カテゴリーアーカイブ:社会

利他の精神

2022年6月14日   岡本全勝

5月29日の読売新聞言論欄、批評家の若松英輔さんの「利他の精神で生きる…温かい言葉 かけてみませんか」から。
・・・利他は、他者のために行動するということだけでなく、自分も他の人がいなければ存在し得ないという現実を、深く自覚するところに原点があると思います。コロナ禍をきっかけに広がった面はありますが、日本では約1200年も前から使われている古い言葉なのです。
競争社会では、暗黙のうちに誰かを蹴落としていくことが日常になりかねません。人々の分断、格差も強まっている。そうした出口のない状況で待ち望まれていた言葉だったのではないでしょうか。
利他とは何かを考えるとき、鍵になるのは「つながり」と「弱さ」ではないかと思います。利他への目覚めには、様々なところに契機があります。コロナ禍だけでなく、大災害やロシアのウクライナ侵攻のような事態が起きると胸が痛む。それは、遠く離れた場所であっても見えない「つながり」を感じているからです・・・

・・・利他という言葉が、日本で用いられたのは9世紀初頭で、真言宗の開祖空海と天台宗を広めた最澄によってでした。2人は、ほぼ同時期に唐で学んだ平安仏教を代表する高僧です。最澄が唱えた「 忘己利他もうこりた 」は、自らの立場を忘れて困難や苦しみを引き受け、よきことを他者に手渡していきたい、という悲願です。「自利利他」を説く空海は、自分と他人のつながりを軸にすえ、「修行で自己を深めることと他者の救済は一つである」といいました・・・

・・・多くの人が利他の対義語と考えがちな「利己」の「利」は儒教的には、必ずしも肯定的な意味ばかりではありません。そこには利に走ることへの戒めがあり、利他を肯定的な意味で用いる仏教とは流れを異にします。
西洋では19世紀、フランスの哲学者オーギュスト・コントが「愛他主義」を唱えています。コントの哲学を端的にいえば、他者の立場に立って考え、生きることになります。その対義語として、自分の視点からのみ世の中を見るという意味で、利己主義(エゴイズム)という言葉も使われたのです。
しかし、コントのいうように他者の視座に立ち続けるのも、空海の「自利利他」や最澄の「忘己利他」を実践し続けるのも、普通の人には容易ではありません。むしろ私たちは、日頃意識していなかった他者とのつながりのなかに自己を見つめ直しつつ、一日のある瞬間など、どんなに短い間でも利他的になれればよいのではないでしょうか。利他的な人生ではなく、利他的な瞬間を生きるのです。
私はカトリック信者ですが、利他は宗派を超えた広義の宗教の原点といってよいものです。日本では自らを無宗教者と考える人が少なくありません。それでも、誰かのために「思わず祈った」ことがない人は、かえって少ないのではないでしょうか。特定の宗派に属することと宗教心を抱くということは同じではありません。だからこそ、平安時代に生まれた利他という言葉が、今も広く使われているのだと思います・・・

ウケるマンガの男女の違い

2022年6月7日   岡本全勝

5月の日経新聞「私の履歴書」は漫画家の里中満智子さん、18日は「青年誌に挑戦」でした。
・・・少年誌と少女誌には、大きく違うところがあった。
少女誌は、読者の年代別にたくさんの種類があるのに対し、男性は、小学生も30代も、同じ雑誌を楽しむ。
私がよく仕事をした講談社の漫画誌を例にすると「なかよし」は小学生向けだから友情や親子関係、「少女フレンド」では中学生向けに初恋、高校生以上が読む「mimi」では恋の葛藤、など雑誌ごとに漫画を描き分けていた(「少女フレンド」「mimi」は1990年代に休刊)。しかし「少年マガジン」は、ほとんど全世代の男性が手にとっていた時期があった。

少年誌の編集者に、男性の世代別の好みの違いを尋ねたことがある。すると「違いはありません。男子にウケるシーンは全世代で同じです」との答え。「どんなシーン?」「闘って勝つ場面です」
笑ってしまった。常々、男女は平等であるべきだと願っている私だが、この2つの精神構造には、無視できない違いもあるのかもしれない。簡単にいえば、男はいつまでもロマンチスト。女はリアリストで、目の前の現実に関心がある・・・

定住外国人への日本語教育

2022年6月3日   岡本全勝

5月17日の日経新聞教育面に、内海由美子・山形大教授が「地方の日本語教育充実へ 東北3大学連携し教師養成」を書いておられます。

・・・山形県は「外国人散在地域」である。1980年代後半以降、主な外国人は結婚で移住してきたアジア女性だった。同国人コミュニティーもなく、ひとりで日本人の家庭に入り地域社会の一員となっていった。その過程で重要な役割を果たしたのがボランティアの日本語教室だ。日常生活の日本語が学べ、地域の情報が得られ、同じ立場の外国人同士で気兼ねなく話せる居場所であった。
近年、そうした地域事情は大きく変わり、外国人労働者が増えている・・・一方、ボランティアは高齢化が進み、有志に依存する学習支援は限界を迎えている・・・

・・・2019年に施行された日本語教育推進法には日本語教育の機会の最大限の確保と、水準の維持向上に向けた国・自治体・事業主の責務が明記されている。しかし、山形県には日本語学校がなく、日本語教師もその養成をする専門家も少ない・・・

文化庁によると、日本語教室が未開設の市区町村は1133、居住する外国人は50万人を超えるのだそうです(2020年11月)。

世界の頂点で和食を出す

2022年5月26日   岡本全勝

5月13日の日経新聞夕刊に「松山英樹、和のもてなしでも世界魅了」が載っていました。松山選手は、去年「ゴルフの祭典」といわれるアメリカのマスターズ・トーナメントで優勝しました。この記事は彼が今年、歴代優勝者の夕食会の主催者役を務めたことを取り上げたものです。
緊張して、初めて英語で紙を見ないで話をしたことが書かれています。話し終わると、これまた緊張して聞いていた出席者が、立ち上がって拍手をしたそうです。

さてここで紹介するのは、その席で提供された食事が、松山選手が選んだ和食だったことです。寿司、刺身、銀ダラの西京焼き、牛、イチゴのあまおうです。お酒は日本酒です。皆さん、とても喜んでもらえたようです。
うれしいですね。

有償ボランティアへの抵抗

2022年5月21日   岡本全勝

読売新聞連載・時代の証言者、堀田力さん、5月19日はボランティアに取り組んだ初期の頃の思い出です。「堀田力さん、敵は後ろにも」

・・・専業主婦を中心にチームを組んで支える動きは芽生えていたものの、「ただで助けてもらうのは気が引ける」という高齢者も少なくありません。そこで少額の謝礼を受け取る「有償ボランティア」活動の普及に取りかかりました。しかし、それほど簡単にことは進みませんでした。
「ボランティアは無償であるべきだ」という強い信念を持つ団体が多くて、私が講演すると「有償はいんちきだ」「新参者が何を言うか」とよく叱られました。また、「ボランティアはしたいが、謝礼は受け取りたくない」という人もいました。そこで謝礼金を団体が一時預かり、将来、その人が助けを受ける時、それを謝礼金として渡す「ふれあい切符」という時間預託型システムを提唱しました・・・

つい最近まで、ボランティア活動は無償だと考える人が多かったのです。非営利活動と無償との区別がつきませんでした。私も、そうでした。