手塚洋輔著『戦後行政の構造とディレンマ -予防接種行政の変遷』(2010年、藤原書店)を読みました。今、勉強している「社会のリスクと行政の対応」の一環です。この本は若手研究者の著作ですが、戦後の予防接種行政を丹念に追うとともに、行政の決断について鋭い分析をしています。
予防接種をした場合に、一定の「副作用」が避けられません。しかし、伝染病が広がっているのに予防接種を行わないと、さらに伝染病が広がります。これをを「不作為過誤」(しないことによる問題)と名付けます。他方、副作用があるのに予防接種を強行すると、副作用被害が出ます。これを「作為過誤」(することによる問題)と名付けます。あちらを立てればこちらが立たない、ジレンマにあるのです。
戦後の早い時期は、副作用を考えずに、予防接種を強制しました。その後、副作用被害が社会問題になると、救済制度をつくりました。そして、現在では、本人や保護者の同意を得る、任意の接種に変わっています。ここに、行政の責任範囲の縮小、行政の責任回避を見るのです。もちろんそこには、天然痘や日本脳炎が、かつてのように猛威をふるわなくなったという状況変化もあります。
この本には、リスクと行政の対応、個人の意識の高まりと行政手法の変化、社会の課題(伝染病予防)の変化と行政の変化、その時間のズレ、個人の責任と行政の責任、国の責任・市役所の責任・医師の責任など、たくさんの論点が含まれています。
ただし、ここでは、リスクという言葉を分別して使わないと、混乱します。すなわち、伝染病が広がることや副作用被害者がたくさん出るというのは、社会のリスクです。一方、行政が不作為過誤や作為過誤をおかすという、判断誤りによって国民から批判を受ける(訴えられる)ことは、組織のリスクです。さらに、国民にとっては、予防接種を受けないと伝染病にかかる恐れがあり、受けると副作用被害に遭うかもしれないというのは、個人のリスクです。
社会のリスクと個人のリスクは、被害に遭う危険性です。他方、組織のリスクは、自らの判断が被害者や国民から批判を受けるという危険性です。その場合、社会や個人から見ると、行政は加害者になります。