カテゴリー別アーカイブ: 生き様

生き様

謝罪の経済学

日経新聞経済教室が、「謝罪の経済学」を載せています。8月10日は大竹文雄・大阪大学教授、11日は平野晋・中央大学教授です。
お金を払わなくても、謝罪することで、相手がなぜ許すか。また、言葉だけでは駄目で、本気度が重要などが、解説されています。このような分析もあるのですね。
アメリカ各州で、アイムソーリー法が制定されていることを、知りました。お読みください。

上司の一言が疲れを倍増

日経新聞(8月4日夕刊)に紹介されていたので、インターネットで調べました。養命酒製造が実施した「東京で働くビジネスパーソンの疲れの実態に関する調査」(有効回答1000人)です。
詳しくは本文を読んでいただくとして、「明るい課長講座」の視点から興味ある点を紹介します。

会社員の疲れの原因上位3つは、仕事関係です。その中でも、人間関係です。
1位、仕事の人間関係、44%。2位、仕事の内容、41%。3位、仕事の量、32%です。
上司に言われて疲れが倍増したセリフは、「常識でしょ/当たり前でしょ」が14%、「そんなこともできないの」13%、「前にも言ったよね」が12%、「自分で考えてやれ/勝手にやるな」が12%です。
上司の皆さん、気をつけてください。自分が部下の時に経験したことを、立場が変わると、忘れてしまうのですね。

性格の違い、人生への影響

鈴木信行著『宝くじで1億円当たった人の末路』(2017年、日経BP)がおもしろかったです。
本屋で見たときは、表紙を見て「雑学」「とんでも本」の一種かと思って、手に取りませんでした。書評で取り上げられていて、買って読みました。
表題になっている、1億円当たった人の末路は、想像がつきました。勉強になったのは、ほかの人たちです。
子どもにキラキラネームをつける親は、とんでもない人でなく、中流以上で真面目な人が多いこと。自分は没個性的な人生を余儀なくされたが、子どもには個性的な人生を送って欲しいと思って、そのような名前をつけます。ところが、子どもには「周囲にあわせて生きよ」と抑圧してしまうのだそうです。子どもは、あまり幸せではないようです。ところが、最近はそのような名前が多くなって、目立たないとか。
友達がいない人は、不幸な人生だと思われます。ところが、一人で生きていける力のある人は問題なく、「友達を作らなければいけない」と思い込んで群れようとしている人の方が問題だとか。へえ!と思う事例がたくさん載っています。
取り上げられているのは、何かに遭遇した人(宝くじにあった人)の将来がどうなったかというより、「このような性格の人はこうなる」という性格による人生の違いが多いようです。

「おわりに」に書かれていますが、この本のもう一つのテーマは、社会や世間にうまく同調できずに悩んでいる人へのエールです。
同調圧力が強い日本で、周りにあわさなければいけないと思って悩んでいる人が多いのです。それにあわせようとする人が、友達を作らなければいけないと思い、自分はそうだったけど子どもにはそうなって欲しくない親が、子どもにキラキラネームをつけるのでしょう。
日本社会論として勉強になる本です。

読書のサーフィン

ひょんなことから、高田康成著『キケローヨーロッパの知的伝統』(1999年、岩波新書)を読みました。なぜこの本を読もうとしたのか、もう忘れたのですが(反省。別の本に紹介されていたのでしょう)。キケロは、長年気になっていたのです。彼の人生と言うより、中世から近世まで、ヨーロッパの教養としてその雄弁術が引き継がれたことについてです。
次に、吉村忠典著『古代ローマ帝国―その支配の実像』(1997年、岩波新書)を読みました。古代ローマ帝国の時代の話は、興味があるとともに、現代日本とは時空が離れているので、お気楽に読めるのですよね。寝転がってです。

さらに本棚にあった、石川明人著『キリスト教と戦争ー愛と平和を説きつつ戦う論理』(2016年、中公新書)を読みました。連想ゲームのようにです。
へえ、と思うことが多いです。特に、『キリスト教と戦争』では、初期キリスト教が、私たちがイメージしているような、絶対平和主義・非暴力主義とは異なっていたこと。後のキリスト教徒も、異教徒や他教派を迫害し、戦争や植民地支配を行って勢力を拡大したこと。
愛と平和を説きつつ、イスラム教徒と激しい戦いを続け、新大陸では原住民を虐待し、黒人を奴隷にする。組織的かつ大量にです(もっともこの本には、そのあたりはあまり取り上げていません)。異教徒である私には、理解しがたいことも多いです。この本は、現代日本のキリスト教団の「平和主義」についても、冷静に批判しています。

キリスト教の成立については、かつて読んだ、佐藤研著『聖書時代史新約篇』(2003年、岩波現代文庫)と、山我哲雄著『聖書時代史旧約篇』(2003年、岩波現代文庫)が、勉強になりました。というか、刮目でした。イエスは生きているときに、キリスト教をつくったのではないことなどです。今、彼が再度復活してキリスト教会を見たら、びっくりするでしょうね。中世に復活したら、もっとびっくりでしょう。
私の場合は、宗教・信仰としてではなく、歴史として読んでいます。

小説の読み方

池澤夏樹著『世界文学を読みほどくースタンダールからピンチョンまで(増補版)』(2017年、新潮社)を読みました。この200年の世界の小説10本を、池澤さんが解説します。京都大学での講義を、文章にしたものです。名前は知っている本のほかに、聞いたこともない本も並んでいます。不勉強を恥じます。

私は、小説は読みません。というか、ほかに読みたい本がたくさんあって、とても手が回りません。それに、小説より現実世界の方が奇々怪々で、緊張し想像力を働かせなければならない舞台なので、「間に合っている」のです(苦笑)。司馬遼太郎さんや塩野七生さんは好きですが、小説として読んでいるより、事実を基にしたものの見方として勉強しています。学生の頃は、「赤と黒」や「罪と罰」なども読みましたが、どこまで理解できたやら。

この本を読んで、「なるほどそのように読むのか」と勉強になりました。近代小説って難しいことが分かりました。で、やはり、原著は読まないでしょうね。
当分の間は、読むより書くことに追われます。そして、買って積んである本をどうするかと、書斎と寝室にあふれている本を処分することを考えなければなりません。