カテゴリーアーカイブ:著作

連載「公共を創る」第120回

2022年6月17日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第120回「政治への嫌悪感とゼロリスク信仰」が、発行されました。

「戦後民主主義」が抱えてきた大きな問題に、国民が憲法を変えようとしないことがあります。右派や保守派と呼ばれる人たちが憲法改正、特に9条の改正を主張し、左派や革新系と呼ばれる人たちが憲法改正に反対することになりました。ある政策(この場合は防衛政策)について、意見の対立があることは不思議ではないのですが、制度改正を訴えるはずの革新といわれた人たちが憲法改正反対を主張し、さらには憲法改正そのものを避けるというねじれが生じました。
社会の進展に応じて各国では憲法改正がなされているのに、日本は戦後70年以上にわたって改正されない「世界で最も古い憲法」になりました。まさに明治憲法と同じ「不磨の大典」です。現憲法は、自由権と生存権で停止してしまっていて、環境権や人格権といった人権概念の拡大や、政党や国際機関といった重要な制度に関する規定がないのです。

このような政治の在り方は、国民に政府への不信感を与えていますが、さらにその歴史的背景には、政権批判の伝統と、政治そのものへの嫌悪感もあるようです。
報道機関などによる政権批判はその在るべき姿の一つであり、実際の政治過程や政治文化の中で一定の機能を果たしています。しかし、批判にとどまっている限りは、国民の政治参加意識を強めることにはつながりません。そしてしばしば、政権にある人や政府を構成する人を「彼ら」とし、それに異議を申し立てる側の人たちを「私たち」とする構図をつくり上げます。その構図では「政治と政府は私たちがつくるもの」にはならないのです。

政治そのものに嫌悪感を抱くという風潮もあります。伝統的に政治を汚いものとみる通念があり、それがもたらす無意識的な嫌悪感が政府批判の背景にあるようです。この世の中を渡っていく際には、清いだけでは済まないこともあります。政治は意見の異なる人の間で一定の折り合いをつける行為ですから、反対意見もひとまず認めて妥協することが必要です。しかし特定の立場にある人と集団は、自らの立場の正当性を主張し、自らを善として、反対派を悪とします。そのような悪を受け入れ、妥協する政治は、その場に関与しない人からみると、筋を通さない「汚いこと」と批判できるのです。

連載「公共を創る」執筆状況報告

2022年6月9日   岡本全勝

恒例の、連載「公共を創る 新たな行政の役割」の執筆状況報告です。前回のぼやきは3月17日でした。

あの頃は、4回分も原稿を書きためていたのに、あっという間に貯金がなくなりました。このひと月は、自転車操業状態です。1週間に1回分ずつ締め切り間際に、編集長に提出する事態が続いています。右筆からは「次号は間に合うのですか」と心配される始末。
社会と政府との関係のうち、5月からは国民や社会の政府に対する意識を議論しています。事前には、簡単に書けると考えていたのですが。まとまった時間が取れません。

これからも講演会が続いたり、私的な催し物が続いたりして、時間が取れません。夜の意見交換会もびっしりで。反省。
宿題ができていなくて、いろいろと嘆くのび太君に対して、ドラえもんが言います。「そんなことを言っていないで、少しでも手を付けたら」と。

コメントライナー寄稿第4回

2022年6月7日   岡本全勝

時事通信社「コメントライナー」への寄稿、第4回「憲法改正は地方自治の規定から」が配信されました。

制定後70年以上にわたって改正されなかった日本国憲法。世界で最も古い憲法になりました。ようやく国会において、憲法改正の議論が進み始めました。
では、どの条文を改正するのか。憲法第9条は第一の争点ですが、国民の間に大きな隔たりがあり簡単には進まないでしょう。私は、地方公共団体の機構の柔軟化が、意味がありかつ最も早く改正できると考えています。

憲法 第 93 条は、地方公共団体の二元代表制(大統領制)を定めています。私の提案は、二元代表制にするか議院内閣制などどのような機構にするかは、各地方公共団体が選べるようにするということです。
憲法が地方公共団体に二元代表制を義務 付 けたことは不思議です 。中央政府は議院内閣制です。地方自治の先輩であるヨーロッパやアメリカでは、様々な形態が採用されています。議長が市長を兼ねるもの、複数の委員が委員会を作り立法と行政を担うもの、議会が「市管理人」を任命して専門職の人が執行を担うものなどです。

なぜ、二元代表制以外の仕組みを認めるのか。一つは、簡素化です。もう一つは、議会に緊張を持ち込むためです。議院内閣制などにすると多数を占めた勢力は執行を担い、自分たちの主張を実行することになります。議論は緊張感のあるものになると考えられます。
小規模自治体では、二元代表制以外が効果的だと思います。従来通りが良いと考える地方公共団体には影響がありません。よって、改正は容易です。広く議論されることを期待します。

連載「公共を創る」119回

2022年6月3日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第119回「「戦後民主主義」の罪」が、発行されました。

日本は戦後、日本国憲法の施行とそれに沿った民主的改革によって、主権在民にふさわしい民主主義を手に入れました。それは基本的人権の尊重、法の下の平等、生存権の規定などとともに「この国のかたち」をつくり、経済発展と併せて、その後の国民の幸せをもたらしました。しかし、徐々にその民主主義の運用の難しさが出てきて、輝いていた「戦後民主主義」は批判の対象に転化しました。

一つは、平和主義です。それは崇高な理念と国内では理解していたのですが、有事の際には他国に守ってもらう、そして世界で経済的利益を追求しながら世界の紛争には関与しない一国平和主義でした。それが破綻し、国際社会で物笑いになったのが、1991年の湾岸戦争です。
もう一つは、世論への迎合です。さらに「結果の平等」を求めるあまり、多様性を認めず、目立つ人の足を引っ張ります。

国民識別番号の拒否も、変な話です。新型コロナウイルス感染拡大の際、各国はこの仕組みで個人の所得と口座の把握ができ、直ちに現金給付できたのに対し、日本はそれができませんでした。また、個人が特別定額給付金(1人当たり一律で10万円)をオンライン申請するときにも、マイナンバーカードが行き渡っていないので、円滑にできませんでした。
北欧では社会民主主義政党が行政手続きの効率化や平等社会の実現のために国民番号制度を進めたのに対し、日本では「進歩的で市民の立場に立っている」と主張する政党や勢力が導入に反対し続けてきたのです。

そこには、「政府は国民の敵であるという建前」からの議論があるようです。それでは「政府は私たちのものである」という意識が強くなりません。