カテゴリーアーカイブ:社会の見方

大学入試は何のため

2012年10月24日   岡本全勝

10月23日の日経新聞1面連載「大学開国」は、「入試は変わるか」でした。
・・多くの生徒が難関大に進む高校から、現行入試への疑問の声が相次ぐ背景には、時代が求める能力と入試で測られる力のズレがある。
「高校の国際化の障害は入試だ」。埼玉県立浦和高の関根郁夫校長は言う。英国のパブリックスクール(私立名門校)と交換留学協定を結ぶ同校。過去6人の生徒が渡英し、全員がケンブリッジなど英有力大学に進んだ。
課題は、受け入れだ。英国生徒の来日は、2008年度が最後。「高校の授業は、日本の大学にしか通用しない入試対策が中心。生徒同士の議論などが少なく、海外の高校生にはつまらない」と同校長。知識の活用力も問う入試への転換を提言する・・
う~ん。国内で勝負するか、世界で勝負するかのズレですね。

リーダー待望論は敗北主義

2012年10月20日   岡本全勝

10月17日の朝日新聞オピニオン欄、米倉誠一郎・一橋大学教授の「リーダー要りますか」から。
「なぜリーダー待望論に反対なのですか」という問に対して。
・・僕だって、白馬に乗ったリーダーが現れて、ええいっとすべての問題を解決してくれたら、こんなにありがたいことはないと思います。でも、現実には、そんな人はいません。強いリーダー、カリスマのようなリーダーを待望するのは敗北主義・・
世界を見て下さい。アメリカのオバマ大統領はとても有能な人だし、ブレーンも悪くない。カリスマ性もあった。でも今度の選挙で再選できるかどうか、大変苦労していますね。フランスのサルコジ前大統領も、カリスマ性でリーダーになったけれど、再選できなかった。今は、一人のカリスマリーダーで物事が解決できる時代ではないのです・・

「震災後の日本では、強いリーダーを求めがちなような気がします。なぜだと思いますか」との問については。
・・簡単だからですね・・
誰か立派な人が現れて、任せてしまえれば簡単でしょ。情報を集めたり判断したりしなくていい。ついていけばいいわけですから・・

私は、リーダー待望論を、「水戸黄門主義」あるいは「水戸黄門病」と呼んでいます。テレビの時代劇「水戸黄門」では、8時40分頃になると黄門さんが出てきて、一挙に問題を解決してくれます。でも、世の中はそうならないので、ドラマの中でスカッとしているだけです。テレビの水戸黄門は放映が打ち切られたようですが、仮面ライダーにしろドラえもんにしろ、「スーパーマン」は、漫画かドラマの世界にしか出てきません。
リーダー待望論はまた、「お任せ民主主義」です。有能なリーダーや信頼に足るリーダーは、育てない限り出てきません。「新人だから期待できる」は、根拠のない無責任な話です。スポーツの世界にしろ、会社経営の世界にしろ、教育の世界にしろ、「新人だからやらせてみよう」というところはないでしょう。通常は、時間をかけて育てて、選抜して、「これなら使える」とわかった人を、責任あるポストに就けるのです。
「あの政治家はダメだ」「この政治家もダメだ」と言って使い捨てにしているようでは、政治家も育ちません。

サイバー攻撃・その2

2012年10月17日   岡本全勝

青木節子慶応大学教授は、次のように述べておられます。
(国際的な取り組みに関して)
・・北大西洋条約機構(NATO)加盟国などの政府・軍関係者や研究者、産業界などがエストニアの首都タリンに集まって、過去4回にわたり「サイバー紛争会議」を開いている・・ここでは、サイバーに関する問題を既存の国際法に当てはめていくとどうなるか、という問題を話し合っている。たとえば、サイバー攻撃でどれほど甚大な被害に遭えば、国家が(同様のサイバー攻撃力や通常の防衛力を使って)自衛権を行使してよいのかといったことだ・・
ただ、条約を作るわけではなく、西側の国々がこうした被害を受けたら自衛権を行使するぞ、という一つの基準を示すことで、一定の抑止力を生み出すことを狙っている。会議に中国は参加していない。

(サイバー攻撃を仕掛けた組織や人物を割り出すことは可能か)
・・各国は詳細を明らかにはしていないが、サイバー攻撃がどこから来たものなのかは、瞬時にとはいかないが、かなりの確率でわかるようになっているようだ。攻撃のルートをたどるサイバー鑑識という手段に加え、(スパイなどを使った)従来型のインテリジェンスの手法も組み合わせて攻撃主体を割り出しているとみられる。このため、攻撃を受けた国は、自国の情報収集体制の全容を相手国に知られないようにするため、どの国が攻撃してきたかをつかんでも、あえて公表しないことが多いようだ・・

