朝日新聞3月6日オピニオン欄「原発安全の番人」グレゴリー・ヤツコ前アメリカ原子力規制委員会委員長の発言から。
「日本の原子力規制委員会は、NRCをモデルにして原発を推進する省庁と切り離しましたが、電力業界から不満や批判もあるようです」という問に対して。
・・業界の人たちが不満を持っているのなら、たぶんいいことです。規制当局にとって最も大切なのは、許認可の意思決定の際、独立して判断が下せる能力です。日本には今、それがあると信じます。
それには、自らが技術的な専門家集団でなくてはなりません。そうでないと、他の人たちの情報に頼らざるを得なくなる。規制当局の存在意義とは突き詰めると、事業者が自らノーと言いたくないことに対して、時にノーを言うことです・・
古くてすみません。連休中に資料を整理したら、切り抜いてあったのが出てきたので。でも、この主張には納得します。
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行政-行政機構
グローバル化が行政に与えるインパクト、その2
また、大橋洋一先生は「グローバル化と行政法」で、国際的約束を実現するために国内法が必要である場合に、法律制定手続きが持つ意味を、次のように整理しておられます。
1 与野党間の利害対立を統制する。
2 実現に向けた行政機関の権限や組織を指定する。
3 実施に向けて紛争が生じた場合の評価規範としての意味を持つ。
4 国民に対して、新規施策を宣伝する。
5 既存法律体系との調整が必要になる。
確かに、果たしている機能から見ると、このようにさまざまな効果があります。
グローバル化が行政に与えるインパクト
大橋洋一執筆「グローバル化と行政法」(『行政法研究第1号』(2012年9月、信山社)所収)が、勉強になりました。この雑誌は、宇賀克也東大教授が創られた、行政法学のアカデミックな研究論文を掲載する雑誌です。また、大橋先生の論文は、2012年6月にソウルで開催された「東アジア行政法学会第10回大会」の報告の一部です。
詳しくは、論文を読んでいただくとして、私が参考にしたのは、次のような指摘です。
国家を中核的単位として発展してきた行政法学にとって、国家の境界を越えたグローバル化は、大きな変革要因になっている。
グローバル化には、次の3つが含まれている。
1 経済取引が地球規模にまで拡大したことに伴い発生する問題群、「市場のグローバル化問題」。
2 地球規模で人や物、資本ないしサービスが自由に行き来することに伴う問題群、「移動・移転に伴うグローバル化問題」。
3 国家の枠組みを超えて地球規模での対応を必要とする新規政策課題、「地球規模の政策課題としてのグローバル化」。
そして、グローバル化が地球規模の移動を持つ動態的概念であることから、国境という境界線を設定し、その内部での統治、支配、管理、規制といった要素に起源を持つ伝統的国家像に対して修正を迫る傾向を持つ。また、安定的秩序形成を基本的任務としてきた法律制度と法律学に対しても、緊張関係に立つことがある。
国際行政法では、国家の上位に超国家機関を設立して、そこに各国の行政権が持っていた権限を移譲するのではない。従前のように、各国が議会を持ち、行政機関を配置して、国内行政事務に加えて国際行政事項の執行も担わせるという基本形態を維持した上で、国際機関なり国家相互の協議で取り決めた基準や目標を国内において円滑に実現していく。つまり、国家相互間の制度調整問題が、中心的検討事項とされている。
すると、グローバル化は、行政のスタイルの変化も要請する。
例えば、従来の公法学では、行政主体間の調整原理として、官僚組織を念頭に置いた、垂直関係における階層性の調整が重視されてきた。これは指揮監督権に基づく調整ルールである。これに対し、国家相互間の調整や、国内にあっても地方分権や市民に近い行政過程が重視されるようになると、対等主体間の協議ルールや補完性の原則などが重要性を獲得する。従前のように、広域の主体が優位性を誇るといった調整原理ではなく、それぞれの主体が自己の利害や構想を主張する一方で、相手方の利害や立場に対しても敬意を払う相互配慮が調整原理として注目されることになる。
