カテゴリーアーカイブ:社会の見方

ウイルスの感染が人類を進化させた

2012年6月13日   岡本全勝

すごくおもしろかったので、シャロン・モレアム著『迷惑な進化-病気の遺伝子はどこから来たのか』(2007年、日本放送出版協会)、フランク・ライアン著『破壊する創造者-ウイルスがヒトを進化させた』(2011年、早川書房)、山内一也著『ウイルスと地球生命』(2012年、岩波科学ライブラリー)を、立て続けに読みました。といっても、寝る前の布団の中で、他の本に道草を食ったりしているので、1か月くらいかかりました。
一つ目の本は、ある種類の病気になる遺伝子を持った家系・民族がいます。なぜ、そんな家系が続いてきたのか。それは、その病気の遺伝子が、別の病気を防いでいるという説です。
そして3冊とも、ウイルスが生物を、人類を含めて進化させてきたことを論じています。ヒトの遺伝子の多くの部分が、ウイルスが感染して残ったものであること。突然変異だけでなく、ウイルスが感染することで、遺伝子が合体し変化して、種が進化するのだそうです。へ~。
私の解説では、これらの本の内容を十分に伝えられないので、ご関心ある方は本をお読みください。

すると、進化の系統樹は、太い幹が順に枝分かれしたのではなく、いろんなところで「交差」することになります。
進化によって、いろいろな種ができ、置かれた環境で生き残ったものだけが、存在することになります。そのほかの多くが発育できないか、死に絶えます。こんな話を聞いていると、人類があるのは偶然であり、生き残っていることが奇跡であること、ウイルスにとって宿主(ヒトもその一つ)が死に絶えようが、病気になろうが「知ったことではない」こと、健康な状態は「希な」ことなどなど。考えさせられます。

日本語は特殊ではない

2012年6月10日   岡本全勝

朝日新聞6月6日夕刊「ニッポン人脈記。日本語の海へ」から。
世界130言語を比べて、日本語は特殊な言語ではないのだそうです。例えば「私は本を読む」のように、主語・目的語・動詞の順になっているのは57言語。「I read a book」のように、主語・動詞・目的語の順は51言語で、ほぼ同じ。疑問文の場合、動詞と主語を倒置するのは、英語、ドイツ語、フランス語など11言語で、英語の方が変わっている。
日本語は珍しい特徴はないのに、日本語は特殊だといわれる。それは、「西欧を標準と見て、世界の他の言語とは比べなかった。日本語特殊説は、自分たちは特別という民族中心主義です」(角田太作先生)。

失業者をくい止める仕組み

2012年6月4日   岡本全勝

5月29日の日経新聞1面に、雇用調整助成金を縮小する検討に入ったとの記事が載っていました。そこに、2008年からの対象者数の推移が棒グラフで示されています。厚労省の発表数字はこちら
2008年(平成20年)10月までは、各月4千人以下ですが、リーマンショックが起きて急速に増え、12月には14万人、2009年2月には180万人、3月には240万人、4月には250万人と急増しています。
ごく単純化すると、これだけの人を失業させずに、企業内に留めたのです。この制度がなければ、失業者数はもっと増えていたはずです。失業保険制度はよく知られていますが、雇用調整助成金はあまり知られていません。
その後徐々に減り、9月には200万人、2010年11月には100万人になりました。2011年2月には80万人まで減ったのですが、今度は東日本大震災を受けて増え始め、3月には120万人、4月には180万人になりました。その後減って、2012年4月には、70万人になっています。

社会の変化と政策の転換

2012年6月3日   岡本全勝

6月1日の読売新聞「列島再生。住み方の転換」で、公営住宅が取り上げられていました。少子高齢化と人口減少に直面して、政府や自治体が進めてきた住宅政策が曲がり角に来ていることです。
公営住宅は、所得の少ない若い夫婦と子ども世帯を想定し、入居者の収入が増え、子どもが大きくなったら出ていくという考えで、設計されていました。しかし、退去者は増えず、気がつくと団地は高齢者で一杯になっていました。都内に約26万戸ある都営住宅では、名義人が65歳以上の高齢者が、全体の半分を超えたとのことです。
公営住宅は、若い夫婦が住宅を持つまでの場所ではなくなり、自宅を持たなかった高齢者の住まいになっています。夫婦と子ども2人というモデル家族がモデルでなくなり、最も多いのが1人暮らしです。そして、高齢者の独り暮らしが多くなりました。社会の変化が、政策の転換を迫っている例です。

日本美術の見方

2012年5月27日   岡本全勝

田中英道著『日本美術全史―世界から見た名作の系譜』(2012年、講談社学術文庫)が、興味深かったです。
著者は、日本の古代からの美術を世界の美術史の中に位置づけることや、日本の美術史を歴史学の年代区分でなく、「様式」の発展として区分することを試みたと書いておられます。著者の考えは、必ずしも「正統」とみなされていないようですが、私には、「こんな見方があるのだ」と、勉強になりました。
日本美術の歴史書としては、辻惟雄著『日本美術の歴史』(2005年、東大出版会)があります。これは分厚いので布団の中では読めず、途中で挫折しています。田中さんの本は文庫本なので、布団の中で読むことができました(反省しつつも、仕方がないですね)。

また、作者が不明の作品について、推定を試みておられます。これまで、「作者は一人の芸術家でなく、工房で作られた」と書かれることが多かったようです。しかし、著者は、「優れた芸術は、一人の天才芸術家が作るのであって、その人の下で共同作業があったとしても、作者を同定すべきだ」と主張されます。西欧でもそうですから、これまた、「そうか」と考えさせられました。
田中さんは、自ら選んだ「特に水準の高い作品」に◎を2つ付けておられます。その選定理由を読んで「なるほど」と、また有名なのに◎がついていない理由に、これまた「なるほど」と、勉強になりました。「私の見方とは違うな」と思うのもありますが。

この本に載っている仏像や絵画を見て(合計500近い写真が載っています)、「私も、案外たくさんの作品を見てきたのだなあ」と、嬉しくなりました。奈良の仏さんは若いときによく見ましたが、それ以外は展覧会で見たのだと思います。それだけ美術展が盛んだということで(主に東京で)、素人にも見る機会が多いということでしょう。
さて、「一つだけ選べ」と言われたら、あなたは何を選びますか。難しいですね。私だと、長谷川等伯「松林図屏風」(東京国立博物館)か、尾形光琳「紅白梅図屏風」(MOA美術館)でしょうか。彫刻(仏像)では、「山田寺仏頭」(興福寺)が好きだったのですが、少し考えを変えました。東大寺戒壇堂の四天王「広目天」(飛鳥園の写真)が、厳しい性格が良く表されているので。