「行政」カテゴリーアーカイブ

行政

給料に差をつける

いろいろと批判されている公務員制度ですが、少しずつ改革はされています。
今回実施されたのが、勤務実績の給与への反映です。これまでも、成績の優秀な人は、1年に1度の昇級が早まったり、ボーナスが多くもらえました。もっとも、実際の運用では、みんなに回るよう、ほぼ順番に当たり、差がつかないと言われています。平成17年の人事院勧告で、差をつけやすくするような改正が行われ、18年度から実施されました。その最初の昇級が、19年1月なのです。
まず昇級にあっては、毎年自動的に上がる普通昇級(1号俸分)と、15%の人に当たった特別昇給(1号俸分)を、一本化します。あわせて、これまでの1号俸を、4つに細分化します。そして、勤務成績がA(極めて良好。全体の5%)の職員は2号俸(新基準では8号俸)上がり、B(特に良好。全体の20%)は1.5号俸(新基準では6号俸)上がります。C(良好)は1号俸(新基準では4号俸)、D(やや良好でない)は0.5号俸(新基準では2号俸)上がり、E(良好でない)は上がりません。Eの人は、1年たっても給料は上がらないのです。また、ボーナスについても、良好(標準)の分を減らして、特に優秀と優秀の人の数を増やすのです。
かつて私が課長だったとき、民間の友人と給与制度の話をして、指摘を受けたことがあります。「部下の給料とボーナスを査定するのが、管理職である。部下のボーナスを査定できない全勝は、民間では管理職とは言わない」。それを聞いて、「そうか、僕は職員を預かっているだけか」と気がつきました。(平成17年人事院勧告のポイントp12、「2ー④ 勤務実績の給与への反映」)
もちろん、今回の改正も趣旨に添った運用がされないと、効果は出ませんが。私は指定職なので、この対象にはなりません。
これに関し、23日の日経新聞「私の履歴書」江崎玲於奈さんの経験を思い出しました。「IBM研究所では、トップ10%の人をグリーンと呼び、この人達は他社からのリクルートの対象となるので特に厚遇策を講じ、一方、ボトム10%の人をオレンジと呼び、いかに穏便に追放するかを考えるのである。これがいわゆるメリットシステムと呼ばれるもので、給料がこの順位と直接結びつくので、皆が大変真剣になることはいうまでもない」

日本の官僚は内弁慶

日経新聞経済教室「ゼミナール」が、「公務員制度を変える」を連載しています。23、24日は、アメリカとフランス・ドイツの紹介でした。もっとも、これは政治任用との関係についてであって、公務員制度全般についてではありません。政治任用との関係では、このHP(2005年9月19日の項)で紹介したように、人事院の報告書が詳しいです。

