カテゴリーアーカイブ:社会の見方

全頭検査の安全神話とコスト

2012年11月29日   岡本全勝

食品安全委員会が、「BSE(牛海綿状脳症)の検査を、これまで月齢20か月以下は不要としていたものを、30か月以下まで検査不要とする」決定をしました。専門家の研究の結果、BSEは若い牛では発生しないことが確認されたからです。
11月11日の毎日新聞オピニオン欄が、「牛全頭検査は必要か」として、有識者の見解を載せていました。吉川康弘千葉科学大学副学長の発言から。
・・私たちは多くの情報を得た。第1に、BSEの封じ込め対策として国際的に採用された「特定危険部位の食用及び飼料への利用禁止」は効果があった。その結果、BSEの発生件数が激減し、リスクが減少した・・
2002年1月に生まれた牛を最後に、BSEが陽性の牛は1頭も出ていない。対策が有効に働いたのは明らかだ・・
日本も「汚染が止まった」という認識に立ってリスク評価を改め、それを消費者に丁寧に説明すべきである・・

次に、牛の全頭検査です。「20か月以下の牛について検査は不要」と決めたのは平成17年です。ところが、国内では、自治体がこれらについても検査を続けています。全ての牛を検査しているのです。有路昌彦近畿大学准教授の発言から。
・・食品安全委員会の答申は、科学的な手順で厳密に分析されたものだ。日本の食肉市場はようやく、元の健全な状態に戻る足ががりを得たことになる。
ところが、科学的に月齢条件の正常化がなされたにもかかわらず、今なお「国産牛肉は全頭検査を行っているから安全だ」という考えがみられる。これは、検査に対する誤解が、国民の間に根強く残っていることの表れだ。
感染リスクの削減に直接的な効果があるのは、脳や脊髄など特定危険部位(SRM)の除去と飼料規制であって、検査ではない・・
国内では現在、危険部位の除去も飼料規制も十分に行われており、「全頭検査を行っているから安全」という論理に科学的根拠はない。にもかかわらず、そのことが国民に十分に伝わっていない。全頭検査で安全性が担保される、という「神話」が広がっているのだ。
背景には、大きく二つの要因があるように思われる。一つは、リスクに関する理解が十分でないことだ・・
全頭検査への「神話」が広がったもう一つの要因は、費用への感覚の欠如である。全頭検査にはこれまで、多めに見積もって1000億円近い経費がかかり、さらに数百億円の人件費がかかったと推定している・・費用は税金から支払われているため、消費者は負担の感覚を持ちにくい・・

食品安全委員会は「・・既に20か月齢以下の検査は不要とされているにもかかわらず、地方自治体において、消費者の不安を重く受け止めて全頭検査を実施し続けているのだとすれば、当委員会としても、引き続き、広く国民に対して科学的な情報を十分に提供する努力が必要と考えています」と述べています(Q&A問4)。

海外で身を守る

2012年11月26日   岡本全勝

11月11日の日経新聞「暴動・テロから身を守るには」。
喜多悦子・日本赤十字九州国際看護大学学長の発言から。
「海外で日本人が巻き込まれる事件や災害が続発しています。危機に対処する上での心構えは」という問に対して。
・・心配性であることだ。危険な経験はしないに越したことはない。ただ、危険を避け、起きた危機から迅速に脱出するには、ある種の敏感さが必要だ。動物的な感性と言ってもいい。平和な時代が長く続いた結果、今の日本人はそうした感性が鈍くなり、あまりに無防備になっている。海外では「事態は自分の願う方向にはいかないかも」と考える、ある種のネガティブ思考が必要だ。今の日本人は、逆に善意と楽観的見方でものを考えてしまいがちだ・・
小島俊郎・日立製作所リスク対策部長の発言から。
「企業にとっての海外でのリスク管理の要諦は何でしょうか」という問に対して。
・・いい意味で臆病であることではないか。臆病を表に出しては困るが、慎重に行動するようになるし、情報を集めるためにアンテナを高くできる・・
「あるべき体制は」という問には。
・・本社の危機管理組織は「トップに直結したシンプルな組織」が理想的だ。そうした体制なら、必要な情報が必要な人に必要なタイミングで届き、的確な対応がとれる。
一方で、危機管理で最初から満点を狙うのは非現実的だ。危機時には、顧客、従業員とその家族、株主、地域社会や行政など多様なステークホルダーが十分納得してくれる体制を築くことを目指したい。それができれば、結果的に完璧な危機対応ができなくても、関係者には「やむを得なかったな」と思ってもらえる。満点は取れなくても、合格点はとれる・・

