カテゴリーアーカイブ:仕事の仕方

平時、緊急時、変革期で異なるリーダーの役割

2020年11月16日   岡本全勝

11月12日の日経新聞夕刊「私のリーダー論」は、数原英一郎・三菱鉛筆 会長の「平時・緊急・変革期で臨機応変」でした。
「三菱鉛筆の数原英一郎会長は1987年に社長に就任した。長年トップを続ける中でリーダーの役割は「平時」「緊急時」「変革期」で変化すると考え、状況に応じて使い分けてきたという」

――緊急時と変革期の違いは何でしょうか。
「緊急時は火事のようなもので、今何が起きているのか誰でも分かります。火が出ているのが一目瞭然ですから。社長だったとき、バブル崩壊とリーマン・ショック、そして東日本大震災と3回の危機に直面しました。特に短期間で大きな影響が出たのはリーマン・ショックでした」
「我が社でも物の動きがすっかり止まりました。日本中が慌てたし、我が社も慌てました。そうした危機の時は色々な意見があるかもしれないけど、会社がまとまることが重要だと思います。強いリーダーシップを取る必要がありますね」
「一方で変革期は世の中のパラダイムシフトが起きているけれども、その影響がすぐには分からない状況です。例えばベルリンの壁が崩れたときも、その場ではすぐにどういう影響が出るのか分かりませんでした」
「新しい市場が新興国にできるとか、そうした国が競合になるとか、そういう変化は何年もかけて試行錯誤するうちに、後から分かってくるのです」

――どのようなパラダイムシフトがありましたか。
「3回経験があります。グローバル化と円高、デフレです。バブル崩壊前まではインフレ気味だったのが、デフレに変わって文具の流通も変わりました。国内の文具店は多いときで3万店程度はありましたが、今は4分の1くらいまで減ってしまいました。そのような環境変化に対してどうするか、リーダーが考えて方向性を出すべきです」

お詫びと筋肉の関係

2020年11月11日   岡本全勝

先日、霞が関時代の知人と、回顧談をしていました。彼も現役時代、何度も頭を下げる仕事をしていました。お互い、お詫びの多さの自慢です(笑えない話です)。

彼はあるとき、ぎっくり腰のように身体の筋肉が固まり、痛くてたまらなくなったことがあるそうです。整体(カイロプラクティック)に行ったら、太ももの後ろの筋肉が大きくなっていると指摘されました。
整体師が、「あなた、しょっちゅう頭を下げていませんか?」と質問したそうです。それが原因で、太ももの後ろの筋肉が大きくなり、そして身体の筋肉の平衡が崩れて体が固まったそうです。

私も頭を下げまくりましたが、筋肉痛にはなりませんでした。考えられる理由は、次の2つのうちどちらかです。
1 彼の方が、私より多く頭を下げた。
2 私の方が多かったけれど、私は熟達していた(彼は、まだ未熟だった)。
(もう一つの説は、私の筋肉は喜んで動いたが、彼の筋肉は嫌々動いた。)

ただし近年、太ももの後ろの肉が、目に見えて落ちてきました。加齢によるものと考えていましたが、頭を下げる機会が減っていることも、要因かもしれません。

新しい時代の社長の働き方

2020年10月30日   岡本全勝

コロナウイルスの感染拡大で、在宅勤務が進められています。企業の幹部もその例外ではありません。それどころか、部下に示すために、率先して取り組んでおられるようです。
10月27日の日経新聞、テレワークできてますか(6)「対面重視 社長もやめた 工夫次第で会社は回る 現場を信頼、権限委譲」に、西井・味の素社長、小路・アサヒホールディングス社長、原・MS&ADホールディングス社長の1日が、日誌形式で載っていました。

これは、勉強になります。もちろん、公務員と社員の違い、平職員と社長の違いは大きいです。でも、日本を代表する会社の社長が、一日をどのように使っているのかを知ることは、参考になります。
とんでもなく責任があり、とんでもなく忙しい社長、しかも世界で事業を展開しています。その方々が、どのように効率的に時間を使っているか。この記事だけではわかりませんが、それは、仕事の処理の仕方であり、部下の使い方です。

気持ちよく頭を下げる

2020年10月29日   岡本全勝

このホームページでは、お詫びの仕方も指南しています。ところで、頭は、お詫びのときだけに、下げるものではありません。お願いする際にも「よろしくお願いします」と、お礼の際にも「ありがとうございます」と言って頭を下げます。

お願いは、簡単なものから難しいお願いまであり、こちらの緊張度合もさまざまです。でも、お礼の際には、気持ちよく頭を下げることができます。

参考、拙著『明るい公務員講座』194ページ「頭は下げるもの、口はお礼を言うもの」

時代と時機を読むことの重要性

2020年10月25日   岡本全勝

日経新聞私の履歴書、10月は小野寺正・元KDDI社長です。巨大独占企業であった電電公社から第二電電(DDI)に転職し、KDDIに育てた方です。特に、23日「破談 非常識な要求に合併白紙 KDDのプライドがあだに」、24日「IDOと連携 携帯通信エリア 全国に わだかまり超えドコモに対抗」、25日「3社合併成立 KDDと予想外の再交渉 時機読むことの重要性を痛感」が勉強になります。

1980年代の通信事業の自由化によって、新しくできた新電電各社が競争します。その中で、DDIは最も弱小でした。国際通信を独占していた国際電電系のKDDとの合併交渉が、すんでの所で破談になります。その理由がとても興味深いです。原文をお読みください。
次に、トヨタを親に持つIDOと合併の交渉に入ります。この2社は競争相手ですが、NTTドコモとの競争上、そんなことを言っておられなくなります。
・・・最後にこの再編を促した陰の主役にも触れておきたい。NTTドコモの初代社長の大星公二さんだ。電電公社の出身でありながら、外部の人材をうまく起用し、「iモード」を生み出した人物。私も個人的に敬愛する人だが、ビジネスの勘が鋭く、相手方に大星さんのような知恵者がいる以上、DDI・IDO陣営も統合を急ぎ、ドコモと互角に戦える基盤を早急につくる必要があった・・・
合併当事者でなく、双方の競争相手の強敵を意識して、仕事をされたのです。

そして、一度は破談になったKDDとの合併が進みます。一度目はKDDが強く、DDIはいくつも譲歩をします。ところが、二度目の合併交渉では、力関係が逆転していました。
このような劇的な話を読むと、常に思うのですが。失敗した側の人の話を聞いてみたいです。難しいでしょうが。