カテゴリーアーカイブ:政と官

審議会の弊害1

2006年11月8日   岡本全勝
省庁再編の時に、審議会の整理も担当しました。その考え方は、「中央省庁改革における審議会の整理」月刊『自治研究』(良書普及会、2001年2月号、7月号)に書きました。そのこともあってか、記者さんが聞きに来てくれます。最近では、税制調査会を官邸で開くことについてです。2001年の整理でほとんどの審議会は各省の機関としましたが、いくつか総理の諮問機関としたのがあります。その一つが税制調査会です。その事務局を財務・総務省が務めるのか、内閣府・内閣官房が務めるのか、それは決めの問題です。
もっと大きな問題は、税制調査会の存在そのものです。ある記者の言葉を借りれば、次のようになります。
「代議制民主主義とは、国民に負担を求める代わりに、代表を選出しそこで決めることである。そう学校で習った。とすると、税金は国会で決めるべきで、税調といった民間人が決めることではない」
確かにそうです。ただし、日本国においても、税制調査会は税制の原案を決めるのであって、内閣が法案にし、最終的には国会が法律で決定します。もっとも、首相と財務大臣・総務大臣が原案作りを「丸投げし」、民間人が案を作るのなら、この批判は「政治主導でない・政治責任を果たしていない」という意味で、当たります。また、国会での審議の際に「税調で決めたので」という説明をするなら、先ほどの記者の発言が当たります。

審議会政治の終焉

2006年10月28日   岡本全勝
28日の朝日新聞社説は、「中教審答申、文科省の代弁者なのか」を主張していました。
「子どもたちの教育が大切なことは論をまたない。とりわけ義務教育はどこでも一定の水準を保たねばならない。だからといって、教職員の給与の半分を国が握っておく必要があるのだろうか。」「私たちはこれまで、地方に税源を渡すことについて『義務教育も聖域ではない』『教育を変える好機にしたい』と主張してきた。」
「中教審は教育学者や有識者らで構成されている。残念ながら、この答申は、地方への発言力を手放したくない文科省の思惑を代弁したものとしか思えない。」
ええ、その通りなのですが、審議会とは大臣に任命された委員が、官僚が用意した資料に基づいて議論する場で、答申案も官僚が書きます。そもそも、審議会が各省の「組織」ですから、この表題「文科省の代弁者なのか」という問いの立て方が、まちがっているのではないでしょうか。

審議会政治の終焉

2006年10月27日   岡本全勝
26日の読売新聞「論点」では、森田朗東大公共政策大学院長が「中教審の採決、審議会政治終焉の足音」を書いておられました。
「多くの審議会はこれまで、委員選任も答申案作成も所管省庁が行うため、各省や利益団体の『隠れ蓑』といわれてきたが、専門的審議の場、利害調整の場として、一定の政治的機能を果たしてきたことは間違いない・・・」「だが、少数意見が強硬に妥協を拒む場合や、今回の中教審の決定に見られたように、多数意見の『ごり押し』が起こる場合には、主張の強固さが示されるより答申そのものの権威が失墜し、審議会が果たしてきた重要な機能が失われることになる」
「こうした事態が生じるようになった原因には、財政危機や構造改革の進行によって関係者間の対立が激化し、これまで可能であった妥協や合意が困難になってきたという事情があろう。その結果、深刻な利害対立を含む課題については、従来の調整システムは機能しなくなり、・・・最終的には首相の決断という政治の場に、解決が持ち込まれるようになった。」
「今日の政治環境の変化をみる限り、審議会の変容は今後も続き、やがて『審議会政治』は終焉に向かうことになろう」
ここでも、審議会政治がこれまでの「官僚による政治」「右肩上がりの時代の政治」であることが指摘されています。会一致は、自民党総務会でもそうであったように、右肩上がりの時代の政治、責任を先送りする政治だったのです。

国民を誤らせる予測

2006年10月27日   岡本全勝

27日の読売新聞「急げ年金改革」(中)「甘い予測、広がる不信」に、これまでの政府による出生率予測の表が載っていました。1976年推計以来6回の推計が、いかに大きく外れたかが一目瞭然でした。ご承知のように実績は急激に低下し続けているのに、予測はいずれもV字型に回復するとしているのです。予測というより、願望ととれます。そして、毎回、大きく外れるのです。結果を見ると、かなり、とほほ・・な予測です。これでは、国民は政府や官僚を信用しなくなるでしょう。

公務員削減は政治家の仕事

2006年10月26日   岡本全勝
21日の経済財政諮問会議議事要旨が出ました。民間委員の提言(農林統計、食糧管理、北海道開発の削減)を受けて、麻生大臣の発言があります(4ページ目)。
「まず、全体として個別の部門別に削減しようという取組は正しい。大前提としてそう思う。シーリングだけで決めるのは限界があり、不要な部分が残るので、このやり方は正しい。
次に、より大きな分野での見直しが、行われなければならない。その原則は、基本的には不要になった事務、あるいは力の入れ方を減らす事務とか、公共事業、産業振興、補助金の配分といったところだと思う。併せて、全体の約7割を占めているのは地方の出先機関なので、これに重点を当てなければいけないが、ぜひここは腹を決めておかなければいけない。これは役人では無理である。政治家で決める以外に手がないから、重点的削減というのは政治家が覚悟を決める。この度胸だけ決めていただかないと話にならない。これだけは最初に申し上げておきたい。」
官僚としては残念ですが、大臣の言うとおりですね。これまではシーリングでやってきました。官僚にはそれしかできまんでしたまた、政治家と言えば「族議員」で、各分野の定員を増やす応援団だったのですが。これからは、予算やその他の分野と同様、痛みを引き受けるのが政治家の仕事になりました。そのとき官僚は、何をするのでしょうか。