海外からの観光客を呼び込む

2012年11月15日   岡本全勝

これまた古くなりましたが、10月28日の日経新聞「創論」の「観光立国実現の道は」から。
田川博己・JTB社長の発言
「2003年に小泉純一郎首相が『ビジット・ジャパン』と銘打って観光立国を目指す方針を明確に示しました。約10年が経過してどのように評価していますか」という問に対して。
・・確かに2003年に521万人だった海外からの旅行者は、ピークの2010年には861万人にまで増えた。しかし、世界各国・地域の外国人訪問者数ランキングでは30位にとどまっている。これは03年当時とほとんど変わっていない。世界第3位の経済規模の日本でいながらこの順位の低さの原因を考えていかなくてはならないだろう。第1位のフランスを訪れる外国人は7,680万人だ
この間に日本各地の交通機関や案内板などの表示で中国語やハングルをよく見かけるようになり環境整備も進んではいる。しかし海外で(メニューなどを除き)日本語表示は見かけるわけではない。もっと取り組むべき大切なことがあるはずだ・・
「外国人旅行者が日本に滞在している間について取り組むべき所はありませんか」という問に対して。
・・訪日外国人旅行者を保護するインバウンド法(仮称)の制定を強く求めたい。日本人が日本の旅行会社を使って海外旅行をした場合、旅行業法によって幅広く旅行者のトラブルなどを補償することになっている。日本人を保護するための厳しい法律があるのに、日本を訪れている外国人旅行者を保護する法律がないのはおかしい・・
石塚邦雄・三越伊勢丹ホールディングス会長の発言。
・・中国や韓国などアジアからの観光客の来日目的を聞くと上位に買い物(ショッピング)がくることが多い。旺盛な消費意欲にこたえなくてはいけない。百貨店での海外旅行者の買い物金額は約400億円で全体の1%にも満たない。フランスの著名百貨店では50%近いという。買い物の利便性を高める必要がある
販売員と言葉が通じないという指摘はよく聞く。免税の対象商品の幅も狭く、化粧品は対象外だ。中国や韓国では日本の化粧品の人気が圧倒的に高く、免税対象となればもっと買っていただけるはずだ
一般的に家電製品などの免税手続きも煩雑で、利用者に迷惑をかけてしまうこともある。小売店側もその処理に手間暇がかかっている。三越や伊勢丹の主力店舗ではコンピューターによる免税手続きのシステムを採用した。これだけ電子化が進んでいる時代にもかかわらず、国内では商品名や金額などを手書きで記入する伝票がいまだに存在する。手続き中にイライラが募った買い物客が返金を待たずに立ち去ることもある・・
これまで日本は、海外に出て行く(観光に行く)ことは考えていましたが、アジアの人を呼び込む努力は少なかったようです。

インターネットで売れるのはB級のネタ?

2012年11月12日   岡本全勝

少し古くなりましたが、11月3日の朝日新聞オピニオン欄「ネットで文字は売れるか」、中川淳一郎さん(ネットニュース編集者)の発言から。
・・先月末、元AKB48の前田敦子がツイッターを始めたところ、あっという間に何十万ものフォロワーがつきました。元モーニング娘。の辻希美のブログには、何万人もの読者がついています。
一方、2008年に朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞が立ち上げた「あらたにす」というサイトは、今年2月末に閉鎖されました。1面の記事や社説を読み比べできるのが売り物でしたが、世の中の人は、社説より女性タレントのつぶやきに関心があるんです。
なんでそんなものにと思うかも知れませんが、思う方がおかしい。パチンコ屋に朝から並び、おバカタレントの珍回答に大喜びしている日本人がなんと多いことか。各社の社説に関心があるなんて人の方がマイノリティーです。
私は、ネットにニュースをアップする編集者です。言葉は悪いですが、あえて言います。日々の仕事は、押し寄せるバカとの闘いです。恐ろしいことに、ネットはバカに発信力を与えてしまった。こちらのちょっとした物言いに「傷つく人がいたら、どうするんですか!」と妙な義憤にかられて怒る。騒ぎに便乗し、サイトを炎上させて喜ぶ。以前は無視しとけばよかったが、今はバカの意見が拡散する。結局、まともにやってるこっちが謝罪するはめになる。
私はもう、良質な客を相手に格調高いコンテンツを提供しよう、などと考えるのはあきらめました。まあ、私もバカのひとりだし、ネットは暇つぶしでもあるから、もっと気軽なB級ネタを出すように心がけています。絡んでくる人がいても、ページビューを稼いでくれる、いい客だと思うことにしています・・
読んでもらうためには、女性タレントのブログやツイッターにコメントを寄せて喜んでいる人たちが食いつくレベルまで下げること。たとえ、それが下品であってもB級に徹することです・・
う~んと思いますが、事実なのでしょうね。学者や評論家が理想論やお堅いことおっしゃっても、多くの日本人はいえ世界中で、そうなのでしょう。さて、どうするか。

