カテゴリーアーカイブ:政治の役割

対立する立場の調整、トリチウム水の処理

2020年2月25日   岡本全勝

先日紹介した、朝日新聞社の月刊誌『ジャーナリズム』2月号に、安東量子・NPO法人福島ダイアログ理事長の「「結果オーライ」への道筋を探る トリチウム水の海洋放出問題」が載っています。
表題だけでは何のことか分かりませんが、政治学として勉強になることが書かれています。詳しくは原文を読んでいただくとして、少しだけ紹介します。

タンクにたまり続けているトリチウム水の扱いについてです。
原子力規制委員会の委員長(現任者と前任者)は、ほかの原発でも規制の範囲内で海洋放出しているので、福島第一原発でも規制の範囲内で海洋放出することが、現実的で唯一の選択肢だと発言しておられます。このままタンクに貯め続けることは、敷地の関係で不可能ですし、タンクに貯めておくことの方が危険でもあります。

他方で、漁業関係者からは、海洋放出によって風評被害が出るので、反対であるとの主張がされています。その際に、「風評被害が出る覚悟はしている。被害を最小限にする方法を考える必要がある」や「科学的な見解は理解できるが、了解はできない」という発言もあります。

安東さんは、概略次のように指摘します。
「希釈して海洋放出するのが現実的で唯一の選択肢だ」という原理原則にとってつけたように、「丁寧な説明を行って正しい情報と知識を理解してもらう」という文言が付け加えられることもあるが、具体的になにをどうするつもりなのか語られることはない。
だが、これはそれほど有効な解決策なのだろうか。政府による丁寧な説明の結果、全員が政府の見解は問題ないと同意してくれるなどということがあり得るのだろうか。あり得そうな話には思えない。なぜならば、それぞれの置かれた状況によって利害が決定的に異なってくるからだ。
この項続く

ドイツの財政規律、政治的合意と憲法に規定

2020年2月12日   岡本全勝

2月7日の日経新聞経済教室「ドイツは財政出動すべきか(下) 」、森井裕一・東京大学教授の「規律維持への政治合意 堅固」から。

・・・好況が長く続いたドイツ経済にも懸念要素がみられるようになり、国内でも財政出動を求める声が大きくなっている。だが容易には財政規律を巡る考え方は変わりそうにない。ドイツの財政規律問題は単なる経済政策の議論ではなく、背後に堅い政治的コンセンサス(合意)が存在し、制度的にも確立しているためだ。
第2次世界大戦後のドイツは過ちを繰り返さないために、政治の安定とそれを支える経済・通貨の安定を極めて重視してきた。安定した通貨マルクを基盤として経済復興を遂げ、経済大国になった成功体験から、経済運営ではインフレ抑制が最優先課題とされた・・・

・・・だがドイツ統一後の旧東ドイツ地域復興の重い負担で構造改革に後れを取り、フランスとともに自らが求めたSGPの財政規律基準をシュレーダー政権期には順守できなかった。ドイツはこの時期に厳しい労働市場・社会保障改革を断行したが、社会民主党(SPD)は改革の成果を上げられないまま政権を失った。
2005年にキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)とSPDの大連立によりメルケル政権が成立した。前政権の構造改革の果実に加えて、大連立という安定した政権運営基盤を得た。07年には付加価値税率を19%へ3%引き上げ、財政安定に貢献した。08年のリーマン・ショックによる一時的な落ち込みはあったが、メルケル政権期には好況が維持された。

大連立政権初期には、課題だった連邦と州の立法権限関係の整理を中心とした連邦制度改革が実現した。国家財政を中心に第2期連邦制度改革が進められ、09年には関連する基本法(憲法)が改正された。
この改憲で起債の制限が規定された。移行期間を経た後には自然災害や特殊要因を除き、連邦政府には名目国内総生産(GDP)の0.35%までしか「構造的新規起債」が認められないこととなった(図参照)。
重要なのは当時のドイツでは、財政規律を巡る議論が検討委員会内の合意形成から国会両院の3分の2以上の賛成を必要とする改憲まで幅広い政治的コンセンサスに基づき短期間でなされ、世論もさほど注目しなかったという政治状況だ・・・

・・・貿易依存度の高いドイツでは、将来にわたり産業の国際的競争力を維持することが極めて重要との認識がある。そのための投資は必要だが、短期的な雇用政策のための財政拡大には理解が得られにくい。戦後の成功体験やユーロ導入後の経験が制度に埋め込まれ、言説を支配している状況は容易には変わらないだろう・・・

イギリスのヨーロッパ連合離脱、イギリスは別の国に

2020年2月4日   岡本全勝

1月31日の朝日新聞オピニオン欄、イギリスのヨーロッパ連合離脱について、「勝者なき離脱」。その2。ジル・ラッター、イギリス政府政策研究所上席研究員の発言「もはや別の国、名声どこへ」から。

