カテゴリーアーカイブ:生き様

シダネルとマルタン展

2022年5月18日   岡本全勝

ソンポ美術館の「最後の印象派、二大巨匠 シダネルとマルタン展」がよかったです。
この二人の画家を、私は知りませんでした。「最後の印象派」と呼ばれるそうです。
印象派の後、前衛絵画が盛んになります。私たちが学ぶ西洋絵画史では、最先端を追いかけるので、その裏にあったほかの流れを知らないのですね。
印象派に幻想を加えた感じと、私は理解しました。私は印象派が好きで、前衛絵画はついていけないので、この展覧会が良かったと思うのでしょう。

マルタンは、フランス国務院(コンセイユ・デタ)の本会議場の壁画を描いています。今回は、その習作などが展示され、本会議場の壁画の写真と並べてあります。4面の壁を飾る壁画は、すばらしいもののようでした。
コンセイユ・デタはフランス政治でよく出てきたのですが、どこにあるかは知りませんでした。パレ・ロワイヤルに入っているのです。下院(国民議会)は、見る機会があったのですが。

岡義達先生の政治学を分析する

2022年5月16日   岡本全勝

4月に出た、前田亮介編『戦後日本の学知と想像力――〈政治学を読み破った〉先に』(2022年、吉田書店)は、東京大学駒場で御厨貴ゼミに参加した若手研究者たちの論文集です。御厨先生の古稀にあわせて出版されました。

そこに、澤井勇海執筆「岡義達 行動論・象徴論から演技論へ」が収録されています。前田亮介さんの「序」には、次のように紹介されています。
・・・澤井勇海「岡義達 行動論・象徴論から演技論へ」は、その難解さと寡作ぶりがしばしば秘教的に語られてきた『政治』の作者(岡義武の歳の離れた弟でもある)の政治学の全体像を提示した、おそらくはじめての論考である・・・

私は大学3年の時に、岡先生の政治学の授業とゼミを取りました。『政治』は、最初に読んだときは歯が立ちませんでしたが、何度かくり返し読むうちに理解できるようになりました。古典から最近の新聞記事まで背景にある知識が広く、さらりと引用されているので、それらを知っていないと理解できなかったのです。それさえ分かれば、そんなに難しい文章ではありません。「思い出の本、その2。岡先生「政治」
惜しむらくは、もう何冊か書いてくだされば、もっと理解しやすかったでしょうに。

1991年生まれの澤井さんは、岡先生に直接指導を受けたことはないでしょう。御厨先生を通じてだと思いますが、どのようにして関心を持たれたのでしょうか。

幸福論的倫理学と義務論的倫理学

2022年5月12日   岡本全勝

悩んでいた疑問に、「納得」と思える説明に出会いました。
山本芳久著『アリストテレス『ニコマコス倫理学』』(2022年、NHK出版)を読みました。そこに、アリストテレスの倫理学は「幸福論的倫理学」であり、カントの倫理学は「義務論的倫理学」であると説明されています(14ページ)。

幸福論的倫理学は、人間の行為や存在の究極目的は幸福にあると考える倫理学で、それをどのように実現していくかを考えます。幸福という目的が焦点になっているので「目的論的倫理学」とも呼ばれます。
他方、義務論的倫理学は、人間は義務に基づいた行為をする必要があり、道徳法則に対する尊敬が重要であると主張します。そして「○○すべきだ」「××してはいけない」という義務や禁止に基づいて倫理を考えます。詳しい方には常識のことなのでしょうが、素人は知らないことでした。

拙稿「公共を創る」で、政府が個人に関与する場合、特に内面に関与する場合の問題を取り上げました。倫理学は私は門外漢で、法学・政治学からの知識で執筆するのに、苦労しました。他者と共存するためにしてはいけないことがあることは分かります。
他方で、どのような生き方がよいかは、各人に任せられていますが、宗教や親の教えが希薄になった現代では、それを一人で考えることは難しいことです。では、学校で教える道徳はどのようにあるべきか。それは、倫理学とはどのような関係にあるのか。それを考えながら書きました。
この幸福論的倫理学と義務論的倫理学の二つがあることを知って、頭がはっきりしました。私の疑問に即して考えれば、前者は個人の善き生き方を考えるものであり、後者は社会で共存するためのものです。倫理といっても、この二つがあるのです。正確ではないでしょうが、私の議論からは、このように理解しましょう。

アリストテレスが古代ギリシャの哲学者で後世の学問に大きな影響を与えたことは知っていますが、ニコマコス倫理学は名前を聞いたことはあっても読んだ人は少ないでしょう。私もそうでした。「NHK100分で名著」シリーズは、難しい古典を易しく解説してくれるので、ありがたいです。

難しい学問分野の本を読んで理解する際に、素人に役に立つのは解説書です。それも、各原典を要約したような紹介でなく、その分野の全体像を一枚の地図にしたような解説がわかりやすいです。その原典や学者がどのような新しい機軸を打ち出したのか、何が従来と異なり、それは後世にどのような影響を及ぼしたのか。そして現在では、各学説はどのような位置にいるのかです。

大型連休が終わりました

2022年5月8日   岡本全勝

春の大型連休が終わりました。皆さんは、楽しむことができましたか。
天気も一部悪かったですが、晴れた日が多かったのではないでしょうか。5月2日と6日を休むと10連休でした。始まる前は「長いなあ」と期待し、終わると「短かったなあ」と思います。
私は、前半はキョーコさんのお供で外出、後半は家族の用件が続きました。原稿執筆を稼ごうと思ったのですが、なかなか進みませんね。それが休みなのでしょう。健康で家族と過ごせたことを、良しとしましょう。楽天イーグルスの調子も良いです。
肝冷斎は、元気に活動していたようです。しかも、休み中にも仕事に出ていたようです。

いつも連休の際には思います。私たちは楽しんでいますが、この期間にも働いている人がたくさんおられます。運輸、医療、警察、消防、そして飲食や商店の人たち。感謝しなければなりません。
別の日に休みを取っておられるのでしょうが。子どもさんたちも、辛抱しているのでしょうね。

ひらめき

2022年5月2日   岡本全勝

ぼんやり考える時間」の続きです。
ある主題に集中しているのでもなく、ぼんやりといろいろなことを連想しているのでもないときに、重要な問題の解決をひらめくことがあります。
ニュートンがリンゴが落ちるのを見て万有引力を発見したとき、アルキメデスがお風呂に入っていて比重を思いついたときです。

その発見のためには、それに関する「問題意識」を持っていることと、そこにたどりつくまでの「基礎知識」が必要です。量子力学の世界は、私たち素人では基礎知識がなく、どんなセレンディピティ(幸運な偶然を手に入れる力)に恵まれても、発見はないでしょう。
しかし、試験や試験勉強のように、その問題を前に紙と鉛筆を持って考え込んでいるのではなく、ぼんやりと考えている時にひらめくのです。なぜでしょうかね。参考「直観サバンナ

少し脱線しますが、「探しものを見つける」場合にも、集中して探す場合と、ぼんやりと探す場合があります。
本屋を考えてください。書名が分かっている本を探す場合、ある分野の棚で良さそうな本を探す場合のほかに、何か面白そうな本はないかと棚を見渡す場合です。3番目の場合は特に主題を決めていないのですが、ぴんとくる本に出会うことがあります。これも、頭の中にぼんやりと関心事項があって、それにはまるのでしょうね。
ぼんやりとでも、アンテナを張っていると、引っかかるものがあるのでしょう。