経済学の「間違い」

2012年11月11日   岡本全勝

佐伯啓思著『経済学の犯罪―稀少性の経済から過剰性の経済へ』(2012年、講談社現代新書)を読みました。「犯罪」とはいささかショッキングな表題ですが、副題の「稀少性の経済から過剰性の経済」にひかれて読みました。
モノあまり、カネあまりといわれる現在、モノが足りないことを前提とした経済学の有効性が低下しています。日銀がいくら通貨を供給して低金利にしても、企業は金を借りてくれません。ケインズ経済学では、政府が需要を創出して、景気を回復させます。一度は「ケインズは死んだ」と言われましたが、リーマン・ショック対策には、効果を発揮しました。しかし、個人の需要と企業の投資は、史上初の低金利政策にもかかわらず、回復しません。
佐伯先生の見立ては、これまでの経済学は、需要はいくらでも発生するという前提に立っていた。これが間違いである、というものです。そして、供給の規制を撤廃し自由競争を導入すれば供給が伸びるという、新自由主義経済学を批判されます。
さらに、市場経済の基本命題=「自由な競争市場こそは効率的な資源配分を実現し、可能な限り人々の物的幸福を増大することができる」を批判されます。この命題が成り立つための前提が、間違っているのです。この点は、多くの人が指摘しています。
新書なので読みやすいですが、いろんなことを考えさせる本です。ここでは、ごくごく一部しか紹介できません。
私は読みながら、次のようなことを考えました。

すなわち、「経済学」は2つある。その一つは、国民の生活を向上させようとする、政策の学問です。もう一つは、いくつかの条件を設定して、経済の動きをモデルにしようとするものです。前者は政策であり、後者は理論です。そして、近代経済学が理論の精緻さを追うばかりに、現実とは離れた前提をおいたことが、2つを分かってしまいました。
特に、自由主義経済学、市場原理主義です。この考え方は、国家は市場に介入しない方が良い、と主張します(極端に表現してあります)。しかし、現在の日本の政治でも、アメリカの大統領選挙でも、最大のテーマは経済であり、政府(中央銀行を含めて)が何をすべきかが、争点になっています。そして、各国とも、産業政策に力を入れています。さらに、国内経済だけでなく、世界貿易や国際金融についても、政府の役割が大きいです。
経済の自由主義は、放っておけば効率よく動くものではなく、政府が管理しなければならないものです。レッセ・フェールでなく、「管理された自由経済」(少し矛盾していますが)です(例えば、戦後の「管理された自由な国際貿易」について、ラギー著『平和を勝ち取る―アメリカはどのように戦後秩序を築いたか』(邦訳2009年、岩波書店)第2章、第5章)。
なぜ、ここにおいて、自由主義経済学の理論が成り立たないか。それは、簡単には、次のような理由だと思います。
・個人や各企業の間に、持っているものと能力に大きな差があること。決して、平等な競争ではありません。スタートにおいて、差があるのです。
・それは、世界の各国の間にもあります。1人あたりGDPに大きな差があり、競争力にも大きな差があります。教育程度やインフラの差は、能力に大きな差を生みます。
・産業と経済は、止まっていません。絶えず動き発展しています。遅れてきた者・貧しい者は、進んでいる者に追いつき追い越そうとしています。先を行く者は、次なることを考えます。世界は常に動いているのです。理論経済学は、このあたりを過小に見ています。
このテーマは、こんなホームページの記述では説明しきれない大きなものなので、この程度で止めておきます。ただし、私は規制改革・構造改革には、意義があると考えています。それは、古い時代に適合した仕組みを変え、時代遅れになった既得権を壊すために、必要な手順であり哲学です。