コボルトその2

望んでも手に入らないモノ
 ガッコウにもカイシャにも行かないコボルトちゃんは、その日もお昼ごろまで森の中の巣穴でグーピーと眠っていました。このため夜になっても寝付けません。
「不眠症なのかちら。なかなか眠れないので、お散歩にでも行きまちょう。でも、小さなオンナのコがひとりで夜歩きというワケにはいきまちぇんね」
 ひとりで夜の森を歩くのはコボルトちゃんほどの豪の者にとっても避けるべきことと考えられるのでした。コボルトちゃんは精霊ですから、夜中に出歩いてもワルい精霊にヤラれることはありません。
 もちろんゴブリンちゃんのようなライバルの精霊はいますが、どうせ今ごろグーピーと眠っているでしょうから気にする必要はないのです。また、そこらケダモノはみんなコブンですから、猛獣に食べられたりする心配もありません。しかし、暗がりで木の根っこにケつまずいて転んで、アタマを打って気絶しているうちに失血死したりしてしまう可能性もないことはないので、誰かと一緒に行くのが適当です。
 コボルトちゃんはもう寝込んでいたお付きのゲコをたたき起こして、同行を命じます。
 少し雲はありましたものの、おりから美しい月夜でした。森が深いのですぐ木々の枝に隠れてしまいますが、時折木の間からまんまるのお月さまが顔を出します。
「おほほー、パンケーキみたいでおいちちょう。でもツキは食べられまちぇん」とか言いながら森の奥へ奥へと入って行きます。そのうちに月が雲間に隠れ、森は一段と暗くなりました。ほうほう、とミミズクが鳴きます。ゲコは「ゲコゲコ」と答えます。
 森の奥の方に行くと、小さな池がありました。
「お昼に見ると小さな池でちゅけど、夜中に見ると不気味でちゅね」と、その時、雲が切れて月の光が木々の間から差し込んできました。
 池の水面を見ると、きらきらとしたまるいモノが浮かんでいます。空にあるお月さまと同様に、パンケーキのように黄色いモノです。
「ゲコ、何かおいちちょうなモノがありまちゅ。採ってきなちゃい」コボルトちゃんはゲコに命令しました。
 ゲコは「ゲコ」と鳴いてぼちゃんと池に飛び込み、パンケーキの方に泳いでいきます。 しかし、ゲコがそのパンケーキに近づきますと、パンケーキはぐにゃぐにゃ、と水面に溶 けて無くなってしまったのでした。
「おマエ、ひとりで食べてちまったの?」「ゲコゲーコ(そんなことないゲコ)」残念そうにゲコが岸辺に戻ってきますとまたまたパンケーキが浮かび上がります。
「ゲコ、また行ってきなちゃい」「ゲコ」
 しかし、ゲコが近づくとまたまたパンケーキは無くなってしまいます。戻ってくるとまたまたパンケーキが浮かび上がります。
「なにをやっているのでちゅか。おマエ、ナメられているのでちゅよ」コボルトちゃんはついに堪忍袋がぶちんと切れて、自らどぼんと池の中に飛び込み、パ ンケーキの方にじゃぶじゃぶと近づきました。
「もうちゅこち」と手を伸ばすと、パンケーキは水に溶けてしまいました。手を戻すとまたパンケーキが浮かび上がります。また手を伸ばすとパンケーキは消えてしまいました。
「ヘンでちゅねー」
 望んでも手に入らないものはたくさんあるのですよ。
(採集地:オーラン地方)