昨日(救急車の出動)、消防大学校の機関誌「消防研修」を紹介しました。その中に、樋口範雄東大教授の論文があります。「救急活動と法の役割~奈良地裁判決を契機として~」です。
2009年4月27日に出た判決です。事案は、2006年11月に起きました。警察署の駐車場で、未明に男性が顔から血を流し酔った状態で、警察署員に保護されました。駆けつけた消防の救急隊員が、緊急性がないと判断し、男性の家族が到着したので、家族が男性を自宅に連れて帰りました。その後、男性は脳挫傷などがわかり、昏睡状態になりました。男性が、消防組合を相手取って提訴し、地裁は消防組合に1億4千万円の支払いを命じました。
いくつか興味深い論点があり、先生も指摘しておられるのですが、1点だけ紹介しておきます。
裁判で争われた大きな争点は、搬送すべき義務があったかです。そして、判決が敗訴で確定すると、救急隊員は次回から、軽傷であっても、なるべく搬送するように行動するようになるでしょう。しかし、誰でも運ぶとなれば、軽傷者が運ばれ、その間に後回しにされた重傷者が手遅れになる場合もあります。一方で、救急車にも限りがあるのです。
損害賠償請求裁判は損害の補填が目的ですが、その結果が、救急現場の問題解決にならないのです。先生はこの点を指摘し、解決策も提示しておられます。なお、公刊物として、樋口先生の「医療と法を考える―救急車と正義」(2007年、有斐閣)が参考になります。