カテゴリーアーカイブ:行政

閉ざされた組織が、知の創造を断つ

2012年9月2日   岡本全勝

9月1日の朝日新聞オピニオン欄は、野中郁次郎さんの「よみがえれ日本の経営」でした。
「優秀な人材を集めていたはずの東京電力が、原発事故に十分に対応できませんでした。東電の失敗の本質は、どこにあるのでしょう」という問に対して。
・・オープンな知の総動員体制を、つくれなかったことだと思います。政治や役所を忖度し、現場の判断をあまり尊重しなかった。原子力村にこもり、自分たちにない知を活用する開かれた姿勢もなかった・・
東電は木川田一隆さんが社長だった1960年代から70年代初め、他社に先駆けて「社会貢献」をめざし、現場での教育も含めて、総合的な研修体制を整えた。現場を回る人たちは電信柱に登り、地域に密着し経験を重ねた。そうした現場感のある人が、経営陣になっていったのです。
ところが、霞ヶ関との交渉がうまいとか、論理的に正しい経営計画をつくるとか、総務、企画の能力にたけた人が出世する構造に変わっていった。
こうした能力は、言語化できる知識、すなわち「形式知」が基本です。一方、言葉にうまく表せない現場経験から得られる「暗黙知」がある。私は、形式知と暗黙知を相互に変換させながら、新たな知を生み出すことが重要だと考えます・・

私の周囲でも、思い当たることが、いくつかあります。私が指摘するのは、企業とともに行政組織です。
内に閉じこもった時から、組織の発展や創造は止まります。なぜ、内に閉じこもるか。それは、業績を達成し、日本一や世界一といった評価を得た時からです。「俺たちのやり方が正しい」「俺たちの仕事の仕方と組織が、日本一なのだ」と考えるからです。慢心とも、いえるでしょう。
先輩たちは、試行錯誤して、組織と仕事の流儀を作り上げました。その組織を取り巻く環境や社会が変わらず、競争相手がいなければ、その「一番」は保てるのですが。そうは、いきません。日本一になったところで、目標は変わっているのです。社会も変わっていきます。
なぜ、転換できないか。それは、次のような構図です。しばらくは、日本一が続きます。そして、やっかいなことに、マスコミや世間が、しばらくの間、高く評価してくれます。後輩たちは、その評価に安住してはいけません。後輩たちがしなければならないことは、先輩の流儀を守り続けるのではなく、新しい目標とそれに適合した流儀を探し、挑戦することです。
これは難しいことです。先輩たちは「なぜ、変えるのか」と非難します。先輩にかわいがられた主流派は、総務や企画部門で先輩の教えを守り、保守本流=守旧派になります。改革派は、傍流になります。これが、成功した組織が陥る「失敗の構図」です。そして、成功が大きいほど、転換は難しくなります。
この項続く。

8月は休めない

2012年8月29日   岡本全勝

職員との会話です。
職員A:夏休みを取って、良いですか?
全勝:もちろん。ところで、何日休むの?
職員A:3日です。
全:だめ。そんな短いのでは。1週間は、休みなさい。

全:あんたは、夏休みを取ったの?
職員B:いいえ、今は予算要求の時期ですから。統括官だって、休んでいないじゃないですか。
全:ごめん。

今は8月。世間では夏休みで、家族旅行なども多いと思います。ところが、霞ヶ関では、その世間の常識に反した(?)仕事のスケジュールが、永年続いています。
例年7月に、翌年度の予算要求の基準(いわゆるシーリング)が示されます。それを受けて、8月末に各省から予算要求書が、財務省に提出されます。今年は、8月17日に基準が示され、要求締め切りは9月7日です。
すなわち、要求する側の各省は、7月と8月は、来年に向かって予算要求書を作り・とりまとめる「真っ盛り」なのです。各課で原案を作り、局で調整し、さらに各省で調整します。そして、与党との調整も必要です。で、結局予算に関係する職員は、休めないのです。
代案は例えば、提出期限を9月末にしてもらって、予算査定は10月から。というようになれば、みんな休めるのですが。

新卒の非正規雇用4万人、ニート3万人

2012年8月28日   岡本全勝

8月27日に文部科学省が、学校基本調査速報を公表しました。今朝の各紙が大きく伝えています。学生数や進学率ではなく、大学を卒業した若者就職状況です。
それによると、今春大学を卒業した56万人のうち、就職した者は36万人、64%でした。ただしそのうち2万人は、正規の就職ではありません。そのほか、一時的な職に就いたのが2万人。この二つを合わせると、非正規雇用は、4万人です。就職も進学もしていない者が9万人です。これら3つを合わせると13万人、23%の人が、安定的な職業に就いていません。
また、就職も進学もしていない者9万人のうち、進学準備中と求職中の人を除くと=ニートは3万人います。

リスク対策の変化

2012年8月26日   岡本全勝

8月22日のニュースが、「国土交通省の公共交通事故被害者支援室が、心のケアなどに当たる職員の研修を始めたこと」を、伝えていました。これに合わせてNHKでは、斉藤隆行記者が、「鉄道・交通事故、変わる被害者支援」を解説しています。
2012年4月、国土交通省に「公共交通事故被害者支援室」が設置されました。遺族を含めた事故被害者の支援が、目的です。
拙稿「社会のリスクの変化と行政の役割」第4章二2「変わる安心提供の手法」で、事故対策として規制や救助だけでなく、保険と無過失賠償責任制度を作ったこと。介護保険制度など、金銭給付だけでなく生活支援(人的サービス)を作ったこと。さらに、犯罪被害者について、金銭給付制度だけでなく、支援が相談や損害賠償請求についての援助や、加害者からの「お礼参り」の防止などに広がっていることを紹介しました。
加害者を罰することや、被害を金銭補償することだけでは、被害者の「被害」は回復しないのです。古典的な民法の原則だけでは、不十分だと認識されました。
公共交通事故被害者支援室も、この変化の中に位置づけることができます。加害者を罰したり、再発防止策を強化するだけでなく、被害を受けた人とその家族への支援が重要だと、認識されつつあるのです。それは、金銭補償だけでなく心の手当を含みます。災害時の心的外傷後ストレス障害(PTSD)対策の重要性の認識も、同様です。そしてそれは、被害者とその関係者だけでなく、救助に当たった警察や消防、自衛隊、さらには役場職員にも及びます。

低線量放射能への不安、足を踏みつけた場合の対応

2012年8月15日   岡本全勝

8月15日の朝日新聞「ニッポン前へ委員会」、神里達博大阪大学准教授の発言から。
震災がれきの広域処理をめぐって、拒否反応があることに関して。
・・実は、この問題の背景には、現代社会におけるリスク問題に特有の「二つの不在」が作用していると考えられる。
まず一つは、「知識の不在」である。現代の行政は原則として、科学的事実に基づいて客観的に遂行される。ところが、あるレベルを下回る放射線の健康影響については、科学的知見そのものが不足している・・
もう一つは、「責任論の不在」である。たとえば電車内で足を踏まれたとき、相手からの「すみません」の一言があるかないかは、大きい。もし、謝罪の言葉よりも先に「あなたの足にかかった圧力は弱いので、けがの恐れはありません、ご安心ください」などと言われたら、かなり温厚な人でも怒るだろう。だが、今回の原発事故に伴う放射能汚染の問題では、まさにそのような状況が続いている。程度の差はあれ、「足を踏まれた人」は間違いなく大勢いるのに、謝罪する者は事実上、現れていない。人々はきっとそのことに、どうにも納得がいかないのである・・