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生き様

単線、系統樹、網の目

事実は小説よりも・・・」の続きです。まず、単線的な考え方についてです。
私は、これを物事の見方の違い、変化の過程の違いとして、考えています。3つの見方、考え方があります。「単線」「系統樹」「網の目」との違いと表現したら、わかりやすいでしょうか。

最も簡単なのは、単線です。多くの小説や、歴史の教科書の記述です。話は一本道を進みます。
次に複数の登場人物の話が展開する場合は、系統樹です。進化の過程が系統樹で表されます。魚類、両生類、は虫類、鳥類、ほ乳類と分化し、さらにその中で分化、進化します。複数の道がありますが、それぞれが単独に進んでいきます。これも、単線的思考です。
これに対し、網の目は、複数のものが単線的に進むのではなく、相互に影響を与えつつ、進んでいきます。

単線と系統樹は、ともに直線的です。因果関係が単線的で、分岐はあるにしても一方向であることを想定しています。これに対し、網の目状関係関係は、因果関係が単線のように簡単ではなく、相互に影響し合います。関係は入り組んでいて、思わぬところに影響が出たり、自分自身に跳ね返ってきます。

これが当てはまる一つが、生物の進化です。学説によると、ウイルスが生物を進化させてきました。突然変異だけでなく、ウイルスが感染することで遺伝子が合体し変化して、種が進化します。縦方向だけでなく、横でも進化が進むのです。進化の系統樹は太い幹が順に枝分かれしたのではなく、いろんなところで交差することになります(2012年6月13日の記述)。
枝分かれだけでなく、混交するのです(ウィキペディア、水平伝播と混合)。

事実は小説よりも・・・

私は、あまり小説を読みません。もちろん、小説も面白いし、勉強にもなります。しかし、それ以外の分野の本を読むのが、忙しいのです。
もう一つ理由があります。日々の暮らしの方が、小説よりも「面白くスリリング」なのです。毎日仕事をしていると、小説に対して「世の中、そんな甘いものやないで」と言いたくなります。

まず、登場人物の数が違います。小説には、通常は何百人も人が出てきません。出て来たら、ややこしくて、読みにくいです。
それに対し、私もあなたも、毎日大勢の人を相手にしています。しょっちゅう会う人、たまに会う人、初めて会う人。好きな人、波長の合わない人。嫌だけど付き合わなければならない人・・・。

そして、小説は、作者一人の視点で書かれています。推理小説は、途中まで全体構造が分からないように仕組んでありますが。たいがいの小説は、作者が神様のように各登場人物を操って、筋書を進めます。単線的なのです。
しかし、私たちの日常は、そんな簡単なものではありません。それぞれの人が、自らの欲望と判断で「勝手に」行動します。たくさんの人が、ブラウン運動の微粒子のように、不規則に動き回ります。話の筋に影響を与える人と、関係ない人とがいます。でも、後にならないと、それはわからないのです。ある結果は、後から振り返ると、それまでに無駄な動きを、いっぱいしています。

それぞれの登場人物にとって、未来は見えていないのです。どのような人生を送るか、どんな楽しみと苦しみが待ち受けているか、分かりません。小説は、終わったことを一つの視点から書きます。
現実は複雑で、予測できません。そして、時には残念な、悲しい結末もあります。その逆が小説です。だからこそ、小説が読まれるのでしょうね。

単線とブラウン運動については、別途書きましょう。

仕事の仕方、回遊魚と根魚

今日は、若手職員の質問に答えて、毛色の違ったお話をしましょう。

魚の生態で、回遊魚と根魚(ねざかな)の違いがあります。
回遊魚は、水温の変化やエサを追いかけて、大洋を移動します。マグロ、カツオ、サンマが代表例です。他方、根魚は、海底の岩礁や海草の間などに棲み、広範囲には動き回りません。磯釣りの対象です。根付き魚とも呼びます。

人の仕事ぶりでも、この対比は使えます。精力的に動き回る人と、じっとしている人です。
時と場合によりますが、動かなければならないときに、じっとしている人、遅い人は困ります。「不動明王」「鎌倉の大仏さん」と呼ばれます。情報を集める、人脈を広げるには、回遊魚でなければなりません。
もっとも、ただ動き回っているだけでは困ります。「あいつは落ち着きがないなあ」です。また、帰るべき本拠地がなく、動き回っているだけでも困ります。専門分野を持ちながら、回遊するのが良いのでしょう。この点は、『明るい公務員講座 仕事の達人編』でも、強調しました。

日頃の生活にも、例えることができます。休日に家で寝ているか、出かけるか。一度しかない人生なら、いろいろと見たいですよね。

ところで、マグロは「海中では口と鰓蓋を開けて遊泳し、ここを通り抜ける海水で呼吸する。泳ぎを止めると窒息するため、たとえ睡眠時でも停まらない」(ウィキペディア)のだそうです。これは、困ったものです。

寒い5月

大型連休が終わり、東北新幹線の車窓から見える関東平野は、田植えが進んでいました。福島県内は、田植えはまだのようですが。
4月には、30度の日が続きました。今日8日は、福島の気温は10度あまり。冬に逆戻りでした。
天気予報を見て、ハーフコートを着て来ました。正解でした。職員の中には、クールビズを実践して、寒そうな人もいましたが。
ホテルは、先月の暑さで、空調を冷房に切り替えたそうです。よって、部屋で操作しても、暖房にはなりません。毛布を貸してくれました。

この天気が、連休中でなくて良かったです。
カエルも、ビックリしているでしょう。新幹線の中からは、カエルの鳴き声は聞こえませんが。

手帳の書き込みと余白

拙著『明るい公務員講座』で、仕事の管理は工程表で行い、時間の管理は日程表で行うことをお勧めしました。多くの人は、手帳で日程を管理しているでしょう。
私も、仕事については、秘書が日程表を作ってくれますが、私生活を含めて手帳で日程を管理しています。

で、手帳を見る際には、2つの観点から見ます。
まずは、書き込んである「業務の予定」です。書かれているのは、会議であったり、面談であったり、講義です。わたしにとっては、それが重要なのではなく、「次は、この準備をしなければならないな」と心構えをするためです。
「しなければいけないこと一覧」は別途作ってあるのですが、時間軸の中で準備作業の優先順位をつけなければなりません。これは、秘書に任せることはできません。

すると、手帳を眺めるもう一つの観点は、どこで自分の時間を確保するかです。手帳に書き込まれている「業務」でなく、書き込みがない白紙の時間を見るのです。「この時間帯に、あれを片付けよう」、「この準備は、この時間帯ででやるか」とです。
すると、手帳を見る際には、書き込みのある黒い部分でなく、書き込みのない白い部分が重要になります。
1日に何度か、このような視点から、手帳を眺めています。

勤務時間中だけ「労働を売っている仕事」なら、勤務時間そしてそのうちの業務の時間だけ、席に着いて仕事をしておれば良いのでしょう。しかし、企画立案を含む事務職では、そうはいきません。会議にしても、その時間帯に出席すれば良いのではなく、そのための準備が重要なのです。
すると、入っている予定の時間が重要な人と、入っている予定の時間の前の空き時間が重要な人に別れます。
学生も、授業時間に出席するだけではなく、その前と後の自習や、空いている時間に何をするかが重要になります。