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フクシマ危機時のアメリカ政府の意思決定

2012年5月5日   岡本全勝

月刊『フォーリン・アフェアーズ・リポート』2012年4月号に、前アメリカ国家情報会議の幹部であったジェフリー・ベーダー氏が「フクシマ危機を前にホワイトハウスはどう動いたか―米市民の保護か日米間への配慮か」を書いています。東京電力福島第一原発事故の際に、アメリカ政府はどう考えどう行動したか。日本政府から、情報が十分に伝わらない(日本政府も持っていない)場合に、どのように対応したかが、書かれています。
日本にいるアメリカ市民を対象とした避難地域の設定をする際に、日本政府が設定した半径12マイルではなく、半径50マイルの避難地域を設定したこと(ここには、アメリカ人がほとんどいなかった)。しかし、東京にいるアメリカ市民(約9万人)とその近郊にある横田と横須賀のアメリカ軍とその家族への避難指示は、難しい課題であったこと。すなわち、アメリカ大使館関係者や米軍の家族は避難を望み、一方でアメリカ政府が避難勧告を出すことの日本社会へ与える「非常に大きな衝撃=パニック」の可能性をどう考えるかという難問。そして、最悪のシナリオを考え、緊急避難計画を立案すること、それが漏れた場合の対処。
勉強になります。また、その担当者が、そのプロセスを公表することも。詳しくは、原文をお読みください(『フォーリン・アフェアーズ』は英語誌ですが、私は日本語訳の『フォーリン・アフェアーズ・リポート』で読んでいます。といっても、読まないうちに次の号が届きます。反省)。

被災地でのNPOの活躍

2012年5月1日   岡本全勝

内閣府の経済財政運営統括官が「復興支援型地域社会雇用創造事業」をやってくれています(パンフレット)。平成22年に「地域社会雇用創造事業」という、地域社会における事業と雇用を生み出す事業が始まりました。その延長にあるもので、被災地での地域課題を解決する「社会的企業」の起業や人材育成を支援するものです。12のNPOなどの法人が選ばれ、その法人が個別の起業を支援する形です(概要)。
行政だけではできない支援を、NPOの力を借りて行おうとする一つの試みです。まだ、マスコミの取り上げも少なく、現地でも知られていないようなので、宣伝に努めなければなりません。

帰宅困難者対策

2012年4月30日   岡本全勝

東京都が、「帰宅困難者対策条例」を制定しました。東日本大震災が発生した平成23年3月11日に帰宅困難になった人は、東京都で350万人だったと推計されています。その日の混乱ぶりは、報道が伝えたとおりです。
都は対策として、むやみに移動しないこと、従業員を帰さずに事業所内にとどめること、またそのために3日分の水や食料を備えておくこと、駅などでの客の保護、一時滞在施設の準備などを求めています。

復興推進委員会、現地調査

2012年4月27日   岡本全勝

今日は、復興推進委員会のお供をして、福島県の調査に行ってきました。推進委員会は、外部有識者の方からなり、復興の現状を調査して、問題点や課題を指摘してもらうこととしています。今日はまず、福島県庁で、県の取組を聞き、警戒区域が解除された南相馬市、そして飯舘村仮役場に行ってきました。
4月はこれで、合計6日、福島に出張しました。

災害関連死

2012年4月27日   岡本全勝

今日、大震災での「関連死」の人数を、発表しました。全国の市区町村の協力を得て、調べました。それによると、約1,600人もの方が、亡くなっておられます。死者の数が約1万6千人、行方不明者の数が約3千人ですので、あわせると2万人を超えます。阪神淡路大震災の時は、10年後に約900人でした。
病院が閉まったことによる慢性病患者の死亡、仮設住宅での孤独死などです。詳しくは、さらに調べて、対策を打つことにしています。