カテゴリーアーカイブ:社会の見方

高野陽太郎「日本人論の危険なあやまち」

2022年1月19日   岡本全勝

高野陽太郎著「日本人論の危険なあやまち 文化ステレオタイプの誘惑と罠」 (2019年、ディスカヴァー携書)をお勧めします。痛快です。このような表現は、社会科学の書物には、ふさわしくないのでしょうが。

「日本人は集団主義的だ」という日本人論の常識を、国際比較、特に個人的だと言われるアメリカ人と比べて、日本人が集団主義ではないと立証します。
では、なぜ「日本人は集団主義的だ」という言説が「常識」になってしまったのか。そのような言説が生まれ受け入れられる社会的状況、さらにはそれを否定したした研究が受け入れられないことを説明します。「日本人は集団主義的だ」を否定する言説は「商売にならない」ので、論文にも書物にもならないのです。

私は、山岸俊男著『信頼の構造』(1998年、東大出版会)を読んで、目から鱗が落ちました。日本社会は信頼の高い社会といわれていましたが、それは身内には親切ですが、ソトの人には冷たい社会でした。社会一般に信頼関係が強いものではなかったのです。ソトの人との接触が増えると、この弱点が見えてきます。

もう一つ、集団主義には、能動的集団主義(積極的集団主義)と受動的集団主義(消極的集団主義)があるというのが、私の説です。日本人の集団主義は決められたことを受け入れる受動的集団主義であり、組織や社会をつくることに積極的に関与する能動的集団主義ではないのです(連載「公共を創る」第66回、70回)。日本人の多くは、実は自分を大事にする個人主義のようです。世間の目が厳しく、独自行動をとると批判されるので、大勢に従っているのです。社会参加する人が少ないことも、これを裏付けています(連載第34回、55回)。

髙野先生には、同じ問題を扱った「「集団主義」という錯覚」(2017年、新曜社)」もあります。また、「鏡映反転-紀元前からの難問を解く」(2015年、岩波書店)も、先生の著作だったのですね。先生のホームページ「チコちゃんは知らない」。

社会エレベーター

2022年1月18日   岡本全勝

1月5日の日経新聞1面「動くか社会エレベーター」に、興味深い数値が載っています。
「社会エレベーター」という指標で、各国の所得格差の大きさや教育・雇用を通じ階層が変わる確率です。最貧層に生まれた場合、1世代を30年として平均所得に届くまで何世代かかるかを示します。経済協力開発機構(OECD)が2018年に分析したもので、格差を克服する難易度を探るうえで目安になります。

記事に着いている図表では、各国の数値は次の通り。
中国、インド、7世代。フランス、ドイツ、6世代。アメリカ、イギリス、5世代。日本、4世代。ノルウェー、スウェーデン、3世代。デンマーク、2世代。OECD平均、4.5世代です。
日本は比較的に社会上昇が容易だと思われています。この指標でも早いほうですが、それでも4世代かかるのですね。

命・暮らしの支え手

2022年1月17日   岡本全勝

1月15日の朝日新聞1面に「濃厚接触待機、10日間に 命・暮らしの支え手、最短6日も 新型コロナ」という記事が載っていました。
・・・新型コロナウイルス感染者の濃厚接触者の待機期間について、厚生労働省は14日、オミクロン株の感染拡大地域では、現在の14日間から10日間に短縮すると発表した。介護や育児サービス、生活必需品の小売りなど、命や暮らしを支える「エッセンシャルワーカー」は、検査で陰性を確認し、最短で6日に短縮できるようにする・・・

「エッセンシャルワーカー」を「命や暮らしの支え手」と、言い換えています。良いことですね。
「エッセンシャルワーカー」と言われても、何を指すのか、どのような職業が含まれるか、はっきりと言える人は多くはないでしょう。私もそうです。命や暮らしの支え手と言われれば、たいがいの人は想像ができるでしょう。
このように、カタカナ語は、なるべく日本語に言い換えてほしいです。これも、マスコミの役割だと思います。

と書いたら、16日の朝日新聞「水道管に規格外塗料 東京や横浜で一部工事中断」に、次のような表現がありました。
・・・一部の水道管に認証規格をクリアしていない塗料が使われており、東京都や大阪市などが更新などの工事を中断していることがわかった・・・
「クリア」なんて言葉を使わず、「認証規格を満たしていない塗料が」で良いと思います。

