カテゴリーアーカイブ:生き様

ワープロソフト「一太郎」

2023年11月25日   岡本全勝

私は日本語ワードプロセッサは、「一太郎」を使っています。市場では圧倒的に、「ワード」が売れているようですが。なんと言っても、日本語で文章を書く際の使い勝手が違います。その日本語入力システム「ATOK」は、単体でも売れているのだそうです。日経BizGate10月12日「日本語入力の先駆者で独走者「ATOK」強さの理由

・・・誰もがパソコンを日本語で扱える、現在のような仕組みをつくるうえで、最大級の貢献を果たした企業の1つがジャストシステムだ。ワープロソフト「一太郎」、その心臓部といえる日本語入力システム「ATOK(エイトック)」は国産ソフトウエアの宝物。ATOKは今や空気のように当たり前の存在として多くの電子機器やサービスに溶け込んでいる。

首都圏に偏りがちだったIT(情報技術)ベンチャーの時代にあって、徳島市での創業は伝説的だ。同社が異色だったのは、創業の地だけではない。日本語入力という、必須の領域で独創性を示した。当初は日本語でじかに文字を打ち込めず、プログラマーに閉じた「箱」だったコンピューター。日本人が考えるままに文字を打てるようになったのは、同社のおかげと言っても大きな間違いではないだろう。

パソコンのハード性能がまだ高くない頃から日本語入力に取り組み始めた。浮川和宣・初子夫妻が1979年に創業し、85年に一太郎の前身ソフトを発売した。パソコンOS(基本ソフト)の「ウィンドウズ95」が登場し、パソコンが一気に普及し始めるのは10年後の95年。つまり、ジャストシステムは日本にパソコンが根付く前から日本語入力の下地を整え始めていたことになる。

89年にはATOKを単体製品として売り出した。一太郎以外のソフトでもATOKの日本語変換機能を使えるようになり、格段に入力が楽になった。多くのユーザーが日本語入力ソフトの役割を意識するようになったのはこの時期からだろう。「黒子」のような存在だった日本語入力システムが表に出た格好だ。

ATOKのなめらかな変換は文章をつづる際のストレスを減らし、効率を高めた。ビジネス文書が手書きから打ち文字に切り替わるにあたって、その貢献は絶大だった。2023年2月の大規模バージョンアップでは入力傾向に応じて変換をパーソナライズし、使い込むほどに変換精度が高まる機能を盛り込んだ。「開発当初から打ち間違いの補正や、推論、学習などのテクノロジーを注ぎ込んで変換効率を高め続けてきた。ATOKの歴史はバージョンアップの積み重ね」と、同社ソリューションストラテジー事業部 企画開発グループ 國貞暁セクションリーダーは軌跡を振り返る。

今日に至るATOKへの高い評価は、変換効率の良さによるところが大きい。当時はワープロソフト「松」を開発した管理工学研究所や、日本語入力ソフト「MS-IME」をウィンドウズOSに付属させた日本マイクロソフトなどとの競合関係があった。とりわけ、MS-IMEはOS付属なので追加費用が無料で手ごわい存在となった。しかし、競合ソフトの出現後もATOKはユーザー層を失うことなく支持を得ている。有償ソフトを購入してでもユーザーが使い続けた最大の理由は違いが実感できる変換効率の高さだろう。

ATOKの変換効率を支えてきたのは、ソフトを鍛え直し続ける社内の仕組みだ。1992年に発足した「ATOK監修委員会」は象徴的な取り組み。文筆家や国語学者、言語学者、教育者などを集めた有識者の集まりで、初期の座長は膨大な書籍を集めたことでも有名な紀田順一郎氏が務めた。書誌研究者でもある紀田氏は当時の日本語入力ソフトへの不満をしばしば発言していたが、そうした当時の機能やありようへの批判から目をそむけず、むしろ進んで議論の場を用意した「カイゼン」がATOKの足腰を強くした・・・

ネクタイの補修

2023年11月23日   岡本全勝

気に入ったネクタイはよく使うので、痛んできます。まず、大剣の3つの角がすり切れてきます。これは、補修(少し内に折りこむこと)で隠れます。
もう一つは、結び目が顎の脂で汚れてきます。クリーニングに出すのですが、何度か洗うと生地が傷みます。目につくところなので、どうしようもありません。いよいよあきらめて捨てれば良いのですが、思い入れがあって。

修理をやってくれていた近所のクリーニング屋がなくなって、やってくれる店を探しました。孫と散歩に行く途中にあることを発見し、現物を持って相談にいきました。
結び目の傷みは、全体の長さを縮めることで、正面に来なくなって見えなくなります。なるほど。ヨーロッパ製のネクタイは長くて困ることがあるのですが、このようなときは都合が良いです。多くのネクタイは、途中で生地を継いであります。そこを切って縮めるのだそうです。
できあがったネクタイを締めると、問題なかったです。

