カテゴリーアーカイブ:行政

熊本地震、県総務部長の回顧

2026年5月4日   岡本全勝

4月14日の朝日新聞夕刊、木村敬・熊本県知事の「熊本地震10年、「次」への伝言は」から。
・・・関連死を含め278人が犠牲になった熊本地震は、14日で前震から10年を迎えた。熊本県の木村敬知事は県総務部長だった発生時から震災対応に携わり、「熊本地震がなければ私は今ここ(知事職)にいない」と語る・・・

・・・発生の前日に出向元の総務省に戻る辞令が発表され、大西一史・熊本市長に夫婦で招かれた送別会の最中に大きな揺れに見舞われた。県庁に戻って国の省庁からの電話応対や被災市町村への被害確認、応援の人選などにあたった。
余震で建物に危険を感じて屋外に出ていた避難者がテレビニュースに映ると、旧知の官僚たちから「政権幹部が問題視している」と電話が来た。翌15日には松本文明・内閣府副大臣(当時)が県庁に来て、屋内に避難させるようにと言ったため、理由を話し「現場の気持ちが分かっていない」と反発した・・・

・・・総務省への帰任を延ばし、国の現地対策本部員として5月末まで国と県・市町村との連絡調整役を担った。国には「熊本県の出身者ではなく、県に最近出向した経験のある官僚をよこしてほしい」と要望した。「出身者は高校を出るまでの熊本しか知らない。出向経験者は今の事情に精通して人脈もある」。局長級から若手官僚まで多数派遣された。
国は、現地が要望する前から救援物資を送り込む「プッシュ型支援」をしたが、輸送ルートをよく考えなかったらしく最初はなかなか届かなかった。当時強い力を持っていた安倍晋三政権への「ご機嫌取り」で、ただ送っただけのように感じた。
熊本でもニーズの把握や備蓄する場所、管理態勢などが整っておらず混乱した。派遣された官僚らが動き、各避難所でタブレットに打ち込んで共有できるようにしてくれた・・・

「憲法を守れ」が行き着く先

2026年5月3日   岡本全勝

今日は憲法記念日です。で、それに関することを。
憲法は、国の最高法規であり、それは尊重されなければなりません。
第九十九条は、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」と規定しています。

それはそうなのですが、日本国憲法の現状と国民の一部にある意識を考えると、憲法尊重の行きすぎは問題を生んでいます。明治憲法が「不磨の大典」であったように、昭和憲法も「神格化」されています。改正されないので、日本国憲法は世界で一番古い憲法になっています。

「憲法を守れ」を主張する人には、憲法改正を認めない人もいるようです。ところが、時代とともに状況変化します。例えば、前文にある次の文章は有名です。
「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」
この条文は理想的で、素晴らしいものだと思います。しかし、2026年の現在に憲法を制定するなら、このような内容を規定するでしょうか。突然戦争を始めるロシアやアメリカ、軍備を増強し周辺地域を脅かす中国や北朝鮮。そのような国際環境の中で、「各国を信頼して軍隊を持ちません」というのは、国民の多くは納得しないでしょう。

「日本国憲法は他国に比べ条文が少なく、改正しなくても運用できる」という考えもあります。それは実態を反映しているのですが、それがあるべき姿でしょうか。社会保障制度や新しい人権(プライバシー権、知る権利、自己決定権、環境権など)は、1946年当時に比べ大きく変化しました。解釈で切り抜けるというのは、「憲法はなくても同じ」ということになります。
憲法の神格化は、憲法を機能させず解釈に頼り、憲法自体は神棚に飾っておくことになります。「憲法を守れ」という考えは、かえって憲法の価値をおとしめている結果になっていないでしょうか。

官僚主導の負の遺産

2026年5月2日   岡本全勝

2001年に実行された省庁改革から25年が経ちました。そのうち省庁再編の評価は、コメントライナー「省庁再編から25年 これまでとこれから」(1月5日)に書きました。問題は、もう一つの目的であった、官僚主導から政治主導への転換です。首相による行政機構の政治主導は進みました。しかし内閣・国会・政党での政治主導は、ほとんど進んでいないように見えます。この点は、連載「公共を創る」第252回「求められる将来の日本を考えた政策議論」で「官僚主導の負の遺産」として説明しました。

政治主導が進まないのは、「官僚主導」の負の遺産(代償)ともみることができます。
その一つが、国会での議論です。
・野党は政府を追及することに力を入れ、与野党が議論して政策を作っていくという思想が欠けています。
・事前に官僚が質問を取りに行き、それを基に政府側の答弁案は官僚が作ります。これでは、政治家同士の議論になりません。
・政府側では、官僚が「今回提出した法案は正しい」「現在の政策は間違っていない」という答弁案を書きます。それでは、政策論争になりません。
政党との関係においても、官僚が政治家の代行をしています。
・政治家間(与党内、与野党間)の調整を官僚が担っています。与党の部会や野党の調査会などで説明をするだけではなく、異論を挟む与党議員には官僚が「ご納得のいくまでご説明する」ことも求められます。
・法案の多くは官僚が立案し、政治家が政党において政策を作るという意識が薄くなっています。

このように、いまだに官僚が政治家の仕事を代行しているのですが、そもそも官僚にはできない政治家の役割があります。それは、国民に負担を問うことです。もう一つは、政策を大きく転換することです。官僚は、与えられた範囲で考え、従来の延長で考えます。国民の立場ではなく、業務から考えるのです。「第244回 政治家と官僚とのずれ」
ところが、政治家が官僚化し、官僚は官僚の視野で考えるので、政治本来の議論がなされません。