ところで、今日の夕方、復興庁のインターネットやメール機能が停止しました。「すわ、サイバー攻撃か」と緊張しましたが、しばらくして、電源の一部が停電したことが原因とわかりました。
なにせ、明日は参議院決算委員会が開かれ、復興予算の使い道などが審議されます。夕方は、ちょうど質問通告が次々と出ている時間帯で、国会と文書のやりとりを行っていました。これから、答弁案作りに入るところでした。「パソコンが使えないと、困ったことになるなあ」と、対策を考えました。
私が若いときは、メールもファックスもなく、電話で聞き取り、手書きで答弁案を作っていました。あの状態に戻るのか、それとも内閣府のビルに移動してパソコンを使わせてもらうのか・・。それにしても、これまでの答弁資料や各種の資料が、パソコンから取り出せません。これは困ります。
迷惑メール対策は、いろいろと打っているのですが、今後は、本当の攻撃や事故にも備える必要があります。

サイバー攻撃

2012年10月16日   岡本全勝

10月14日の日経新聞「サイバー攻撃、どう対処」から。
名和利男サイバーディフェンス研究所情報分析部長は、
・・2000年代の前半ごろまでは、いわゆるハッカーが自らの技術力を単に誇示するための攻撃が多かった。攻撃者は少なく、実害も大きくはなかった。これに対し、近年は攻撃の傾向が変わった。まず、20代から30代の若者が、職がないとか、収入が少ないといった不満を解消するためにサイバー攻撃に走っている。彼らは「ハクティビスト」(ハッキングする活動家)と呼ばれ、実害も大きい。
以前は、多くの人が同じ種類のコンピューターウイルスに感染した。だから共通のワクチンソフトが有効だった。これに対してハクティビストは、特定の目的のために標的型攻撃メールというマルウエア(悪意あるソフトウエア)を作って、政府や企業など特定のネットワークに潜入し、データ抜き取りやシステム破壊をしている。こうした攻撃は、簡単には発見されない仕組みになっている。存在が判明しているマルウエアは、全体の数%しかないと、多くの専門家は見ている。
(最悪の場合は)
・・インターネットが使えなくなったり、エネルギーの安定供給が阻害されたり、金融が混乱するなどの事態が想定される。当たり前のサービスが受けられなくなる。医療システムが攻撃を受ければ、生命にかかわる事態にもなる・・

日本サッカー成長の理由、現実が漫画を追い越した

2012年10月14日   岡本全勝

10月10日の読売新聞論点スペシャルが、日本のサッカーが力をつけたことを取り上げていました。ワールドカップやオリンピックでの活躍、世界の頂点に立つ欧州名門クラブへの日本選手の移籍や活躍、「どれも一昔前には想像すらできなかった。成長の理由は何か・・」。

岡野俊一郎元日本サッカー協会会長は、
・・世界のサッカー界は、今の日本を驚異と感じている。50年ほど前、日本代表コーチだった頃、世界のサッカーを見て回った。欧州はもちろん、アジアの強豪国との差も大きかった。マレーシア、インドネシアなどには、勝てる気がしなかった。
アジアで勝ちたい、という方針で選手の強化に力を注いだ。東北など各地域に選抜チームを作り、若い世代にエリート教育を実施した。Jリーグが誕生すると、日本サッカーは実力を開花させた・・
現段階では、欧州や南米から認められたとはまだ言えない・・

サッカー漫画「キャプテン翼」の作者、高橋陽一さんは、
・・サッカーを好きになったきっかけは、高校生の時に見た1978年のW杯アルゼンチン大会。こんな大会に日本が出場して、優勝争いができれば良いな、と願って1980年から「キャプテン翼」を描き始めた・・
でも現実を見ると・・漫画が現実に少し追い越されたかなという感じもする。日本サッカーは徐々に、順調に成長していると思う。
日本の若い世代の考え方も変わってきた。Jリーグができた頃は、そこでヒーローになりたいという子が多かったと思う。でも今は、小学生も中学生もJリーグを飛び越して、世界に行くんだという気持ちでやっているように感じる。
「キャプテン翼」に影響を受けたという海外の選手も多い。イタリアのデルピエロ選手、スペインのラウル選手、バルセロナのメッシ選手やイニエスタ選手などだ。フランスのアンリ選手は僕に会いたかったようで、サインも求められた。
海外でも人気が出たのは、初めからW杯を意識して世界基準で描いたことが良かったのかなと思う・・

現実が漫画を追い越すとは、すごいことですよね。もちろん、夢だけでは実現しませんし、子どもや若者があこがれるだけでも実現しません。ここまでには、関係者の大変な努力がありました。メキシコオリンピック(1968年)での銅メダル獲得以来、長く低迷の時代が続きました。その後、トップ選手の育成だけでなく、裾野を広げ、さらにはJリーグという「ビジネスモデル」を立ち上げ、と。
弱小な競技が、日本でも最大級のスポーツ(競技人口も観客動員やテレビ放映でも)になるとともに、国際大会ですばらしい成績を残し、さらに世界で戦う若者を育てるまでになりました。この過程を、一つのビジネス、あるいは国家戦略として見ると、日本が世界で戦う際の一つのモデルがあると思います。
高校時代にサッカーボールに触れましたが、才能がないことを直ちに自覚した、元サッカー少年より。今や誰も信じてくれませんが、ゴールキーパーをしていました。