省庁再々編

最近、省庁再編の議論が出ています。前回の再編経験者として、意見を求められることがあります。何度かこのHPでも書きましたが、ここで私の考えを整理しておきます。私は、もう一度再編をするなら、哲学が必要だと思っています。
(局の再編はカルタ取り)
今議論になっているような、担当業務・局を課題に従って再編することは、必要なことです。どんどんやればいいと思います。企業や地方団体は、しょっちゅうやっています。しかし、それはいわば並び替え、「カルタ取り」です。100ある局を、どう13省に組み替えるかでしかありません。前にも言ったように、家の間取りの変更です(「省庁改革の現場から」p192)。これは、省庁再編の軸とすると、第3番目です。
ただし、前回の再編は小さな政府を目指し、省庁の数を半減させました。今度新しい組織を作るとするなら、14番目の省=純増にするのかです。増やせばいい、となれば簡単ですが。小さな政府を目指すなら、この総数は守るべきでしょう。すると、新しい省をつくったら、代わりにどこかを減らさなければなりません。再編を提言する方には、「それは純増ですか」「省の総数を増やさないとしたら、どこを減らすのですか」と質問してください。
このような組み替えは、官僚に任せると現状維持か焼け太りになるので(自分の省が小さくなる案には反対します)、有識者の意見を聞いて、政治家が責任を持って、決断するしかないと思います。
(政治主導への対応)
では、第2番目は何でしょうか。それは、政治主導の強化に対応した組織改革だと思います。簡単には、内閣官房・内閣府のあり方検討でしょう。官邸を支える内閣官房・内閣府、そしてその機能を期待されながら効果が見えない総務省を含め、官邸を支える官僚機構をどうするかです。
内閣官房・内閣府には、この6年間、それなりに機能を発揮してきました。そのために、いろんな組織ができています。再チャレンジもそうですが。これからも、時代と社会の変化に対応するため、このような組織は次々と生まれるでしょう。しかし、それらをいくつもぶら下げたままでは、内閣官房・内閣府は、お化けのような組織になる恐れがあります。これらを順次、各府省に移植する必要があります。それが省庁再編につながるなら、それは意味があります。また、13省庁からの出向者で、臨時的な組織を生み続けるのか。これも課題です。新しい課題に対し、内閣として取り組む場合の、官僚機構・システムの問題です。
(霞ヶ関のあり方)
そして、第1番の軸は、霞ヶ関=省庁の仕事のあり方だと、私は考えています。何度か書いたように、この100年間、日本の行政は業界振興を仕事としてきました。それは、産業界・建設業・農林水産業だけでなく、教育業界なども含めてです。これからは業界振興でなく、そのルールを作ることと、消費者である国民の保護が、行政の主たる仕事だと考えています。また、民間にできることは民間に任せ、地方にできることは地方に任せればいいのです。発展途上国の行政から脱皮すること、これがたぶん、次の省庁再編の軸の一つになるのでしょう。また、それくらいでないと、省庁改革とは言えないと思います。私のいう哲学とは、このような意味です。

日本の官僚は内弁慶

21日の朝日新聞「水平線/地平線」に、吉岡桂子さんが「国際機関の長、ねらえる人材磨け」を書いておられました。国連など国際機関の職員に日本人が少ないことは、よく知られています。その事務局長にも、日本人は少ないのだそうです。それらのポストは、年齢では50代後半で、政治家や事務次官・局長を務めた人がほとんどだそうです。そして、そのポストを取るためには、会議に何度も顔を出して、人物を知ってもらう必要があるとのことです。そのようなポストを取るとしたら、若いときから送り込むことが必要なのでしょう。
ここで私が言いたいのは、日本の官僚は内弁慶だということです。国際機関、国際社会で活躍しようとする人は、少ないのです。それは、官僚の出世コースになっていないのでしょう。「官僚は黒子」といえばそれまでですが、こんなところでも「輸出」が少ないのは、発展途上国なのですかね。
国際機関だけでなく、国内でも「対外試合」をしない。これは日本の官僚の悪いところです。身内だけで議論して、ムラ社会で威張っている。もちろん、日本の中でしか議論をしていない私も、その一人です。他人を批判する資格はありません

審議会

2001年の省庁改革の際に、審議会の整理を担当しました。
その考え方は、「中央省庁改革における審議会の整理」月刊『自治研究』(良書普及会)2001年2月号、7月号に、まとめてあります。
その時は、なかなか大変な作業だったのです。萩原靖企画官(現日立製作所)、福井仁史企画官(現福岡大学教授)が、中心に進めてくれました。
ポイントは、官僚の隠れ蓑といわれる審議会を、廃止縮小することです。ところが、審議会の中には、2種類のものがあるのです。一つは、政策提言をするもので、もう一つは、審判機能のものです。
前者が、官僚が政策を立案する場合に、有識者の意見を聞きましたといって、隠れ蓑に該当するものです。責任の所在が、不明確になるのです。後者は、恩給の裁定に不満がある人を審査するとか、航空機事故の調査をするとか、専門家に調査をしてもらうものです。前者は政策立案過程であって、後者は法令実行過程です。後者は、問題ありません。
その時は二つを分けて、前者を整理しました。が、今となっては、反省もあります。もっと法令上、明確にしておくべきでした。簡単に言うと、名称を分けておけばよかったのです。前者は「審議会」で、後者は「審査会」とか。名は体を表す。そうしておけば、二つの違いが、もっとみんなにわかってもらえたでしょうに。次回への宿題です。