カテゴリーアーカイブ:ものの見方

対立と止揚と

2022年9月13日   岡本全勝

「正反合」、「止揚」という言葉をご存じでしょうか。ドイツの哲学者であるヘーゲルが弁証法の中で提唱した概念で、簡単に言うと「矛盾する要素を、発展的に統一すること」です。この言葉は大学時代に習いましたが、「そんなものか」程度にしか理解できませんでした。

今から振り返ると、官僚生活で何度もそれに該当する事態に出くわしたことがありました。当事者間で意見が対立し行き詰まった際に、全然違った観点から解決策を提示してくれる人がいたり、それを思いつくことがありました。裁判のように、どちらかが勝って、相手が負けるという解決ではありません。双方が、完全には納得しないとしても、それなりに納得する結論です。

簡単なのは、足して二で割るですが、これは止揚にはならないでしょう。
もう一つは、時間軸で解決することです。例えば、短期的にまずやることと、長期的に解決することに振り分けるのです。資金がないけれど行わなければならない事業がある場合、借金をしてまず事業を行い、その借金を時間をかけて返していくことが分かりやすいでしょうか。

5月3日の日経新聞経済教室で(古くてすみません。書き始めて途中で放棄してあったのです)、楠木建・一橋大学教授が「厄介ものを「白鳥」にする」の中で、経営者と従業員と株主の3者の関係を説明しておられます。短期的には、賃金を増やせば利益が圧迫されます。配当を増やせという株主に対して経営者は防御姿勢を固めます。株主は合理化のためのリストラを歓迎しますが、従業員にとっては迷惑な話です。3者の利害は相反します。
しかし、時間軸を長く取ればこの対立は解消します。経営者が長期的に稼ぐ力がある商売を作り上げると、雇用が生まれ賃金も増えます。従業員が力を合わせ能力を発揮すれば、ますます強くなります。結果として株価も上がり、株主も果実を手にできます。そこで楠木教授は、従業員が株を保有していると、短期的な対立は解消され、みんなが豊かになる関係になると説明されます。

日本の指導者、世界の指導者

2022年9月2日   岡本全勝

8月28日の朝日新聞連載「日中半世紀 わたしの声」第2回、井村雅代・アーティスティックスイミング指導者の「選手選考に口挟む当局 衝突した井村コーチ「メダルいらないなら…」」から。

アーティスティックスイミングの指導者、井村雅代さんは2008年の北京五輪と12年のロンドン五輪で、中国代表チームを率い、この競技で初のメダルを中国にもたらしました。04年のアテネ五輪で6位だった同国は、北京で銅メダル、ロンドンで銀メダルを獲得します。ただ、その過程で井村さんは日本国内で激しいバッシングを受けたといいます。

――アーティスティックスイミングの日本代表は、1984年のロサンゼルス五輪以来、井村さんの指導のもと、6大会連続でメダルを獲得し、「日本シンクロ界の母」と呼ばれました。それだけに、井村さんが中国代表を指導するというニュースは、大きな反響を呼びました。
私がナショナルコーチを辞めたのは、中国行きを決めたときより2年以上も前のことです。そのときは、とくに話題になりませんでした。長くやりすぎたという思いがありましたし、日本のシンクロが「井村の家内工業」などという、いわれのない批判を受けたこともあり、自分のクラブで若い子たちを教えることにしたのです。
そうしていたら、中国から「北京五輪の開催国として、どうしてもメダルをとりたい。力を貸してほしい」と誘われました。当時、いまほどではなかったかも知れませんが、日中関係はぎくしゃくしていました。それでも、そうした日中関係を押してでも、メダルをとりたい、強くなりたい、そのために「あなたの経験とコーチ力が必要です」という中国水泳連盟の熱意に、私が突き動かされたというのが一番の理由です。
しかも、私が「これまでは誰に教わっていたのですか」と尋ねると、年に数カ月、ロシアの指導者に見てもらっているとのことでした。これはいけない。五輪の開催国となる中国の演技がロシア流になると、ジャッジもそちらに傾く。シンクロのジャッジには、どうしても主観が入ります。世界のシンクロがロシア流に席巻されてしまい、日本流が隅っこに追いやられてしまう。そんな危機感もあって、中国代表チームを教えることにしたんです。日本流のシンクロを世界にアピールする絶好のチャンスだという思いもありました。

