カテゴリーアーカイブ:社会

日韓関係、移ろいやすい部分と固い部分

2015年6月8日   岡本全勝

6月1日の日経新聞が、日韓50年を特集していました。そこに、次のような両国での意識調査が載っています。2010年の調査で、日韓の現状について「悪い」「非常に悪い」と答えたのは、日本が12%、韓国では23%でした。2015年の調査では、日本は55%、韓国では79%となっています。5年間で、これだけ悪くなっています。
6月8日の読売新聞(インターネット)によると、日本で韓国を「信頼できない」と答えた人は73%、韓国で日本を「信頼できない」との回答は85%になっています。また、現在の日韓関係が「悪い」と答えた人は、日本では85%、韓国でも89%となっています。
韓流ブームが日本の茶の間を席巻し、日本人の韓国観が大きく変わりました。「冬のソナタ」が放映されたのが2003年です。その後も、韓国ドラマは、日本のテレビで次々と放映されています。私は、国民間で好感情が広がり、日韓関係は新しい時代に入ったと確信しました。それが、この5年間で急速に悪化しました。これは、予想外でした。これは、マスコミ報道による部分も大きいと思います。しかし、ビジネスマンの行き来だけでなく、観光客の多さ、そしてテレビドラマや映画などの文化の相互浸透によって、基礎部分は変わっていないと信じています。

親米日本、その理由。3

2015年5月27日   岡本全勝

4月8日の読売新聞、吉見俊哉・東大教授の「米国の支え、揺らぐ時代」から。続きです。
・・・日本は戦後、米国の傘の下に入ることで利益を得てきた。一方、自分で自分の未来を決定するという能力を培うことを怠った。「ポスト冷戦期」は「米国の支える戦後日本」という前提が崩れ、日本が維持してきたものが揺らぐ時代でもある。「アジアの中心」という日本の近代以降の自画像についても修正を迫るものであるかもしれない。
日本は明治以来、2度の「右肩上がり」はうまくこなした。だが、右肩上がりが終わった後の25年間は、うまく対処できていない・・・
日本の現状を憂う方、日本の未来について意見のある方は、ぜひ原文をお読みください。違った視点から日本を見ることの意義、重要性がわかります。

親米日本、その理由。2

2015年5月26日   岡本全勝

4月8日の読売新聞、吉見俊哉・東大教授の「米国の支え、揺らぐ時代」から。続きです。
・・・私は、近現代の日本は、ほぼ25年ごとに変化するという仮説を持つ。明治維新(1868年)で近代化を始め、1895年の日清戦争を機にアジアに帝国主義的に拡張。1920年頃からは国家経営を誤り、軍国主義に走り、敗戦に至る。
戦後の45年からは復興と高度成長。70年頃からは安定成長と成熟。95年は阪神大震災とオウム真理教事件が起き、日本の長い「戦後」は終わり、経済は立ち行かなくなり始める。冷戦のタガが外れ、中韓は戦前・戦中の日本の行為を糾弾し始め、日本はたじろぐ。
日本は明治維新以後、右肩上がりの50年を経た次の25年で失敗した。敗戦からは右肩上がりの50年を経て、安定が損なわれている。95年から25年後にあたる2020年は東京五輪が再度開催され、当面はそれに向けてひた走るのだろう。五輪後の2020年代に日本は正念場を迎える・・・

親米日本、その理由。吉見俊哉先生

2015年5月25日   岡本全勝

4月8日の読売新聞「戦後70年想う」、吉見俊哉・東大教授の「米国の支え、揺らぐ時代」から。(1か月以上前の記事です。書こうと思いつつ、半封筒に入れたまま、鞄に眠っていました)
・・・親米を説明する3つの通説がある。まず「米国は民主主義をもたらし、復興を支援してくれた。感謝すべきだ」という説。それが本当なら日本人は義理堅いことになるが、私には疑問だ。次に「米国大衆文化の虜になったからだ」との説。だが、米国文化の影響は世界的で、日本は特別ではない。「占領改革で日本が骨抜きにされたから」という説もある。だが、日本の社会構造、ものごとの決定の仕組みはあまり米国化していない。
私は「米国こそが日本が戦後もアジアで支配的な地位を保ち続けることを可能にしたからだ」と考える・・・
・・・日本は戦後、アジアの経済的中心として栄える。戦前までの軍事的中心ではなくなるが、中心であることは変わらない。日本が明治維新以来の近代化で築き上げた「アジアの中心的地位」は連続する。一方で「米国に最も近い国」という地位も得た。戦前・戦中の振る舞いを巡る、近隣諸国からの激しい対日批判は抑えられた。日本は自らを変えないまま、この優位性を保つために「米国に最も近い国であり続けなくてはならない」と意識するようになる・・・

医学が発達したときに直面する「人間とは何か」

2015年4月19日   岡本全勝

4月19日の読売新聞1面コラム「地球を読む」、山崎正和さんの「科学技術万能論」から。
・・・だが一方、現代の言論界には、正反対の未来論も台頭していて、こちらも無視できない影響力を見せているようである。名づければ「科学技術万能論」、科学の急速な進歩が人類の無限に近い繁栄を保障するという主張だが、現に相当の雄弁さでマスコミをも巻き込んでいる・・・
・・・新理論の中心人物にレイ・カールワイルという著者がいて、その代表作が『ポスト・ヒューマン誕生』という題で邦訳され、すでにかなりの増刷を重ねている・・20世紀後半以来、遺伝学、ナノ技術、ロボット工学が爆発的な発展を遂げ、進歩の速度から見て2040年ごろには文明に革命をもたらし、人間そのものを改造するだろうというのである・・
・・自信満々の著者だが、興味深いことに最後にきて、自分の立場について一抹の不安を漏らすのである。巻末に近い注のような一節で、彼は「なぜ自分が特定の人間かわからない」と告白する・・
人間を「操作する対象」「管理する対象」とすると、操作の主体であるべき自己が、居場所を失います。誰が主体で、誰が客体なのか。詳しくは原文をお読みください。