先日、経済界による社会貢献、東京オリンピックと復興(4月15日)を紹介しましたが、その記事が経団連のホームページに載りました。「オリンピック・パラリンピック等経済界協議会開催-レガシー形成に向けたアクションプラン決定」(週刊経団連タイムス4月28日)。当日は、詳しいよくわかる資料が配られたのですが、まだホームページでは見ることができないようです。
カテゴリーアーカイブ:このページの歴史
岩手県、復興意識調査
岩手県が、復興に関する県民意識調査を、毎年1回実施しています。平成28年1月~2月に実施した結果が、発表されました。
それによると、県全体の復旧・復興の実感について「遅れている、やや遅れている」は47%で、昨年の54%から7ポイント減り、半数を割りました。25年は72%でしたから、かなり減少しています。他方で、「進んでいる、やや進んでいる」は25%で、昨年の21%から上昇しています。
地域別では、「遅れている、やや遅れている」は、沿岸北部が31%、沿岸南部が48%で、被害の大きさに比例しています。もっとも、内陸部は被害が少なかったのに、48%です。
仮設住宅の終了
宮城県岩沼市で、仮設住宅が終了し、解体が始まりました。384戸に1020人が住んでいました。宮城県では第一号です。岩手県では洋野町が昨年6月に仮設住宅が終わりましたが、戸数が5戸と少なかったです。
復興庁の引っ越し
28日が、復興庁の三会堂での執務の最後の日でした。机や機械類は業者が運んでくれるので、番号札を貼り付けました。何人かのお客さんが来られたのですが、番号を振った椅子に座ってもらって、「いや~、引っ越しで・・・」とお詫び。
書類は、各人が段ボール箱に詰め込みます。職員たちが数日前から、それぞれ取りかかっていました。これを機会に、不要なものを処分。といっても、仕事をしながらなので、すべてを箱に入れるわけにはいきません。意外と手間取るのが、文房具などの小物類です。最終日は、大変な作業、騒ぎでした。6時過ぎには、業者が来るので、それまでには片付けなければなりません。私も、5時過ぎには、すべて完了。資料は、2箱でした。
このビルで、5年間執務をしました。発災直後は、総理官邸の向かい、現在の8号館がある場所にあった内閣府庁舎(講堂とプレハブ)でした。6月に坂道を下りて、アメリカ大使館の前にある、この民間ビルに入りました。
それから、仕事がどんどん変わり、任務も拡大しました。それにあわせて、職員の増員をし、執務室の拡大と配置換えをしました。しょっちゅう、机の並び替えと職員の席替えをしていました。これまでにない仕事なので、試行錯誤をくりかえしつつです。
まあ、ダイナミックなものでした。執務室の変遷が、仕事の変化を表しているのですね。現在在籍している職員で、最初から知っているのは、私だけです。いささかの感慨を覚えつつ、放課後の異業種交流会へ出かけました。
現地の課題に対応する交付金の活用
復興庁では、4月26日に、「復興交付金・効果促進事業の活用方策」を公表しました。被災地では、町づくりの工事が進んでいます。すると、次の課題が見えてきます。復興交付金を活用して、これらの課題に対応してもらうべく、活用事例を紹介したものです。例えば、工事車両が通ることで、市町村道が傷みます。その補修経費も、市町村にとっては、バカになりません。現地の要望を拾って、職員たちが知恵を出してくれます。ありがとう。