易の4つを挙げ、また、7つの誤解に答えておられます。その内容は本文をお読みいただくとして、ここで紹介したいのは論文の末尾に紹介されている「貿易交渉も人間関係が基本」という部分です。1973年から79年まで続いた東京ラウンドでのご経験です。
・・1977年、数多くの通商摩擦を抱えた福田赳夫首相は「対外経済担当」のポストを新設し、牛場信彦元駐米大使を任命した。
筆者(岡本行夫さん)は当時、牛場大臣のカバン持ちとして、牛場さんがカウンターパートであるストラウス通商代表と文字どおりテーブルを叩きあって大声でやり合う場面に何度か同席した。まことに激しい交渉であったが、二人の間には強い絆が生まれていった。信頼関係ができれば、お互いに「あいつがここまで言うなら、これ以上譲歩をさせられないな」という見極めがつく。いったん合意した後は、両者とも全力で国内を説得した。日本では、牛場さんを信頼していた中川一郎農林大臣が陣頭に立って国内をとりまとめた。国益のかかった通商交渉とは、かくなるものである・・
納得します。相手のいる交渉、そしてそれぞれ組織や集団を代表している場合に、「敵」は前(相手)にいるだけでなく、後ろ(味方)にもいます。交渉する場合には、この妥協案で「相手は、その後ろを説得できるか」と「私は、私の後ろを説得できるか」がポイントになります。いくら当方の案が「正しい」としても、相手側代表が後ろを説得できない限り、交渉は成立しません。その逆も同じです。
そして、しばしば後ろを納得させる方が、やっかいなのです。日露戦争で、ロシアと交渉を妥結させても、非難を浴びた小村寿太郎が良い例です。「俺の顔を立ててくれ」という台詞は、相手に向かって言っていますが、その実、「後ろに向かっての言い訳をくれ」と言っているのです。
また、岡本さんは、続いて次のようなことも書いておられます。
・・アメリカの司令塔は、カーク通商代表である・・これに対し日本は、国家戦略大臣、外務大臣、経産大臣、農水大臣、国交大臣、厚生労働大臣などの閣僚が交渉を分掌することになるのではないか。各々の閣僚が日頃からの人間関係もないまま、案件ごとにカーク代表と折衝したのでは、迫力を持たない。「首席交渉官」のほかに、本来は牛場対外経済担当大臣のような存在が望ましいのだが、法律で閣僚の定数を増やせない以上、だれか1人に交渉権限を集約し、カーク代表との強い信頼関係をつくるべきだろう・・