カテゴリーアーカイブ:行政

親が子どもを育てられない場合

2014年6月27日   岡本全勝

今日、6月17日の読売新聞1面は、「子供置き去り483人、餓死寸前も。過去3年」でした。読売新聞の独自の調査です。実際には、もっと多いのでしょう。親に放置され、餓死したり、衰弱死した幼児のニュースが、後を絶ちません。その子の立場になったら・・。かわいそうでなりません。
親にはそれぞれの理由があるのでしょうが、許せないことです。しかし、彼らを叱ったところで、事態は好転しません。それだけの能力と意欲のない親を教育するか、社会が子どもを引き受ける必要があります。
どうしても育てられない親には、「役場に相談すれば、助言をもらえたり、子どもを引き取ってもらえますよ」ということを教えるのです。今も、一人で悩んでいるお母さんやお父さんがたくさんいるのでしょう。それは、老親の介護も同様です。でも、学校では、困ったときに役所が助けることを、教えていません。それは、事故を起こしたときや病気になったときも同じです。「家庭で学ぶこと」なのです。
かつては、家族で面倒を見切れない場合は、親族や隣近所が手伝いました。その機能が低下しました。もちろん、昔も両親に捨てられた子どももたくさんいたのです。役所が救えず、救わず、悲しい結果になった場合も多かったのです。

教育には、2つのものがあるのでしょう。一つは、よい子を育てる教育です。もう一つは、障害を持っている人が生きていく際の知恵や、事件事故を起こした場合の対応を教える教育です。これまでは、よい子を育てる教育に力を入れてきました。しかし、そこから漏れ落ちる子どももいます。家族だけでは、守ることはできません。社会で育てる必要があります。
落ちこぼれることや事故に遭うこと、病気になることは、誰にでもあるリスクです。よい子を育てることは必要ですが、それから漏れ落ちても安心して暮らしていくことができるように、社会を複線型に変える必要があるのです。拙著『新地方自治入門」』では、『あなた自身の社会―スウェーデンの中学教科書』(邦訳1997年)を紹介しました(p175)。これは、勉強になり、考えさせられます。明治以来の日本は、よい子を育てる教育では、大成功をしました。しかし、落ちこぼれた場合の教育は、不十分なようです。

コミュニティ・ソーシャルワーカー

2014年6月20日   岡本全勝

朝日新聞6月18日オピニオン欄、「地域のチカラ」大阪府豊中市で住民の問題解決に取り組む勝部麗子さんへのインタビューで、コミュニティ・ソーシャルワーカーが紹介されています。
聞き慣れない言葉で、ご存じない方も多いでしょう。記事では、「地域福祉を進めるためにつくられた大阪発の専門職。大阪府が2003年に策定した「地域福祉支援計画」に盛り込まれ、2004年度から府の補助で、府内の自治体が中学校区に1人ずつをめどに配置できるようになった。豊中市の場合、市社会福祉協議会に事業が委託されており、現在は14人が配置されている。住民と協働で「制度のはざま」にある人たちを発見し、その解決をめざす。行政と住民をつなぐ役割も担う。とほぼ同じ役割を担う専門職を「地域福祉コーディネーター」と呼んでいる自治体もある・・」と解説されています。町内会の世話役、民生委員さんなどの仕事が近いでしょう。
「コミュニティーソーシャルワーカー」というのは聞き慣れない言葉です。「ソーシャルワーカー」と何が違うのですかとの問に。
・・福祉には、介護保険や生活保護など法律や制度に基づくいろいろなサービスがあります。しかし、どれにもあてはまらず、網の目からこぼれてしまう問題があります。「制度のはざま」と呼ばれ、話題になっている認知症の方の徘徊による行方不明やごみ屋敷、引きこもり、孤独死などがこれに当たります。役所に相談しても、担当する課もありません。だからSOSも出せず、苦しんでいる。そんな人たちをコミュニティー(地域)の住民と一緒に発見し支えていくのが私たちの仕事です・・
・・1995年の阪神淡路大震災がきっかけです。豊中市でも死者11人、全半壊4922棟の被害が出ました。ほとんどの福祉委員会は何も対応できませんでしたが、見守り活動をはじめていたいくつかの校区は、独り暮らしの高齢者の安否確認や救助が素早くできました。支援の必要な人が地域のどこにいるか、住民が知っていたからです。いざというときに命を守るには、こうしたやり方を広げるしかないと思い、震災の翌年から働きかけを始めました・・
・・最初のころは「福祉は行政の仕事だ」とか「素人に相談を受けさせるのか」とか言われました。しかし、震災の体験から「地域のつながりは大切だ」と思う人もいて、徐々に共感が広がりました。全ての校区が主体的に動き出すには、それでも5年かかりました・・
ぜひ原文をお読みください。