就職氷河期世代、前期と後期

2026年5月2日   岡本全勝

4月12日の読売新聞、近藤絢子・東大教授の「就労支援と社会保障 両輪で」から。
・・・バブル経済崩壊後の就職難に直面した「就職氷河期世代」に、再び注目が集まっている。希望する仕事や正規雇用がかなわず、不安定な生活を余儀なくされてきたこの世代が40~50歳代半ばに差し掛かり、老後という更なる不安が顕在化してきたためだ。
あれから約30年たったが、非正規など厳しい労働環境から抜け出せない人も多い。経済的に頼ってきた親は高齢になり、介護などで負担は重くなる一方、自らは十分な年金が期待できない。氷河期世代が抱える困難は、今なお解けない大きな社会課題だ。
この難題に国や社会はどう向き合えばいいのか。自らも就職氷河期世代で、労働経済学の観点からこの問題を分析する東京大学社会科学研究所の近藤絢子教授に話を聞いた・・・

・・・私の研究では、就職氷河期世代を1993~2004年に高校や大学を卒業した世代と定義しています。該当する人口は約2000万人で、日本の人口の約6分の1に当たります。ただ、このうち93~98年卒の「氷河期前期世代」と、99~04年卒の「後期世代」では置かれた状況が全く異なります。
国の労働力調査などを見ると、実際に就職率や失業率、求人倍率が底だったのは後期世代の01~03年卒あたり。「氷河期が終わった」とされた05~09年卒の「ポスト氷河期世代」も、実は正規雇用率や平均年収などの指標が前期世代よりも悪いことが分かりました。
さらに、リーマン・ショックや東日本大震災後に社会に出た10~13年卒の「リーマン震災世代」も、同様に厳しい就職状況や雇用環境が続きました。データを見ると、氷河期世代より下の世代も、置かれている状況が相当悪かったことが分かります・・・

・・・ 氷河期世代の中には、いまだに正規雇用として働けないなど、苦しい生活が続いている人がいます。こうした人たちが今後、直面するであろう課題は大きく二つあります。
一つは親世代の高齢化です。親の経済的支援で生活が成り立っていた人たちが、親が認知症になったり介護が必要になったりするケースが出てくる。自分の仕事や収入が不安定なのに、親の面倒も見なければならなくなると、ますます生活が困窮する人が増える。介護保険で使える施設やサービスを拡充するような取り組みが必要になってくるでしょう。
もう一つは、氷河期世代自身の老後の問題です。若い頃に正規社員になれず、非正規やアルバイトで生計を立てていた人は十分な年金保険料を納めていないため、低年金となる可能性が高いのです。
こうした人たちが生活保護に頼るようになると、財政負担がさらに拡大してしまいます。どのような対策が有効なのか、今のうちから幅広い視点で検討していく必要があります。

氷河期世代に対して、国は様々な支援策を打ち出してきました。ハローワークでの就職支援や無業者を対象にした「地域若者サポートステーション(サポステ)」、ひきこもり者などへのサポートなどです。ただ、こうした施策の多くは00年代に始まった若者向けの就労支援です。この世代が年を取るのに合わせ、対象年齢が引き上げられてきただけのものも少なくありません。

氷河期世代は、すでに40~50歳代半ばの中高年に差し掛かっています。働ける人には、65歳でも70歳でも元気に働いてもらえるように後押しをしていくべきですが、若い頃に得られなかった就業経験を取り返すのはなかなか難しい。また、家族や健康面などの事情で、働きたくても働けない人も増えてきます。もはや就労支援だけでは解決できない状況になっています。
こうした現状を踏まえると、これからは就労支援と社会保障の充実といった両輪の支援策が大切になってきます。特に重要なのはセーフティーネットの拡充です。生活保護を思い浮かべる人が多いと思いますが、適用条件は非常に厳しく、そこまで困窮してからでは再び自立するのは極めて難しいのが実態です。その前に救済できるような仕組みを構築する必要があるでしょう・・・

孤立死2.2万人

2026年4月28日   岡本全勝

4月15日の朝日新聞に「「孤立死」2.2万人 昨年 死後8日以上で発見」が載っていました。

・・・自宅で亡くなった一人暮らしの人は昨年1年間に全国で7万6941人で、このうち死後8日以上が経過して見つかる「孤立死」の目安とされるケースは、2万2222人だった。年間を通じた統計は昨年初めて取りまとめられ、今回が2度目。警察庁が14日、発表した。

昨年、警察が取り扱った死者は20万4562人だった。このうち一人暮らしで自宅で死亡した人は、4割近くを占める7万6941人(前年比921人増)だった。
一人暮らしで自宅で死亡した人を年代別に見ると、10代以下57人、20代753人、30代975人、40代2382人、50代7568人、60代1万4183人、70代2万4416人、80代以上2万6445人。年代が上がるごとに人数は増える傾向の一方、15~64歳の現役世代は2割以上を占めた。

死亡推定日から発見されるまでにかかった日数別では数日以内に発見される人が多い。当日か翌日に見つかる人が2万8398人、2~3日が1万5865人、4~7日が1万456人だった。
死後8日以上が経過して発見された2万2222人のうち、7割超は65歳以上だった。また、死後1カ月以上が7148人、1年以上も208人いた。

「孤独死・孤立死」の実態把握を進めてきた内閣府の作業部会は「8日以上」を「孤立死」の目安としている。発見される前の7日間は誰とも接触する機会がなく、社会的な孤立が推認されるなどとして位置付けられた・・・