政府の政策PDCA

2022年1月15日   岡本全勝

1月4日の日経新聞オピニオン欄、上杉素直・コメンテーターの「賢い支出へPDCA回せ コロナ対策で見えた欠落」から。

・・・この2年、日本の政策運営にはいくつもの疑問符がついた。先の読めないパンデミックに対処するのはたしかに難しい。だが、四半期ベースで2度もマイナス成長に陥った21年は残念ながら、同じ災禍からの回復をたどる米欧の国々との差が歴然とした。
なぜ彼我の差はついたのか。人々の価値観に視点を当てた仲田泰祐東大准教授の研究は興味深い。「経済をもう少し回すこと」と「感染をもう少し抑制すること」は一定条件下でトレードオフの関係になる。そして、そのバランスをいかにとるかは社会の価値観を反映するのだそうだ。
そんな前提で「コロナ死者数を1人減少させるためにどの程度の経済的犠牲を払いたいか」を試算すると、日本は約20億円に届く。米国の約1億円、英国の約0.5億円より高い(21年12月3日付日本経済新聞朝刊「経済教室」)。何十倍の違いを知ると、日本経済の低迷が必然とも受け取れる。

行政の構造問題も絡む。政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会に経済学者を代表して参加した小林慶一郎慶大教授は縦割りの弊害が根っこにあると指摘する。自分たちの内輪の論理にこだわってさまざまな対策に取り組む厚生労働省は典型という。
そこに公衆衛生や医療の課題と経済活動への影響をトータルで捉える視点は生まれない。小林氏は「感染が増えても経済を回そうとは言いにくかった」と振り返る。結果としてコロナ死を減らすことに偏重し、膨大なコストを費やしたという反省は、仲田氏の分析とも重なり合ってくる・・・

・・・もう一つの不安はより深刻かもしれない。「C(点検)」は十分なのかという問いだ。
会計検査院が先の報告で取り上げたのは、19~20年度に予算が措置された5つのコロナ対策だ。総額77兆円が各省庁の854の事業へ投じられた。ところが、検査院がその使われ方を分析できたのは770事業にとどまる。
事業によってはコロナ対策とそれ以外の予算が混ざってしまい、使われ方を分別して調べることができないらしい。裏を返せば、コロナ対策と銘打った歳出が最終的にどう使われたかについて、全体図は示せていない。「C(点検)」が不完全なら、「A(改善)」だって期待しにくい。

いま学ぶべき先例は11年の東日本大震災への対応だろう。3月11日の震災発生から3カ月余りで基本法を成立させ、復興にまつわる歳出と歳入を複数年にまたがってパッケージで管理する仕組みを整えた。収支の全体像が明確になり、復興を我がことと捉える土台になったのではないか。

政府がまとめた22年度予算案はいわば新たな「P(計画)」。過去最大の中身は適切か、21年度補正予算と連なる「16カ月予算」の効果は見込めるか、国会などでしっかり論じてもらいたい。
そして併せて、国の政策を研ぎ澄ます検証プロセスや仕掛けづくりにも目をやりたい。そうした土台があってこそ、財政の賢さが育まれていくのではないか・・・

人間の二つの思考方法

2022年1月14日   岡本全勝

2021年12月30日の日経新聞経済教室、鳥海不二夫・東京大学教授の「「情報的健康」目指す仕組みを データから社会を読む」に、人間の二つの思考方法についてわかりやすい説明がありました。

システム1は、暗黙的システムと呼ばれ、無意識かつ自動的に判断を行う仕組みです。直感的な好き嫌いで、情報を判断します。動物的といえます。面白い情報や好きな情報を選びます。
これに対しシステム2は、明示的システムであり、数値などを精査して判断する、合理的な仕組みです。あらゆる情報をじっくり考えて意思決定をします。ただしシステム2は脳に負荷をかけるので、通常私たちはシステム1をつかって生活しています。

バラスの取れた食事がよいと知っていながら、甘い高カロリーのお菓子を食べてしまいます。深酒はいけないと考えつつ、飲み過ぎます。インターネットでサーフィンをするときも、同じです。