カテゴリーアーカイブ:行政

社会保障を含めた生活保障を進めるために、宮本太郎教授、その2

2012年9月24日   岡本全勝

「日本型の生活保障とは」という問に対しては。
・・雇用を軸にした生活保障です。歴史をひもとくと、岸内閣の下、世界で4番目に皆保険・皆年金の導入が図られ、1961年に実現しました。画期的でしたが、みんなが働いて支え合わねば、維持できません。
池田内閣から田中内閣にかけて日本的経営や土建国家が形成され、男性稼ぎ主が働き、年金・保険制度を支えるシステムができあがりました。
このシステムのポイントは、行政が業界や企業を保護する点にありました。護送船団方式はその象徴です。企業は一家の男性稼ぎ主の雇用を守り、稼ぎ主は家計を支えて家族を守りました。この保護の連鎖が機能している限り、社会保障の役割は限定され、退職した高齢世代の年金に集中できました。

「そのバージョンアップが必要だとは、どういうことですか」
・・雇用を軸にした生活保障の方向は悪くなかったが、経済のグローバル化が進み、行政が業界や企業を守るのは今や無理です。非正規雇用が増えて、男性稼ぎ主の雇用で家族が暮らせるという前提も消えました。
業界や企業を守るのではなく、個人と家族を直接支援することによって、雇用を軸にした生活保障を発展させる。市場重視のアメリカ流でも、スウェーデン型福祉国家でもない、日本型の刷新です・・
この項続く。

社会保障を含めた生活保障を進めるために、宮本太郎教授

2012年9月23日   岡本全勝

古くなりましたが、9月8日付の朝日新聞オピニオン欄、宮本太郎北海道大学教授の「社会保障、踏み出せぬ政治」から。

「社会保障と税の一体改革をうたった消費増税法が、民自公3党の合意を経て成立しました」との問いかけに対し。
・・社会保障改革の多くは、新設する国民会議の議論に先送りされました。一体改革とは名ばかりで、消費増税だけが決まったかたちです。菅内閣のもと、私が座長を務めた「社会保障改革に関する有識者検討会」は、2010年12月、一体改革の素案とも言うべき報告書を出し、財政再建と社会保障の機能強化は同時に進めなければ双方とも実現しない、と強調しました。そこから随分と離れてしまった印象です・・
・・自公連立だった福田内閣の「社会保障国民会議」や麻生内閣の「安心社会実現会議」の議論から、私たち「有識者検討会」の報告書まで、基調は同じです。もはや選択肢はそれほど多くないのです。ところが二大政党制のパラドックスで、政策が接近するほど、有権者へのアピールを狙って些細な違いや相手の能力をあげつらい、結局ほとんどが棚上げになりました。日本型の生活保障のかたちをバージョンアップするという方向で、一致できると思ったのですが・・
この項続く。

国民生活省構想

2012年9月18日   岡本全勝

私の願いに、「国民生活省」があります。各府省に散らばっている、国民の生活に関する部局を集めて、一つの省にするのです。
「国民生活」といっても広いですが、軸は、生活者、消費者、社会的弱者を守る施策です。そのような施策を任務としている課や局を、統合して一つの省を作りたいのです。想定している部局は、次のようなものです。
内閣官房=社会的包摂室
内閣府=共生社会政策政策統括官、男女共同参画局、経済社会システム政策統括官の一部(新しい公共、市民活動促進)
消費者庁、公正取引委員会、食品安全委員会
法務省=保護局、人権擁護局
文部科学省=スポーツ・青少年局の一部(青少年育成)
厚生労働省=職業安定局、職業能力開発局、雇用均等・児童家庭局、社会・援護局、(労働基準局)
農林水産省=消費・安全局
これら対象となる部局は、まだ、たたき台です。議論を深めて、成案を得れば良いと思います。医療や年金なども、国民生活に密接に関係していますが、これは制度ができています。また、これらも統合すると大きくなりすぎるので、厚生労働省に残しましょう。

2001年に省庁再編を行いました。しかし、あの際に行ったのは、「省庁の大括り」でした。今回提案しているのは、これまで生産者育成、サービス提供の視点で作られてきた府省構成に、生活者や消費者の視点を持ち込むことです。
総理官邸のウエッブ・サイトでも、「国民生活」という分野があります。
消費者保護は、庁ができました。家庭や子育て、少子化対策、自殺対策、ホームレスや非正規雇用の問題なども、大きな課題になりました。再チャレンジ政策や社会的包摂という社会的弱者政策も、認知されました。国民生活という視点で見ると、かなりの部局があり、かつ分散しています。
これはまた、大きくなりすぎたと言われる厚生労働省の一部を切り出す案です。

