近代日本が驚異的に成功した理由には、日本自身の努力(国民の努力と政府の舵取りが良かったこと)があります。しかし、日本の努力だけでは、こうも成功しなかったのではないかというのが、わたしの考えです。その際の、日本を取り巻く条件(国際的な条件)も、大きかったということです。
戦後の高度成長は、日本の努力だけでなく、競争相手がいなかった、追いかけてくる相手がいなかったことが、大きかったのです。アジア各国はそれぞれの事情で、日本を追いかけることができませんでした。それ故に、日本だけが先進国を追いかける利益を独占しました。1990年代になってアジア各国が追いかけてくるようになると、日本経済の優位性は、弱くなりました。このことは、何度かこのHPで書きました。
もっとすごかったのは、明治維新から日露戦争までです。東洋の島国が30年間で列強と伍するまでになるという、世界の歴史でもまれに見る大成功でした。維新の英雄たちの活躍がなければ、この成功はなかったでしょう。しかし、このときも、国際条件が幸いしました。
アメリカは南北戦争で忙しく、イギリスとフランス、ロシアは、クリミヤ戦争で忙しく、日本にかまっていられなかったのです。あの列強諸国が、侵略の手を控えた時期、19世紀後半に日本は、世界にデビューしたのです。アジア各国は、列強の支配や影響に悩みましたが、日本だけが、違う道を歩むことができました。日本が中国などと比べ、富国強兵・殖産興業につとめたことは、評価されるべきでしょう。しかし、ペリー来航が1800年だったら、どうだったでしょうか。もちろん、アメリカの事情で、そんなことはありえませんでしたが。
近代日本の歴史で、この二つの時期、19世紀後半と20世紀後半の日本の驚異的成功は、日本だけでなく、世界の歴史として記録されるでしょう。しかし、もしその時期が半世紀だけ、前か後にずれていたら、これほどの成功はなかったでしょう。
勝者は成功を自分の功績としたがり、敗者は責任を他者に負いかぶせたがります。真実は、しばしばその中庸にあります。あるいは、視野の外にあります。