私たち官僚は、行政実務の先端で働いていて、自分が担当している事案や分野では、第一人者になろうと努力しています。しかし、私たちがおかれている環境や課題の変化とそれに対する理論について、全体像を見ることは困難です。マスコミや学者による、鳥瞰図や理論化は、役に立ちます。
行政の失敗と改善
「消費者安全の確保に関する基本的な方針」(平成22年3月決定、25年4月改訂)の冒頭に、「消費者安全の確保の意義に関する事項」が書かれています。なぜ、消費者安全政策が必要になったか、その要因です。
そこには、
「食品表示偽装など食に対する消費者の信頼を揺るがす事件や、高齢者を狙う悪徳商法事案など暮らしの土台そのものを揺るがす問題」が起きていることのほかに、
「ガス湯沸器による一酸化炭素中毒事故にみられるように、消費者の権利を損なうおそれのある情報の収集やその情報の共有が不十分であったため、迅速に行政から消費者にこれらの情報が伝わらなかった結果、被害の拡大を防止できなかったという問題」
「エレベーター事故にみられるように、事故情報の収集について関係省庁間での緊密な連携協力及び情報の共有が不十分であり、また、事故当時、エレベーターについての事故原因を究明する常設の機関がなかったという問題」
「こんにゃく入りゼリーによる窒息事故のように各行政機関の所管する既存の法律にはその防止措置がない、いわゆる「すき間事案」に対する行政の対応の遅れ」
が指摘され、最後に「これらによって、消費者の間に行政への不信感が生じた」と反省が書かれています。
その結果、平成21年9月、消費者行政を一元的に推進するため消費者庁が設置され、消費者安全法が制定されました。消費者政策が一元化されました。
行政学教科書、曽我謙悟先生
曽我謙悟・神戸大学教授が『行政学』(2013年1月、有斐閣)を出版されました。これからの、代表的な行政学教科書になるでしょう。
これまでの標準(スタンダード)は、西尾勝先生の『行政学』(新版、2001年、有斐閣)でした。私たちは、これで育ちました。もっとも、私が学生の時は、まだ出版されていませんでしたが。もう一つの代表的教科書は、村松岐夫先生の『行政学教科書』(2001年、有斐閣)です。
曽我先生の本は、これまでにない新たな切り口で書かれています。まず、第1部は「政治と行政の関係」です。これまでの行政学は、官僚制を分析することが重点でした。政治と独立して、行政機構があるかのような扱いでした。政治との関係という、重要な視点が抜けていたのです。
第2部は「行政機構」です。これは従来の教科書の範囲です。第3部が「マルチレベルの行政」、すなわち地方行政と国際行政です。これまでの教科書は、地方行政は取り上げていました。第4部は「ガバナンスと行政」です。そこでは評価だけでなく、市場やNPOとの関係も書かれています。
こうしてみると、これまでの行政学教科書が、行政組織と官僚制に焦点を当て、狭かったことがわかります。
欲を言えば、政策についての記述が欲しいです。行政は、国民や住民が求める課題について、それぞれ政策を講じることで、求めに応じます。教科書ということで、抽象化は仕方がないことですが。行政が何のためにあるかを考えると、透明な空気の中で無色透明な蒸留水をはき出しているわけではありません。安全、福祉、産業政策、教育など、何を「産出」しているのか。それが問われるべきです。
この点に関しては、飯尾潤先生の『現代日本の政策体系―政策の模倣から想像へ』(2013年3月、ちくま新書)を挙げておきます。現在あるいは現代日本の行政(中央政府、地方政府)が行っている「政策」を網羅した本は、見当たらないようです。
まだ2冊とも読み終えていないのですが、忘れないうちに書いておきます。これらの本を読むことで、行政官として、改めて自分のしている仕事を、広い座標軸の中に位置づけることができます。早く読み終えなければ、いけませんね。