――当時、井村さんの決断が日本で批判されました。
それはもう、ひどかったです。「裏切り者」とか「売国奴」とか散々に言われました。そのあと、イギリスの代表コーチもやりましたが、そのときは誰にも何も言われませんでした。世界で6位の中国チームを日本人のコーチが指導して、メダルがとれるようになったら、日本流のシンクロを世界にアピールできる。アジアだけでなく、世界に日本流のシンクロを根づかせることができる絶好のチャンスじゃないですか。そんな思いだったんです。

――北京五輪で、中国代表はチームで銅メダルを獲得。アーティスティックスイミングでは、中国にとって初のメダルでした。
もちろんうれしかったですが、日本は5位。アテネではロシアに続く2位だったのに。なにが起きたのかと驚きました。中国に渡るとき、ロシアには勝てなくても、2位と3位を日本と中国が競えばいい。そんな思いでした。私は電光掲示板をぼうぜんと眺めていたのですが、だんだん視界がかすんできて。あの涙は何だったのでしょうね。

――中国の教え子たちが、いまは指導者に。
北京五輪のとき主将だった選手は、いま中国のナショナルチームでヘッドコーチをしています。米国に渡ってシンクロを教え、全米のベストコーチに選ばれた子もいます。井村流が、世界に広がっていることをうれしく感じます。

宇宙の大きさ

2022年8月2日   岡本全勝

7月19日の読売新聞1面コラム「編集手帳」から。

・・・天文学を学ぼうとすると最初に太陽系の話が出てくる。地球と太陽の距離は、1億5000万キロ・メートル。大きすぎてピンとこない。日常の尺度で考えてみる
◆地球から太陽までの旅行を空想してみた。電卓をたたくと、時速300キロ・メートルの新幹線で57年程度、時速900キロ・メートルのジェット機なら19年程度かかると答えが出た。これらに比べると、光の速さは桁違いだと実感してしまう。太陽の光が地球に届くまで、わずか8分19秒だ
◆秒速30万キロ・メートルの光速でも、46億年を要する。想像を超える彼方に浮かんだ星々の撮影に米航空宇宙局(NASA)が打ち上げたジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が成功した・・・

太陽まで新幹線で57年、ジェット機で19年かかるのですか。分かりやすい尺度です。

包摂と介在物

2022年6月25日   岡本全勝

先日「こども食堂3」で、多様性に配慮して共に生きることをインクルージョン(inclusion)と言い、包摂や配慮と訳すことを紹介しました。これを読んだ知人から、次のような指摘が届きました。

昔、鉄鋼会社での私の仕事は、溶けた鉄を固めることでした。そこで出てきたのが「Inclusion」です。「介在物」と訳されていて、主に酸化物で不純物です。介在物があると健全な固体の鉄とはならず、鉄板にした時に割れの起点になったりする厄介物でした。いかに介在物を除去するかが、大きな課題でした。
「所変われば品代わる」で、ここでは「配慮」になるのですね。

司馬遼太郎『ロシアについて』

2022年3月19日   岡本全勝

新宿紀伊国屋に行ったら、ロシアや戦争に関する棚が設けられていました。その中に、司馬遼太郎著『ロシアについて 北方の原形』(1989年、文春文庫)がありました。司馬さんの一連の「街道を行く」はかなり読んだのですが、これは「あれ、まだ読んでいなかったよな」と思い、買いました。

いつもながら、広い視野と具体の事例と、そして司馬さんの語り口で読みやすく勉強になりました。
ロシア(これが書かれた当時はソ連)について書かれたものではありません。日本との関係、特にシベリアや千島、そして日本がロシアから見てどう見えるかです。そこに、司馬さんの得意であるモンゴルと満州の歴史と位置が入ります。「この国のかたち」という言葉は使っておられませんが、ロシアの特質を鋭く指摘されます。

シベリアを領土にしたのはよいのですが、ツンドラの大地は生産性が低く、その維持に金がかかります。本体以上の領土を持ち、それを維持しようと軍隊を持つと、それに振り回されます。戦前の日本と同じです。尻尾が胴体を振り回し、本体をも腐食するのです。その点、かつてのイギリスは、(善悪は別として)その海外領土経営能力は大したものです。

ところで、ラマ教がどのような影響を持っていたかも、初めて知りました。ラマ教が夫婦和合を唱えることは知っていましたが、僧が初夜権を持っていて、その過程で性病を感染させたこともあったそうです。