なんと今年は、今日12月24日に、年賀状を書き終え、投函しました。去年は12月27日に、おととしは28日に投函して、「快挙だ」と自慢していたのです。多分、役人になってから、こんなに早く出したのは、初めてのことでしょう。毎年、仕事が忙しくて、冬休みに入ってからせっせと書いていましたから。退職しただけのことはあります(苦笑)。
もう一つの理由は、枚数を減らしたことです。千枚以上書いていた頃に比べると、半減です。すみません、たくさんもらっていながら、返事を出さずに。
一枚一枚、表書きと添え書きを書きました。顔を浮かべつつ。いつものように、使い慣れた万年筆でです。
友人は別として、若い時にお世話になった人たちとは、40年近い賀状の交換です。ありがとうございます。これが、私の財産ですね。もっとも、親しいのに、賀状は出さない人もいて。
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絹谷幸二先生、天空美術館
けん玉の歴史
けん玉って、ご存じですよね。木製の玩具で、紐のついた球を、盃の形で受けたり、剣先で突き刺す遊びです。私は高校生の時に、友人としばし熱中しました(笑い)。子どもの遊びと馬鹿にしていたのですが、最初はなかなか受けることができませんでした。球を回転させて安定させたり、球を動かさず素早く盃の方を動かして受け止めたり、工夫をしたものです。おかげで、世界一周は難しいですが、基本形はこなすことができます。
日経新聞12月17日の夕刊に、尾崎織女・日本玩具博物館学芸員が、「モノごころヒト語り」の欄で、けん玉を取り上げておられます。読んでいただくとわかりますが、驚きです。起源は中国か、アラスカか、アメリカ先住民か、定説はないのですが、16世紀のフランスで流行し、それがヨーロッパに広がったとのこと。そして、19世紀後半に、日本に入ってきたのだそうです。
へ~、古くからある日本の子どものおもちゃだと、思っていました。明治時代には、文部省の教科書にも載り、集中力や器用さを育てる教具になったのです。ただし、軸の左右に大皿と小皿、底に中皿、てっぺんに剣先という形は、1918年に広島で考案されたとのこと。
知らないことが、たくさんありますね。
年末恒例の苦行
もう12月も18日。年末恒例の年賀状書きの時期です。今年も裏面の印刷は11月にすませ、今年いただいた年賀状の整理も済ませたのですが。表書きの着手は、先週からになってしまいました。毎日何かと忙しく、原稿も締めきりが追いかけてくるのです。
現役を退いたので、これを機に、枚数を減らそうと試みています。とはいえ、若い日にお世話になった方々の顔を思い浮かべると、なかなかそうもいかず。他方で、「あの方も、お亡くなりになったなあ」と、さみしくなります。
年に一度のペン習字の時間だと、自分に言い聞かせて、1枚ずつ書いています。千里の道も一歩から・・・。毎年、同じことを言っています。
11月も20日です。
今日は11月20日。日が経つのは早いですね。今年も、あと1か月余りです。
ここのところ被災地視察が続き、講演会もあって、事務所にいる時間が少なく。とはいえ、携帯電話のおかげで、どこにいても仕事が追いかけてくるし・・。業務の合間に、次の講演会の資料を間に合わせました。
原稿も、ホイホイと引き受けたのが、いくつかたまっています。連載も、次の締めきりが迫っていて。平日夜に時間がとれれば良いのですが、そちらも毎晩に意見交換会を入れるので。この週末も、原稿書きにかかり切りでした。晩酌をした後も、机に向かっています。ゆっくりと好きな本を読みたいのですが。なぜか「因果な商売」です。
いつも、「次々と予定を入れる秘書が悪い」と笑っているのですが、原因はすべて私にあります(苦笑)。来年の年賀状も印刷したのですが、表書きと添え書きは、当分先送りですわ。私の人生は、仕事の他に、原稿の締めきりに追われ続ける日のようです。「締めきりがない」という日が、来ないかなあ・・。