新しい部局や政策を作ろうとしているのではありません。すでにある組織(部局)を、再編するだけです。省の数が一つ増えますが、そこは認めてもらいましょう。
大臣は、現在の数の範囲内で指名します。消費者問題担当大臣か誰かに、横滑りしてもらいます。局や課は、各府省から集めるので、増えも減りもしません(官房組織を作る必要はあります)。
しかし、「国民生活省」という目に見える役所ができることで、政府の仕事がより見やすくなります。そして、組織ができれば、政策も充実していくでしょう。
皆さんの、ご意見をお待ちします。

閉ざされた組織が、知の創造を断つ・その3

2012年9月6日   岡本全勝

引き続き、野中郁次郎先生のインタビューです。
・・1972年にアメリカから帰り、日本企業の技術革新を研究しました。アメリカで学んだのは、物事を分析的に計量し、情報処理した結果が経営判断につながるという考え方でしたが、現場に入ってみると、そうでもない。
ホンダの小型車やキャノンのプリンター、富士ゼロックスのコピー機など、画期的な製品の開発者に聞くと、「私はこれがやりたいんだ」とまず語るのです。最初に個人の直観や主観があって、その信念や価値を組織にぶつけ、説得しながら形にしていく・・

そうですね。目標を与えられて、それを達成する効率的な方法を考える場合なら、分析的手法が役に立つでしょう。そして、その思想で設計された工場では、マニュアル通りに作業をすることが効率的です。
しかし、新しい製品やこれまでにないサービスは、分析的手法からは生まれません。これまでの傾向線を延長しても、新しいものは出てきません。
それはまた、先進国に追いつく際の手法=お手本を効率的にまねることと、先進国に追いついた後の前進=自分で考える際に必要な思考との違いでもあります。

「アメリカ流がダメなら、アメリカ企業もダメになるのではありませんか」という問に対しては。
・・アメリカ流がダメと言うより、日本の完璧主義、過剰適応が問題なのです。アメリカは基本的に実用主義(プラグマティズム)です。とにかくやってみようということです。ルールは状況に応じて柔軟であるべきだと考え、実はおおざっぱ。そうでないと、リスクもとれないしベンチャー精神も発揮できない・・

うーん、これが正しいとすると、アメリカ流の経営学を日本に広めているアメリカ帰りの学者さんと、アメリカに留学してそれを持ち帰っている企業の幹部候補生の罪は大きいですね。失礼。

閉ざされた組織が、知の創造を断つ・その2

2012年9月5日   岡本全勝

引き続き、野中郁次郎先生のインタビューです。
「経営の近代化とは、暗黙知をマニュアルのような形式知にして科学的に経営することだ、と多くの人は考えていませんか」という問に対しては。
・・それは間違いだと思います。全部チェック、チェックと過剰にやったらチェックリストになってしまう。これでは、「マニュアルに書かれていないものがあるのではないか」「このようなマニュアルになった背景は何か」などと、現場で状況や文脈に応じて適時適切に判断する「実践知」が働かなくなる・・
すべてを科学的に分析し、経営することは不可能でしょう。
私もかつては「経営は科学だ」という旗を振っていた一人でした・・いまでもこの考え方は主流で、ビジネススクールでも客観的に分析的にルールやモデルを作らなければいけないと教えています。しかしそこから何が起きるのか。
人としての倫理、会社な何のために存在するのか、といった主観の部分が抜け落ちてしまいます・・

ご指摘の通りです。マニュアル化できる部分は、できる限りマニュアル化すべきです。「私も先輩のやり方を見て、見よう見まねで覚えたから、あなたもがんばってね」という「体育会系後輩育成論」は、私の最も嫌いな流儀です。
しかし、マニュアルの限界は、明らかです。マニュアルに沿って仕事をしている人は、それを外れた事態に対処できません。そして、新しいマニュアルは、書けないのです。さらに、その仕事は何のためにやっているのかという、目的意識がなくなります。
決められた仕事をする従業員は、マニュアルに沿った仕事で良いのです。しかし、管理職やリーダーは、マニュアルにない事態が生じたときそれを処理すること、マニュアルを書き換えること、マニュアルにないことを考えることが仕事です。法律に基づいた仕事をすることと、問題が生じたので法律を書き換える仕事の違いです。「前例がありません」と言うのか、「前例がないので、こうします」というのかの違いでもあります。