・・・昨夏就任した英国のジョンソン首相は、この半年間で首相らしい仕事を何一つ、していません。ジョンソン政権は政府ではなく、ある種のキャンペーンと化していました。議会で多数派を勝ち取ることが目的のキャンペーンです。

政権が挑んだのは、一つは議会との戦争でした。EUからの離脱に乗り気でなかった英議会に対し、政権は対決姿勢を鮮明にしました。もう一つは、司法との争いです。議会を閉会させて動きを封じ込めようとしたジョンソン政権に対し、最高裁がこれを違法とする判断を示したからでした。
ジョンソン首相は、総選挙に持ち込むことによって、これらの戦いでの勝利を収めたのです。では、勝ったからそれで良かったのか。

英国はかねて、法制度や行政システムの安定度、公務員の公平性、議会の効率性や司法の独立の面で、各国のモデルとなってきた国でした。その評判は、一連の騒ぎで大きく損なわれました。
法の支配と司法の独立を確立しようと努めてきた国なのに、首相が法にあえて挑戦し、閣僚が司法のあら探しをした。政権の行為の違法性も問われた。これで、従来の英国の名声が保たれるでしょうか。他国に向かって「良きガバナンスとはこういうことです」と説教してきたのに、まるで自らが腐敗したかのようではないですか。

英国の官僚についても同様です。政治任命が常態化している米国などとは異なり、英国の官僚は不偏不党を基本とし、どんな立場の政治家にも公正に仕えることで、高い評価を得てきました。しかし、EU離脱を巡っては、そうした関係が崩れました。「離脱」を信仰のように奉る一部の政治家は、「官僚は離脱の作業を妨げているのでは」と疑いました。
その結果、英国は以前と比べてどこか異なる、別の国になってしまいました・・・

イギリスのヨーロッパ連合離脱、人々の憤怒

2020年2月3日   岡本全勝

1月31日の朝日新聞オピニオン欄、イギリスのヨーロッパ連合離脱について、「勝者なき離脱」。山本圭・立命館大学准教授の発言「人々の憤怒、軽んじた左派」から。

・・・左派の関心は長らく、マイノリティーのアイデンティティーをいかに承認するか、ということでした。近年、その論調は変化を見せ、「左派も経済を語るべきだ」という声が大きくなってきました。「反緊縮」を唱える左派ポピュリズムの台頭もその流れにあります。しかし、多くの国で左派政党から人々が離れているのはなぜでしょう。

米国の著名な政治学者フランシス・フクヤマが、近著で興味深い指摘をしています。近年、自分たちのアイデンティティーが十分に承認されていないと感じる人が増えている。つまり、現在の政治では、人々の尊厳が問題になっているというのです。
ここで言う「尊厳」とは、経済的な損得では説明できない複雑な感情です。つまり、単に公正な再分配を訴えればいいというわけではない。尊厳には、「私たちを忘れるな」という純粋な自己承認を求める感情もあれば、その裏返しとして「なんでやつらばかりが優遇されるんだ」という他者攻撃にもつながる憤怒の感情も含まれます。

離脱派があおった排外主義やナショナリズムは、後者の感情を動員しやすい。ジョンソン首相の人気の秘密もここにあるのでしょう。ジョンソン首相は実際にEUを離脱した後も、人々の尊厳を満足させ続けられるかが問われるでしょう。
他方でEU残留派は、人々の尊厳の感情をうまく捉えきれなかったように思います。こうなると、いくらEUの大義やその経済的効果を訴えても、人々には響きません・・・

日本の国益

2020年1月15日   岡本全勝

1月13日の読売新聞1面コラム、田中明彦・政策研究大学院大学学長の「安倍外交7年 平和・繁栄・価値観で成果」から。

・・・しかし、そもそも現代世界において外交の評価とはどのように行うべきなのか。外交とは国益を最大化するための非軍事的手段による国際関係の処理である。そうだとすれば、本来、日本の国益とは何かが明確にならなければ評価のしようもない。現代における日本の国益とは何か。

抽象的にいえば、民主主義国の国益は、その民主主義プロセスが明示的・暗示的に定義する国の諸目的の実現にほかならない。多くの人々が大事だと考えること、これが国益である。
具体的に日本にあてはめてみれば、その国益は比較的はっきりしている。
第一に平和であり、日本の安全保障が侵害されないことである。
第二に繁栄であり、日本国民の生活水準を維持・向上させることである。
第三に国民が大事だとみなす様々な価値――自由、平等、法の支配などが維持・向上されることである。
いうまでもなく、細部を吟味していけば、いろいろと意見の違いはあるだろう。しかし、国益の大きな方向性としてそれほど異論はないのではないか・・・