コボルトその6

大魔ジンの恐怖
 カントン伯ギョウザー領の人民は、服がキタナいし、貨幣を持っていないので貧乏だと思われています。また領主のことを「やる気ないしだらしないしヨメももらえないし、最低のやつだ」とボロクソ言います。そういう不満を持っているのに、革命を起こそうとはしません。外から見ると、そこではすごい恐怖政治が敷かれているカモ、と疑われます。
 実際には領主のカントン伯が税金をとるのも面倒くさいと思っているため税金がすごく安いので、クイモノなど生活必需品は豊富にありますし、領民はカントン伯をバカにしきってますからかなり自由なのです。倒すにも値しないと思って放っておいてあるだけなのです。でも、そんな状況は周りの地域のひとから見ると「ありえない」ことにしか思えま
せんので、「やる気がなくてしかも恐怖政治のカントン伯からマズしい領民を救わなければならぬ」という大義名分のもと、ステーキ公ロベルトが軍隊を進めてまいりました。
 カントン伯領は税金が安いのでほとんど軍隊がいません。ステーキ公の軍は破竹の進撃です。侵略をはじめてから三日で、カントン伯のお城を取り囲んでしまいました。
「ここまでは順調だったが、カントン伯ギョウザーは魔法使いともつながっているといわれるから、どんな秘密兵器を使ってくるかわからん。情報収集を怠ってはいかんぞ」とステーキ公は部下を引き締めます。
「まったくであります、さすがはわれらが大公爵さまよ」と部下たちは尊敬を表しました。その時、情報収集に出していた兵士が報告に戻ります。
「われらが偉大な大公爵さま、報告であります。村人をとっつかまえて尋問したところ、今年は豊作だったのに領主が税金を集める手間をメンドウくさがったため、カントン城内にはほとんど食糧は無いのではないか、との情報がありましてあります」という幸先のよい報告です。
 ステーキ公と周囲のモノたちはにやにやします。「よし、このまま取り囲んで兵糧攻めじゃ」
「ただ、ひとつだけ気になる情報がございますであります」
「なんじゃ。申してみよ」
「とるに足らぬ情報なのですが、お城から一匹のゲコが出てきまして、人目を避けるように森の中に入って行ったのでございます。普通ならただのゲコに注意することなどないのですが、何しろカントン城は別名「ゲコ城」といわれるほど魔法のゲコのうわさのあるところ、注意だけはしておこうと思いまして、その後をつけてみたのであります。ゲコは森の中の木のウロのところまで行きまして、外からゲコゲコと鳴きました。すると・・・」
「すると、どうしたのじゃ」
「ウロの中からヘンなオンナのコが現れ、ゲコのコトバを聞き、「わかりまちたー、ちょうがないから大魔ジンと大魔オニでも持っていきまちょう」と答えたのでございます」
 この報告を聞いてさすがのステーキ公の顔が青ざめました。
「な、なにいっ。大魔神じゃと・・・サラセンの魔法を用いるつもりか・・・」
 東方のサラセン国には「大魔神」というでかい魔神がいるといわれています。普段はランプや指輪の中でぐうたらしているらしいのですが、ご主人さまに呼び出されると現れて敵をやっつけてしまうという伝説が伝わってきています。「大魔鬼」の方はそのコブンか何かでしょう。恐ろしい魔界のモノどもを味方にしようとしているのです。
「カ、カントン伯め、わが軍にかなわぬと見て異教徒の魔神と手を組んだのか。・・・モ、モノドモ、われらには正しい神が引っ付いているのであるから臆するでないぞっ」とステーキ公はぶるぶる震えながら言いました。
「ま、まったくでございます、い、偉大なわれらが公爵さま~」と部下たちも賛同いたしましたが、顔が引きつっているのでした。
 カントン伯があろうことか異教徒の魔界のモノどもに援軍を頼んだらしいというウワサはステーキ軍の兵士たちの間にもすぐ広まりました。兵士らは恐怖の面持ちで、手入れもしてないのでボロボロになっているカントン城の城壁を見上げます。そう言うメで見てみると、剥げ落ちた石垣やクモの巣の張った城門もおどろおどろしい雰囲気です。
 夜になるとお城の中からは不気味なゲコの鳴き声が無数に聞こえてきますし、城門からときおり覗く城兵の顔とかはどろ~んとしていて覇気というかやる気がまったくなく、悪魔にタマシイを売ってしまっているようにさえ見えます。
 このような緊張した状態で数日が過ぎた夜のことです。
 遠くからゲコゲコと多数のゲコの不気味な声が聞こえてきました。ステーキ軍の兵士はびびりはじめます。ステーキ公も寝所から出てきまして、恐怖に引きつった顔でゲコゲコに聞き入ります。その間にも、ゲコゲコの声はどんどん近づいてくるのです。魔界の軍隊がついにやってきたのかも知れません。しかも、単なるゲコゲコの声ではなく、
 このコ刻んでどろどろ煮立てて食べまちょう(ゲコゲコゲー)
 このコ煮えたらおさじですくって食べまちょう(ゲコゲコゲー)
という背筋が凍りつくような恐ろしい歌になっているのです。
「す、すぐ近くまで来たぞ・・・」
 みんながすごい緊張したちょうどその時です。お城の城門には古ぼけた塔があるのですが、その上から、カントン側の見張りの兵士が、
「来たぞー、大魔ジンと大魔オニが来たぞ~、助かったぞ~」と叫ぶ声が聞こえました。
「うひゃあ、大魔神だ~」
 ステーキ軍はかなりパニック状態です。
 カントン城内では「おお~」「ハラ減った~」という歓呼の声が上がり、突然ギギギ~と城門が開かれ、松明を手にして多数のゲコや兵隊が出てきました。
「うわ~、大魔神と挟み撃ちだ~」「逃げろ~」
 ステーキ軍は城門から出てくる覇気の無い兵士はともかく多数のイボゲコたちに飛び掛かられて、「わ~ん、イボができちゃうよう」と士気を失ったのです。ステーキ公も「もはやこれまで。引け、引け~」と逃げ出しました。
 城の兵士たちはクモのコのように逃げて行くステーキ公の軍隊には目もくれず、ゲコの歌とともにやってきたひとりのオンナのコを出迎えました。オンナのコは、すごく巨大なニンジンとタマネギを担いだゲコたちを引き連れて城門をくぐりながら言いました。
「おチロのクイモノがなくなったというから、巨大魔法ニンジン(略称大魔ジン)と巨大魔法オニオン(略称大魔オニ)を持ってきてあげまちたー。やちゃいカレーライチュを作って食べて、みんなでカチコくなりまちょー」
 国に逃げ帰ったステーキ公は、恐怖でつるつるになってしまい、子々孫々カントン地方には手を出さないように厳命したということです。   (採集地:ステーキ地方)