性同一性障害の子ども

2014年6月18日   岡本全勝

各紙が取り上げていましたが、文科省の調査で、小中高校1,400万人のうち、性同一性障害の子どもが600人いることがわかりました。そのうち約6割の学校では、服装、トイレ、更衣室、水泳などの際に、配慮をしているようです。
かつては認知されなかった「悩み」が、理解されるようになりました。しかし、対応する側も経験がないので、苦慮しているようです。
子どもに限っても、いじめ、虐待、貧困、食物アレルギー、日本語が不自由な(外国からの)子どもなど、新しい課題が生まれています。学校現場だけでなく、社会人に対しても、系統だった学習や教育が必要だと思います。

不安定な現在の国際社会、理念の不足。2

2014年6月15日   岡本全勝

先日、山上正太郎著『第一次世界大戦 忘れられた戦争』(2010年、講談社学術文庫)を読みました。今年は2014年、第一次世界大戦勃発から100年です。この本を読むと、人間は合理的ではないなあと、考えさせられます。もちろん、私たちは、その結果を知っている現時点から、過去を判断するからです。
戦争が始まる前、始めたとき、戦争中と、関係者はその時点その時点で「良い」と思う決断をしたのでしょう。結果を教えてあげたら、多くの人は「そんな結果になるのだったら、やめておいたのに」と、言うのでしょうね。この本の中でも、戦争を始めたドイツ皇帝が戦争に負けそうになったときに、敵方のロシア皇帝やイギリス国王の不誠実をなじったり、開戦に踏み切った首相ホルヴェーグが自己の責任を反省しています。戦争を始めた皇帝たちは、よもやロシア、ドイツ、オーストリア帝国がなくなり、地位を追われるとは思ってもみなかったでしょう。
戦争になるかどうかは別にして、国際政治には単一の責任者がおらず、また利害や意見を調整するシステムがありません。それが故に、関係者の意図がうまく交換されず、また調整されないときがあります。「相手は、こんなことを考えているかもしれない」「いや、そんな意図で言ったのではない」と。
また、過去の思考の枠組みで考えていると、社会の変化に気づかず、歴史の大きな流れを読み間違うことになるのでしょう。第一次世界大戦は、総力戦が出現し、国民の支持がないと続行できない、政体も維持できないことを明らかにしました。19世紀とは違う社会が、出現していたのです。政治指導者の認識と、社会や経済の変化がずれていると、うまくいきません。それは、第一次世界大戦の後処理の失敗にもつながりました。ドイツへの過酷な懲罰は、第2次世界大戦を引き起こしました。
アメリカとソ連が「仕切っていた」20世紀後半は、それなりに「秩序」と「安定」がありました。1991年、ソ連の崩壊で、「冷戦」という安定の時代が終わりました。「歴史の終焉」(フランシス・フクヤマ)とも言われましたが、それから20年後に待っていたのは、全く違った世界でした。
共産主義が終わり市場経済が世界を覆いましたが、別の「勢力」が、国際社会の不安定要因として台頭しました。西欧自由主義・民主主義とは違う、イスラムという文明と、中国という経済と軍事力を急速に増強したしかし独裁国家と、ロシアという未成熟な自由主義国家などです。
さて、安定を失いつつある現在を、20年後や50年後の後世の人は、どのように見てどのように記述するでしょうか。「混乱はさらに大きくなり、・・・」と書かれるのか、「その混乱の中、世界の指導者達は、××によって、新しい秩序を作り上げた」と書かれるのでしょうか。(参照、「1914年と2014年の類似」4月22日の記事)

不安定な現在の国際社会、理念の不足

2014年6月13日   岡本全勝

朝日新聞6月10日、オピニオン欄、三谷太一郎先生の「同盟の歴史に学ぶ」から。
・・冷戦後の世界は、多極化しました。ソ連が崩壊したあと、米国が空白を埋めて、絶対的なリーダーになるかと思われましたが、現実は予想に反しました。G8は、中国やブラジルなどを入れてG20になりましたが、覇権国家が消滅したことに着目すれば、現在の状況はG0(ゼロ)と言ってもよいかもしれません。冷戦後20年を超えた今日でも、安定的な国際秩序は未完の課題です・・
・・歴史上いまほど、理念というものが不足した時代はないでしょう。現在の世界的な傾向であるナショナリズムを超える理念が存在しません。裏返せば、国益に固執した短絡的なリアリズムが世界を支配しています。覇権構造が解体してしまった現実が私たちの眼前にあります・・