カテゴリーアーカイブ:生き様

本家の再活用、ハンバーガー店

2026年4月26日   岡本全勝

このホームページでも何度か取り上げた、「本家の再活用」。明日香スタンドという、観光客の休憩所となっています。
4月から、有名なハンバーガー屋さんが入ったそうです。「さくらバーガー明日香店オープン」。

景色も良く、石舞台に行く道路沿いで、駐車場も整備しました。場所としては最適です。流行っているとのことです。
近くに「あすか燻製工房」もあります。

2026年オランダ・ベルギー旅行2

2026年4月26日   岡本全勝

2026年オランダ・ベルギー旅行」の続きです。
歳を取ったせいか、経験を積んだせいか、旅行をしても「新たな発見」「驚き」を感じることが少なくなったようです。かつては、景色を見ても店を覗いても、発見がありました。写真も撮りました。

近年は、写真を撮ることがなくなりました。まず、写真機を持っていきません。私はスマートフォンを持っていないので、それでの撮影もしません。
写真を撮らなくなった理由は、たぶん次のようなものです。
一つには、どのような景色を見ても感激しなくなったことです。きれいな街並みは、日本にはないものです。お城や名所も。しかし、よく似た景色をすでに見ているのです。ある人が言っていました。「テレビで見たわ。番組の方が、詳しく見せてくれて解説してくれる」と。もちろん、実物と映像とは違います。
もう一つは、写真を撮っても、後で見ないことです。特にデジタル写真になって枚数が増え、ますます見ることがなくなりました。そしてこの歳になると、自分の顔を見てもねえ・・・。キョーコさんは写真を撮るのも、写るのも好きです。私は、景色を目に焼き付けるようにしています。必要なときは絵はがきを買います。

景色とともに、食事にも感激しなくなりました。たいがいのものは食べたことがあります。その土地土地の名物は「なるほど」と思うことがありますが、びっくりすることはありません。そして欧米の食事は、単調でかつ盛りが大きすぎます。途中で飽きてくるし、食べきれません。
日本食の繊細さには勝てないでしょう。日本食は、世界に誇ることができる料理です。欧米人が日本食の良さを知ったら、好きになると思います。これから、世界中で日本食の店が増えるでしょう。今は、ラーメン屋と寿司屋ですが。フランス料理店とイタリア料理店が世界中にあるように、日本料理店も世界を席巻してほしいです。普通の家庭料理から高級な懐石料理まで。うどんもおいしいですが、あの出汁の味はわかるかな。和菓子も。
料理など日本らしさを、世界に売り込みましょう。これまでは、西欧のものをありがたがって輸入していましたが、彼らも日本の良さを理解できるようになりました。日本を訪れる人も増えるでしょう。急速な観光客の増加は困りますが、世界的な観光地は客であふれています。

ベルギーは、数多くの種類のビールが有名です。息子に薦められ、日本でもベルギービールを飲むことがあります。度数が強く、独特の味わいです。今回も現地で、昼夜に違った種類を飲みました。これは良かったです。世界のお酒が日本にも輸入されていますが、味が違うように感じます。お酒は現地で飲むのが一番ですね。

次にお土産です。かつては職場や知人に配るお土産を買って帰りましたが(半ば義務でした)、最近はそれもしなくなりました。旅行会社が、海外で買ってこなくても、日本でお土産を売ってくれました。大昔は、海外旅行に行くときは餞別ももらいました。今回の旅行前に「ベルギーはチョコがおいしいですよね」と土産をそれとなく催促したみなさんにも、買ってきませんでした。すみません。
私は、記念になるようなもの(小さな文鎮に使えるようなものなど)と絵はがきを買います。今回は適当なものがなく、オランダで地元で売っているチーズ(塊)を買ってきました。いくつか買うと重いのですが、スーツケースに入れて。ベルギーはチョコレートが有名なので、これも有名店でなく、スーパーで安いのを買いました。オランダはダイアモンドの加工で有名ですが、これは店にも行かず、買っても帰りませんでした。小さくて軽いのですが(苦笑)。
あとは、美術館の切符ですかね。きれいなので、本のしおりとして使っています。思い出にもなります。

読売新聞「明日香村」

2026年4月25日   岡本全勝

4月19日の読売新聞別刷り「旅を旅して」は、明日香村でした。ビデオで映像も見ることができます。

1面「古代つかむ 石舞台の思索」には、桜の花がきれいな石舞台の写真が載っています。このホームページ「略歴」につけてあるあの石舞台です。

・・・山が美しいと思った時、私は其処(そこ)に健全な古代人を見附(みつ)けただけだ。それだけである。――――小林秀雄「蘇我馬子の墓」(1950年)

奈良県明日香村の石舞台古墳は、7世紀前半に造られたわが国を代表する方墳である。国の特別史跡だ。日本初の女帝となった推古天皇(在位592~628年)に仕え、権勢を誇った蘇我馬子(?~626年)の墓とされる。墳丘の封土は失われて天井石が露出、巨石がむき出しになったその威容は、歴史教科書でみた人も多いだろう。
そんな石舞台古墳を批評家の小林秀雄が訪ね、どうしたかといえば、「天井石の上で、弁当を食いながら、私はしきりと懐古の情に耽(ふけ)った」。何ということだろう。今夏に世界遺産になるかもしれない古墳の上で、弁当を食ったというのだ。案内してくれた橿原考古学研究所元調査課長の今尾文昭さん(70)(日本考古学)が笑う。「まあ、昔はおおらかでした」・・・

