試行錯誤、改革の試みと復古と

10月1日の朝日新聞に、次のような記事が載っていました。
・・官房長官、官僚に苦言
「メモ出しなど、大臣のサポートがうまくいっていなかった場面が時々あったので、改善してほしい」藤村修官房長官は30日、各省の事務次官を集めた会議で、臨時国会の委員会審議をめぐる官僚の対応に苦言を呈した。初の委員会審議で新任閣僚の不慣れな答弁が目立ったが、大臣席の後ろに控える官僚のメモを手渡すなどの対応が不十分だった、との指摘だ。
菅直人前首相は「脱官僚」を強く意識していたのに対し、野田佳彦首相は「官僚を活用しつつ、政治主導を堅持する」と強調する。実際には「官僚頼み」がじわじわと進みつつあるようだ・・

また、次のようなお知らせが、載っていました。
・・朝日新聞社は、10月1日から、東京本社と大阪本社の編集部門の一部の呼称を変更し、エディターと一部のセンター長は「部長」、出稿グループ一部のセンターは「部」に、それぞれ改めます。
編集部門の組織は2006年、柔軟で機動的な紙面づくりをすすめるために、それまで編集局内の各部に所属させていた記者を全員、当時の編集局所属とするフラット化を実施し、これに伴い、部をグループとセンター、部長をエディターとセンター長としました。5年を経てフラット化の目的を達成したため、呼称については呼び慣れた名前に変更します・・

後段の「呼び慣れた名前に変更します」は、「やはり以前の方がわかりやすいので、呼び慣れた名前に戻します」と書いた方が、実態を表していると思いますがね。
私は保守主義者なので、改革は大好きです。守るべき本筋=引き継ぐべき良いところを守るために、どんどん改革は試みるべきです。そして、変えた方が良ければそれを続ける、ダメだったら元に戻す。そうしないと発展はなく、また生き残ることはできません。
もちろん、従来のものを何でも否定したり、十分な検討をせずに改革したり、やってみておかしいのに続けるような「改革論者」は、私は嫌いです。

今日の1日、小学生の日記。小人の満足

今日は土曜日。ゆっくりと出勤して、たまった仕事のお片付け。部下からの「針の山突き上げ攻撃」もなく(1件ありました。「あの資料、まだですか?」と)、電話は鳴らず。仕事が、はかどりますねえ。上司からの「シャワー」は、携帯電話による1件だけでした(針の山の突き上げと降ってくるシャワーについては、8月28日の日記を参照してください。笑い)。
机の上や電子メールに入っている、部下からの「見ておいてください」という資料に手を入れ、次々と返却。昨日までに浴びた「シャワー」の内、まだ部下に具体的指示をしていないもの、返していないものを考えて、ひとまず終了。
そのほか「しなくては」とメモをしてあった課題を、ゆっくりと検討。たまっていた資料に目を通し、必要なものをそれぞれの半封筒に分類し、多くは廃棄。まだまだしなければならないこともありますが、夕方にはさっさと退社。

帰りに本屋に寄って、近所の商店街をぶらり。地酒専門店(小さなお店なのですが、冷温酒蔵にはいろんな地域の日本酒が並んでいます)で、ご主人に4合瓶を選んでもらい、帰宅。近くのキンモクセイが、良い香りを運んできます。ゆっくりとした、満足できる一日でした。
秘書さんには、月曜日に「また休みの日に出てきて、仕事したでしょう」と、しかられるのですが。
と書いていたら、指示を出していた件について、メールで職員から返事が来ました(19時過ぎ)。「再度、このように修正したいのですが。見てください」と。ごめん、休日に仕事をさせて。

なお、仕事が片付かなくても満足し、片付いても満足することについては、肝冷斎の9月29日のありがたい講話を参照してください。もっとも、孔子様は君子としての優れた態度であり、私のは小人としてのええ加減な態度なので、全く違います。