先日、ブルデューの経歴を紹介しました(2015年12月5日の記事)。フランスの田舎で生まれ、勉強して地方の中心都市に出て学び、最後はパリのエリート校で学びます。日本も同じで、明治以来、学問を身につけ、立身出世する道が開かれました。パリや東京へ出て一流校で学ぶことは、地理的移動であるとともに、社会的上昇の階段を手に入れることも意味しました。私も、地方から東京の大学を目指した多くの学生も、同じでした。
もちろん、「上京」「上洛」は、明治以前からある言葉で、都に上ることは価値があったのです。しかし今は、東京が双六の上がりではなくなりました。国際化が進むと、ニューヨークや上海など、世界が活躍の場になります。
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東プロシア
池内紀著『消えた国 追われた人々―東プロシアの旅』(2013年、みすず書房)が、勉強になりました。
東プロシア、第2次大戦まで存在した国というか、ドイツの領土です。現在では、ポーランド、ロシア(飛び地)になっています。有名な都市では、ダンツィヒ(現在ではグダニスク)、ケーニヒスベルク(カリーニングラード)です。中世にドイツ人(騎士団)が植民し、ということは原住民を追い出したのですが、ドイツ人中心の国を作っていました。ケーニヒスベルクは、ベルリンより先に華麗な首都になっていました。
ドイツが大戦に負けたことで、ソ連がまず国境線をポーランドよりに西へ動かし領土を拡大します。その玉突きで、ドイツとポーランドの国境を西に動かしたのです。そして、ドイツ人を追い出しました。その数、千2百万人です。財産をすべて残し、着の身着のまま見知らぬ祖先の地ドイツに移住します。この点は、日本の戦後引き揚げ者と、似ているところがあります。
先生がこの地を3度訪問して、その歴史を調べることになったきっかけは、大戦末期1945年1月に多くの避難者を乗せた客船が、ソ連潜水艦に攻撃され沈没したことに興味を持たれたからです。ヴィルヘルム・グストロフ号、1万人を越えるドイツ難民を乗せ、9千人程度が死亡したと推定されます。戦争中のことであり、その後も封印されて、正確なことはわかりません。タイタニック号が史上最大の海難事故といわれますが、犠牲者は千5百人ほどです。それに比べはるかに大きいのですが、ナチス批判の陰に隠されたようです。
膨大な避難民と大勢の海難犠牲者、とても悲しい話ですが。政治が多くの人の人生を変え、人命を奪う事例です。お薦めします。
ドイツの自然がつくったドイツ人
池上俊一著『森と山と川でたどるドイツ史』(2015年、岩波ジュニア新書)が、面白いです。内容は、表題のとおりです。先生には、このシリーズに『パスタでたどるイタリア史』、『お菓子でたどるフランス史』があります。ドイツもその延長で、ジャガイモ、ソーセージ、ビールを考えられたようですが、森と山と川を選ばれました。
ジュニア新書なので、子ども向きにやさしく書かれています。しかしそれによって、切れ味良くドイツの特性を描いておられます。高校の教科書や専門書が細かい事実を並べるのに比べ、わかりやすいのです。国家ができなくて民族が先にあったこと、神秘主義が好きだとか、ワンダーフォーゲルが生まれたとか。といっても、カノッサの屈辱やルターの宗教改革なども出てきて、子どもには難しいかもしれません。
被災地の子ども、田村太郎さん
昨日、田村太郎さんが、多文化共生で朝日新聞記事に取り上げられたと、紹介しました。本人からお礼とともに、毎日新聞にも出ていますと、電子メールがきました。12月7日「震災後に貧困、学習意欲は持続 「被災地・子ども教育白書」 公益社団法人調査」
・・・復興庁の田村太郎参与は、被災地から就職先や進学先を求めて東京などに出たものの、生活になじめずに地元に戻ったケースが少なくないと紹介。今後はこうした若者たちの支援についても検討が必要だと述べた・・・
エコル・ノルマル・スュペリユール
加藤晴久著『ブルデュー 闘う知識人』には、エコル・ノルマル・スュペリユールの超エリート教育が紹介されています。p25~。
フランスには、大学と並行して、ゴランド・エコル(大学校)があり、国公立・私立あわせて300校近くあります。エコル・ノルマル・スュペリユール(高等師範学校とも訳されます)は、大革命期の1794年設立、元は高等中学(リセ)の教員養成が目的でした。パリとリヨンに合計4校ありますが、パリのウルム通りにあるのが、ダントツのようです。ブルデューは、ここを卒業します。入学者は、文科・理科ともに40人前後。20歳前後で入学する学生は準公務員扱いになり、小学校教員並みの給料をもらう身分になります。
加藤先生も、1961年から4年間学ばれました。当時は全寮制、起きてパジャマにガウンをまとうか、着替えて食堂へ。その間に家政婦が、ベッド・メイキングをして、掃除をしてくれます。昼食と夕食では、サービス係がテーブル食事をに運んでくれ、ワインも出ます。食事の質も上等。ワイシャツ、下着、ハンカチまで提供され、袋に入れて出すと、洗濯してアイロンをかけて返してくれるそうです。
学生たちは、俗事から解放されて、ひたすら勉強に励むのです。