カテゴリーアーカイブ:社会の見方

新聞と編集者の権威と役割

2010年8月22日   岡本全勝

古くなりましたが、8月8日の読売新聞一面「地球を読む」は、山崎正和さんの「報道の電子化」でした。報道の電子化によって、アメリカで新聞社が倒産、廃刊に追い込まれていることを、憂慮しておられます。
・・報道も出版も同じことだが、その最大の使命は情報を評価することであり、責任を持って選択した情報を世間に伝えることである。そのために新聞社も出版社も一定の権威を許されるべきであり、その権威を守るために社会の支援が与えられなければならない。
近代、権威主義への抵抗は時代の流行になったが、すべての権威がなくなれば文明は成り立たない。医療、教育、政治、法曹などどの分野を見てもわかるが、権威とは知的な分業のための社会制度である。これらの分野で誰が信頼できるかを、個人がいちいち事実に即して判断しようとすれば、頭に何万冊の人物興信録をつめこんでもまにあわない。
この選択を容易にするために国家は資格制度を設けているし、世間は評判というかたちで信頼の手引きをつくってきた。だが国家には腐敗の恐れもあるし、世間の評判には無責任に揺れ動く危険がある。そこで近代文明が発明したのが、ジャーナリズムであって、それ自体が権威である複数の新聞や雑誌が、情報を評価し取捨選択するという仕掛けであった・・
電子情報の氾濫が教えたのは、無限に多い情報は情報ではないという発見であった。また情報の価値付けについては、自然淘汰の法則は働かないばかりか、むしろ悪貨が良貨を駆逐するという現実であった。
今日の新聞の役割は社会的権威の是非はもちろん、日々の事件についてもその重要性を判別し、多忙な現代人が最低限でも知るべき情報を限定することだろう。専門分化の進む社会の中で、万人が共有すべき知識を選別することである。啓蒙とはいわないまでも、注意喚起が新聞の使命であり、そのためには熟達のプロが必要なのはいうまでもない。
出版も同じであって、編集者の仕事はまず筆者を選ぶことであり、原稿の主題と文体を評価することである。時流に反した言い方だが、言論の自由とは誰でも好きなことを好きなように書く自由ではない。電子出版はそれを可能にしたようだが、これは議長のいない大衆討議のようなものであって、言論が言論を打ち消しあう効果を招くだけだろう。出版社とプロの編集者は、真に自由で上質な言論の関守としてこそ不可欠なのである・・
いつもながら、鋭い見方ですね。

GDPの軌跡と諸外国比較

2010年8月20日   岡本全勝

さらに、2009年まで、数値を新しくしました。今回は、自治大学校の猪鼻教授につくってもらいました。従来の形を少し変え、日本、アメリカ、韓国、中国の4か国の軌跡を、載せることにしました。かつてなぜ日本が一人勝ちできたのか、そして近年そうでなくなったかが、わかるようにです。


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政治の在り方

2010年8月16日   岡本全勝

読売新聞政治面では、最近の政治主導について、「政策決定」の連載を載せています。まずは、経済財政諮問会議を取り上げています。日々の出来事を追いかけるのではなく、このような分析を期待します。

アングロサクソン型資本主義とライン型資本主義

2010年8月15日   岡本全勝

先日紹介した、田端博邦著『幸せになる資本主義』に引用されていて、興味を持ったので、ミッシェル・アルベール著『資本主義対資本主義』(邦訳1992年、竹内書店新社)を、読みました。概要は、田端先生の本に紹介されている通りです。ごく簡単に言うと、共産主義が崩壊し、世界は資本主義に一元化される。しかしその中に、2つの型の対立がある。アングロサクソン型(レーガンのアメリカ、サッチャーのイギリス)と、ライン型(ドイツや日本)である。アングロサクソン型は魅力的だが、フランスとしてはライン型を目指すべきだという主張です。筆者は、フランスの高級官僚で経営者です。原著は1991年に出版されています。約20年前です。1898年にベルリンの壁が崩れ、1990年にドイツが統合され、1991年にソ連が崩壊しました。第1次湾岸戦争が1991年、日本でバブルが崩壊したのも1991年です。まだ、EUはなく、通貨統合もされていません。この時点で、このような洞察をしていたのですね。ただし、バブル崩壊直前で、日本の評価が最も高かった頃です。アルベール氏は、その時点で、日本がアングロサクソン型に近づきつつあることを、危惧しておられました。アングロサクソン型は、個人の成功と短期的な金銭利益を土台としている。何事も利益追求のチャンスとし、人びとを競争へと駆り立てる。しかし、他人にはおかまいなしで、リスクもある。他方、ライン型は、集団での成功、コンセンサス、長期的な配慮に価値を見出す。連帯を大切にし、文化や人間にも一定の場所を与える。着実で成果も大きいのだが、魅力に欠ける。

