宇野重規東大准教授が、日経新聞「やさしい経済学」に、「個人の再発見」を連載しておられます。
・・これまでの社会では富の配分が問題になったとすれば、これからはリスクの分配こそが問題になる。このように予言したのは、ドイツの社会学者ウルリッヒ・ベックである。
・・ベックの念頭にあるのは、いまや階級とは関連しない社会的不平等が存在するのではないか、という問題意識である。例えば失業である。現代社会において、失業は個々の人生のある局面で、あたかも個人的な運命として訪れる。彼が例示するのは、女性にとっての離婚である。データが示すところでは、社会的出自でも学歴でもなく、離婚こそが新たな貧困への入り口になっているという。結婚や離婚は、個人にとっての私的関係の問題であ利、社会的な問題ではない。このように考えるとすれば、現代において失業を生み出すきっかけは、階級ではなく、私的関係にあることになる・・(さらに重要なことが書かれていますが、引用はこれくらいにとどめます)。
私はいま、最近の大学での講演大阪大学講演を元に、原稿をまとめつつあります。趣旨は、「社会のリスクの変質がもたらす行政の変化」です。古典的な災害、事故、戦争、病気といったリスクの分野にも、新しいリスクが生まれています。それとは別に、個人の社会関係の破綻ともいうリスクが、個人の責任から社会や行政の課題になりつつあるというのが、私の主張です。かつて、内閣官房再チャレンジ室に勤務したときに、その一端を文章にしました。「再チャレンジ支援施策に見る行政の変化」月刊『地方財務』(ぎょうせい)2007年8月号。それを、社会のリスクという観点から、整理しようと考えています。