カテゴリーアーカイブ:生き様

通学と通勤の思い出3

2022年2月2日   岡本全勝

通学と通勤の思い出2」の続き、その他の通学についてです。これは、さほど変わった話ではありません。

幼稚園と小学校は隣の集落にあり、歩いて通いました。地図で見ると、300メートルほどです。小学校の昼食は、走って帰って、家で食べました。
中学校は、隣町の八木中学校に通いました。当時の校舎は近鉄八木駅の隣にあって、バスで30分ほどでした。
高校は、先に書いたとおり。毎日が遠足です。

大学に入って、東大駒場寮に入りました。学校の敷地内にあるので、通学時間は零分です。高校時代と、両極端です。
ところが、目覚まし時計が鳴っても「もう少し寝ていても大丈夫」と思って起きません。2時間目の授業も同じ。で、しばしば授業を欠席しました。反省。本を読むことがうれしくって、夜更かしをしたことも原因です。知らない本や読みたい本が、たくさんありました。
高校時代にあれだけやせていたのに、大学に入ると1年で10キロも太りました。通学時間が減った、勉強時間が減った、寮生活で食生活が偏ったことなどによるのでしょう。まことに不健康な、だらしない2年でした。さらに反省。

法学部に進学し本郷に移ったときは、正門前に下宿しました。学校から100メートルも離れていませんでした。ただし、勉強しないと授業についていけない、公務員試験を受けるつもりだったので、授業にも出て勉強するようになりました。特に3年生は、岡義達先生のゼミに入り、1930年代の英語の本と格闘し、しばしば徹夜もしました。「思い出の本、原書講読
食事も気をつけました。4年生の春に伝染病にかかり、さらに健康に注意するようになりました。学校の周りを走ったり、プールで泳いだりも。で、それ以上は太りませんでした。
通った学校については「建て替えられる建物、2」。

すわ、逃げろ

2022年2月1日   岡本全勝

もう2週間以上前の出来事です。
夕方の丸ノ内線、座席は埋まっていて、立っている人もいます。立っている私の前の席が空いて、座りました。
隣の女性は、しきりにスマートフォンを操作しています。そこに、電話がかかってきたようで、耳に当てて話を始めました。
「かなわんなあ・・・電車中で電話して」と思いましたが、最初は小さな声なので無視しました。

そのうちに声が大きくなり「えー、地下鉄の中なので聞こえないのです・・・」と発言。
途切れ途切れに、発言が聞こえます。
「検査が必要?」
「病院に行くのですか・・・」
「私が?」と言っています。
私は「健康診断で引っかかって再検査をするのかな」と想像しました。

しかし「PCR検査を受けるのですか?」と聞こえた瞬間に、私は席から立ち上がって、隣の車両に移動しました。
その間、5分間ほどだったでしょうか。この方も、家族や職場に感染者が出たのでしょうね。感染しておられないことを祈ります。
その後、2週間以上経過したので、私は感染しなかったようです。

通学と通勤の思い出2

2022年1月31日   岡本全勝

通学と通勤の思い出」の続きです。
朝は学校まで1時間半かかりましたが、帰りはもっとかかりました。

朝のバスは、電車の時間にあわせてあったようなので、橿原神宮前駅での待ち時間は短かったです。西大寺駅から奈良駅までの電車や、市内循環バスも本数が多いので、待ち時間は短いです。
ところが帰りは、そうはいきません。西大寺駅に着いても橿原線の電車の本数は少なく、さらに橿原神宮前駅から岡までのバスは昼は1時間に1本で、夕方は2本あったでしょうか。接続していないので、駅で長時間待つことになります。学校から家まで、合計2時間近くかかる時もあります。

土曜は学校が昼に終わりますが、学校で時間をつぶすか、あまりに待ち時間が長い時は橿原神宮前駅から家に向かって歩きました。ほとんどの場合、村に向かう車やバイクの誰かが拾って、家まで送ってくれました。当時はヘルメット着用義務がなかったので、バイクの後ろに乗せてもらいました。当時は5キロと思い込んでいて遠く感じましたが、地図で見ると4キロほどですね。

部活でサッカーをしていたときは、帰りはヘトヘトになり、電車のつり革につかまって寝ていたようです。見かねた人が、席を譲ってくれたこともあります。
バスの最終便は早く、生徒会活動や学園祭の準備をしていると、帰りのバスに乗り遅れます。父が車で迎えに来てくれました。
しばしば、学校近くの友人の家に、泊めてもらいました。U君のお母さん、T君のお母さん、ありがとうございました。先生の家に、泊めてもらったこともあります。U君もT君も家から高校まで数百メートルで、徒歩通学です。私の通学定期券をうらやましがっていました。私は彼らを、うらやましく思いました。

毎日が遠足でした。それも理由の一つと思うのですが、高校3年間いくら食べても体重が増えず、やせていました。受験勉強で睡眠時間が短かったことも理由でしょう。
それに比べると、今の通勤は電車の本数が多くて便利、ほとんど座っていけるので、苦になりません。

物持ちが良い

2022年1月29日   岡本全勝

しょうもない話です。この冬、悲しい出来事がありました。長年使っていたものがダメになり、捨てざるを得なくなったのです。

一つは、遊びの際のズボンです。鹿児島時代にキョーコさんに選んでもらったもので、深緑色の格子柄を気に入っていました。先日孫と公園で遊んでいたら、おしりのところが破れ、孫に笑われました。縫い目がほつれたのではなく、薄くなった生地が破れたのです。
でも、35年以上も履いたということですね。そちらの方が驚きです。良く長持ちしたものです。シャツはもちろん早く傷みますし、スーツやネクタイもそんなに長く持ちません。

もう一つは、革の手袋です。これは富山時代から使っているので、25年以上です。くたびれてきていたので、遊びの際につけていました。これも、すり切れてしまいました。
二つとも、当時の私には良い品で高価なものでした。お気に入りだったのです。

通学と通勤の思い出

2022年1月27日   岡本全勝

電車通勤」の続きにもなります。1時間半あまりの通勤は、私の毎日の通勤としては一番長い時間なのですが、高校時代はもっとかかりました。

高校は、奈良市にある奈良女子大学附属高校に通いました。
家のある明日香村大字岡から、バスで近鉄橿原神宮前駅まで行きます。家からバス停までは100メートルあまりなので、近くです。バスの本数は通学通勤時間帯は、1時間に2本以上ありました。飛鳥の宮跡や古墳の横を通って、橿原神宮前駅まで15分です。

近鉄橿原線で、大和西大寺駅まで30分(急行)から45分くらい(各停)かかります。1時間にそれぞれ2本ずつ、朝はもっと多くの本数があったでしょうか。大和盆地を北上し、郡山城や薬師寺の横を通ります。西大寺駅で近鉄奈良線に乗り換えて、平城宮跡を横切り、近鉄奈良駅まで約5分です。
奈良駅で、市内循環バスに乗り換えます。町の南、紀寺にある学校まで、興福寺や東大寺の前を通って約10分ほど。(帰りはバスに乗らず、奈良公園や奈良町の中を歩いて帰りました。ぜいたくな散歩です。)

家から学校まで、バス、電車、電車、バスを乗り継ぎます。待ち時間を入れると、最短でも1時間半かかりました。学生の中でも、最も遠いところから通っていた一人でしょう。
白状すると、朝起きるのが苦手で、しばしば父が車で駅まで、時には学校まで送ってくれました。朝6時のバスは、当時はつらかったです。早朝に目が覚める今から思うと、別人です。学校からの帰りについては、次回に