共に苦労した人、福島

2023年11月19日   岡本全勝

昨日18日から、福島県双葉町と大熊町に行ってきました。原発災害からの復興で、苦労をかけた町長さんとの懇談会です。数年前に退職なさって、慰労会をすることになっていたのですが、コロナ拡大もあり延期していました。今回、別の町長さんと一緒に、実行することになりました。元町長の慰労会なのに、おうちに呼んでもらい、奥さまの手料理です。我ながら、厚かましい奴です。

いくつも難しい判断をしていただきました。住民の間に意見の対立がある中で、方向を出さなければならなかったのです。
例えば中間貯蔵施設の設置の受け入れです。県内各地で除染のため、はぎ取った土や解体した家屋を、ひとまず合成樹脂の大きな袋に入れました。県内各地に、それらの袋が積み上がりました。そのままでは、各地の復興に支障を生じます。それを1か所に集めて保管しようとしたのです。搬出される各地はうれしいことですが、受け入れる地域はさらに負担が増えます。加害者の国が被害者の町にお願いする交渉です。
あのときの町長たちの決断がなければ、福島の復興は大きく遅れたでしょう。時間が経って、多くの方はそれを覚えていませんし、知らない人も多いです。

いろんな局面で、相談に乗りました。お二人からは、「あのとき、全勝さんは、ああ言った」とか「厳しいことも言われた」という話が出てきました。私が覚えていないこともありました。信頼関係ができていた(と私は思っていました)ので、本音の議論をしたのです。
時には町長に、厳しいことも言ったようです。でも、実現できないような約束をする方が、あとで困ったことになります。その先の交渉を進める、住民を納得させるためには、役に立ったようです。国側の職員なのに、地元の立場で考える。自治省での地方勤務の経験が役に立ちました。

奥様方を含め皆さんお元気で、うれしかったです。
行きと帰りの常磐線から見える景色は、大きく変わりました。しかし、双葉町と大熊町の復興は、始まったばかりです。まだ、帰還できない地域もあります。事故を引き起こした東電と政府が、これからも責任を持って復興を進めなければなりません。

小学校同窓生の現在

2023年11月18日   岡本全勝

10月に参加した「小学校の同窓会」。
もらった名簿を見ると、男子23人、亡くなった人を除くと19人の内、13人が村内に居住しています。結構多くの友人が残っているのです。
女子は20人、亡くなった人を除くと17人の内、4人が村内に居住しています。多くは姓も変わり、村外に出たようです。

阪急ブレーブスの意地

2023年11月8日   岡本全勝

阪神タイガース日本一、おめでとう。私は楽天ゴールデンイーグルスのファンですが、セリーグではタイガースです。関西人ですから。38年前の優勝の時は、私は30歳でした。鮮明に覚えています。次回の優勝はいつかな。38年後だと、106歳か。無理やなあ。イーグルスも、次の優勝はいつかなあ。

11月7日の朝日新聞に、「阪神V、阪急はセールしません 同じグループだけど、社長「ブランド大切」」が載っていました。
・・・プロ野球阪神タイガースが38年ぶりの日本一をつかみ、6日、関西の小売店などで記念セールが始まった。阪神百貨店は福袋やロゴ入り商品を求める客で大盛況だったが、同じグループの阪急百貨店は通常営業だった。なぜなのか。
球団は阪神電鉄の完全子会社で、阪急阪神ホールディングス(HD)から見れば孫会社にあたる。また、阪急電鉄はかつて、オリックスの前身となる阪急ブレーブスを保有していた。阪急阪神HDと、阪急阪神百貨店を持つエイチ・ツー・オー(H2O)リテイリングは、阪急阪神東宝グループを構成する「仲間」だ。
ただ、阪急百貨店は18年ぶりだったリーグ優勝時と同様、静観を決め込んだ。
「会社は一つだが屋号は二つ。それぞれ違うタイプの商売をしている」。H2Oの荒木直也社長は2日、質問にこう答えた。富裕層の顧客を多く抱える「高級感・ゴージャス」の阪急と、デパ地下が自慢の「庶民的・親しみやすさ」の阪神では客層が異なる・・・

阪急と阪神が合併したときは驚きました。顧客も違えば社風も違うでしょうに。
友人によると、阪神電鉄と阪急電車は連絡線を使うと、相互乗り入れができるそうです。勝った方が、相手の線路を使って大阪梅田まで電車を走らせるという痛快な小説があるそうです。近鉄電車は阪神電車と相互乗り入れしているのですよね。

追記
友人から連絡が来ました。かんべむさし「決戦日本シリーズ」だそうです。