1980年から1990年までの10年間の、株価値上がりが比較されています。東京市場3.3倍、フランクフルト市場2.4倍、ロンドン1.7倍、ニューヨーク1.7倍で、競争重視のアングロサクソン型が、必ずしも勝っていないと述べられています。残念ながら、その後の20年の歴史は、それまでとはかなり違ったものになりました。著者が予言した2つの型の対立は、日本においても大きな争点となりました。1990年代の「小さな政府論」から始まり、2000年代の小泉改革です。それまでの「日本型資本主義」を修正し、「市場原理主義」「新自由主義」「新保守主義」を導入する、切り替えるという流れでした。
20年経ってわかったこと。それは、市場経済の分野では、国際競争の波を避けることはできない。規制緩和をし、競争を促進しなければならない。しかし、一方で、ルールと監視を強めないと、サブプライムローン破綻のような金融危機が起きる。社会の分野では、個人の競争も大切だが、格差、子どもの貧困などの問題が拡がり、それらの問題への対応が求められている。ごくごく簡単に述べれば、このようなことでしょうか。さらに資本主義の型とは関わりなく、一人暮らしと高齢化が進み、それらの問題への対処も必要です。

長期停滞20年の教訓

2010年8月14日   岡本全勝

日経新聞経済教室は、10日から13日まで4回にわたって、「ニッポンこの20年、長期停滞から何を学ぶか」を連載していました。4人の経済学者の分析は、それぞれにわかりやすく興味深いものです。私が特に関心を持ったことは、次のような内容です。
池尾和人教授(10日)は、日本の経済構造は未だキャッチアップ型であり、先進国型への転換が正念場であると述べておられます。
すなわち、日本の最も大きな内的変化は、日本経済が開発途上段階を最終的に脱却し、先進国化したということがある。その段階で、追いつき(キャッチアップ)段階に適合的なものから、先進国にふさわしいものに経済システムのあり方を見直す必要が生じていた。しかるに、日本的経営などの日本の経済システムが肯定的にとらえられ、慢心や増長を招くことになった。
また、90年代以降の外的な変化は、何よりも冷戦が終結し、市場経済規模が一挙に拡大したことである。近隣に産業化した国がほとんど存在しなかったのが、近隣に産業化した国が存在するようになった。しかし、産業構造の転換は遅れたままになった。
岡崎哲二教授(11日)は、アメリカと日本の差はIT普及による、そしてその汎用性と大きな革新性は、時間をかけてさまざまな関連システムの変更をともなって普及すると述べておられます。
すなわち、ITは、多くの産業部門における生産プロセスや技術革新(イノベーション)に影響を与える点で、歴史上の蒸気機関や電力と同様に、典型的な汎用技術である。汎用技術は、発明されてから、広く経済に普及し、実際に生産性向上に結びつくまでに長い時間差がある。それは、旧来の設備の廃棄というコストが必要なこと、工場の再設計などの関連するイノベーションが必要だからである。日本に、製糸業という近代的工業を移植するためには、機械を輸入するだけでなく、労働者の賃金体系を作る必要があった。日本の自動車産業がフォード・システムを移植するためには、移動式組み立てラインだけでなく、部品の互換性、工場の設計、賃金体系など文字通りの(幅広い・裾野の広い)「システム」が必要だった。
ITは、近代的工場組織や大量生産技術に匹敵するスケールの汎用技術であり、日本経済の持続的成長のために必須であるが、これまでの経験に照らせば、普及・利用の条件が形成される過程にある。
伊藤邦雄教授(12日)は、日本企業の競争力劣化は、1990年代に原因があると述べておられます。
すなわち、バブル崩壊で業績が悪化した際に、経営者は丼勘定を排し、利益責任を徹底させるために社内カンパニー制を導入した。この対策は適切だったが、深刻な副産物が残った。各部門が部分最適を目指すようになり社員の視野狭窄を生んだ。それが、部門間の連携を阻み、異質な知の融合や新たな知の組み替えを阻止し、事業や技術のイノベーションの芽をつんだ。日本企業の良さを否定した。
部分最適はそのままでは全体最適にならない。日本企業の経営スタイルは「事業部運営」が主流だった。それに対して「会社経営」は、事業部の利害を超えた全社最適を実現することだ。そのために、全体最適型経営をできる総合型人材を育成する必要がある。
それぞれ詳しくは原文をお読みください。これらは、経済や経営からの分析ですが、私の関心である行政・政治の世界にも通じるものが多いです。