私の通った小学校は、この隣にありました。良い遊び場で、石の上に乗って遊びました。今は立ち入り禁止ですが。大きな石組みですが、登るにはコツがあって、子どもでも簡単に登ることができました。

2面「飛鳥宮跡 時代の息吹伝える」には、飛鳥宮跡の写真(中心にあった井戸の復元)も載っています。板蓋宮と呼んでいました。中学のカエルの解剖には、ここで捕まえたカエルを持っていきました。水たまりなので、いつもカエルがいたのです。捕まえやすかったし。

2026年オランダ・ベルギー旅行

2026年4月24日   岡本全勝

4月17日から24日まで、オランダとベルギーに行ってきました。パック旅行で、効率的です。今回も私はキョーコさんの後ろをついていくだけ、スーツケースを引っ張る係です。この時期のオランダは寒いのですが、チューリップを見たいとのことでした。アムステルダム、ブリュッセル、ブールージュ、アントワープ、ハーグ。
ルーベンス、レンブラント、フェルメール、ゴッホの絵をたくさん見てきました。日本で見たことのある絵もあって、日本に「出稼ぎ」に行っていることがよくわかります。今回も「日本に貸し出し中」の絵がありました(笑い)。

事前の天気予報は、曇りや雨が多かったのですが、雨は1度だけ、それも短い時間でした。朝晩は予報通り寒かったです。5度くらい。昼は15度くらいですが、風があると体感温度はもっと寒かったです。冬の服装です。
チューリップは見頃でした。そして、桜(八重咲き)がたくさん咲いていました。チューリップ公園にも、戸建ての庭にも。日本から持ち込まれたようです。

今回のツアーの参加者は5組の夫婦10人で、私たちを含め高齢者ばかり。なんと、高校の10年先輩がおられました。話しているうちに、わかりました。日本でも会うことはないのに。さらに、奥さまは、キョーコさんの高校の先輩。こんなこともあるのですね。
余裕のある行程です。朝昼晩三食を食べると、苦しくなります。ふだんは、こんなに食べていませんから。で、数回食事を抜きました。そして、日本の方が、おいしいものを食べることができます。お風呂も、トイレ(ウオッシュレット)も、日本が良いです。
どの観光地も、たくさんの観光客であふれていました。そして、高齢者がほとんどです。他人のことを言えません。
前回の海外旅行で学んで、タッチ式のクレジットカードを持っていきました。ほぼすべて、それですませました。現金が必要だったのは、お城のトイレで、おばさんが「キャッシュ・オンリー」と、50セントを徴収していました。前回の残りのコインで払いました。紙幣は一度も使うことなく、それをくずす機会もなかったです。添乗員さんと「これから、コインはどのようにして手に入れるのだろうね」と悩んでいました。
物価は高く、概ね2倍以上です。円の価値と日本の経済力の低下を実感します。

飛行機は、行きは北極圏回りで14時間。シベリア上空を通る経路に比べ、2時間半くらい余計にかかります。困ったものです。帰りは南回り。ロシアとイランを避けて、黒海上空を通る経路です。こちらは13時間。
海外では、NHKニュースをインターネットで見ることができません。これは不便でした。

この間に掲載されたホームページの記事は、事前に書いて予約しておいたものです。また、連載原稿も事前に書きためて、編集長に提出して行きました。パソコンは持っていくので作業はできますが、そんな気にはなりませんね。電子メールで、いくつか仕事を処理しましたが。

人生4分の計

2026年4月18日   岡本全勝

「天下三分の計」は、中国の三国志で有名です。諸葛孔明が劉備に進言した策で、曹操(魏)・孫権(呉)・劉備(蜀)の3人で中国を3分割して支配しようとするものです。

「人生4分の計」は、人生を20年ずつに区切って、自分の生き方を考えてみようという勧めです。『明るい公務員講座 仕事の達人編』第16講でも、書きました。
20歳頃までは、学生でした。一人前になるための勉強の期間です。
20歳前後で就職して40歳ごろまでは、仕事を覚え、社会人として成長します。家庭を持つ人も多いでしょう。
40歳から60歳頃までが、責任を持って活躍する時期です。
そして、60歳(最近は65歳)で退職して、80歳頃までが「第二の人生」です。

先日の職員研修で、40歳くらいの人が多かったので、この話をしました。毎日忙しく暮らしていると、それだけで時間は過ぎるのですが。時間に流されるのではなく、自らの人生を企画しようと勧めました。人生を悔いないもの、実り多いものとするためです。
これまでは、就職すると定年まで勤めるのが標準でした。しかし、転職が比較的自由になりました。他方で会社が倒産したり業績が悪くなることもあります。そうでなくても、希望した仕事ができるとは限りません。会社任せにしていると、それは気楽ではあるのですが、残念な人生に終わることもあります。
これからの職業人生を人事課任せにせず、自分で考えましょうということです。その組織にいるとしても、あるいは転職をするにしても、これからどのような職を選んでいくのかを考えるのです。挑戦のないところに、満足はありません。もちろん思った通りに行くとは限りません。

もう一つは、定年後の人生をも考えようということです。定年までは、人事課が面倒を見てくれます。しかし、退職後は自分で考えなければなりません。どのような職に就くのか、趣味に生きるのか。20年は長いです。