カテゴリーアーカイブ:行政

大阪市の放置自転車・路上喫煙対策

2026年5月14日   岡本全勝

4月25日の日経新聞夕刊に「万博が育むクリーンな大阪 放置自転車・路上喫煙が3割減少」が載っていました。

・・・かつて雑然と街中に自転車が放置され、路上で喫煙する人の姿も珍しくなかった大阪が変わり始めた。契機となったのは2025年の大阪・関西万博。世界を代表するクリーン都市を目指し規制強化に乗り出した官民の取り組みは徐々に実を結びつつあり、開催前後の比較では放置自転車と路上喫煙がいずれも3割減少した・・・

放置自転車については、繁華街での夜間で即時撤去を進めた結果、3割減りました。路上喫煙については、違反した場合の過料を1000円に設定しました。自然体の路上喫煙率が3割低下し、0.15%になったそうです。

ただし、過料の徴収はどの程度行われているのでしょうか。条例で罰則を定めても、実行が伴わないと、無視されてしまいます。
我が家の周辺も路上喫煙禁止区域なのですが(路面に表示があります)、毎日、たばこの吸い殻が捨ててあります。違反を摘発している場面も、見たことがありません。自転車の違反には青切符が着られるようになったとのことです。すると、効き目があるでしょうね。

利上げ臆病な日本

2026年5月11日   岡本全勝

4月20日の朝日新聞オピニオン欄、原真人・編集委員の「長引く戦争と経済危機 利上げ臆病な日本、持続可能な財政を」から。詳しくは記事を読んでいただくとして。
・・・持続可能な財政の大前提として、世界では税や社会保険料などの「国民負担」と、年金や医療、介護や子育てへの「社会保障給付」の水準のバランスをとろうと努めている。例えばフランスのように「高福祉高負担」の国もあれば、米国のような「低福祉低負担」の国もある。
日本はと言えば、社会保障を一定レベルに保ちつつ国民負担を低く抑える「中福祉低負担」路線を続けてきた。そんな都合が良すぎる政策を永遠に続けられる「魔法の杖」は存在しない。迫り来る世界的な危機の嵐を、この無責任な財政のままで乗り切れるはずがないと肝に銘じるべきだろう・・・

・・・巨大地震や感染症のパンデミックなど重大危機はいつでも起きうる。「Xデー」が来れば想定外の巨大支出を迫られるかもしれない。もし財政余力が乏しいままでその時を迎えたら、政府は十分に機能を果たせず、最も弱い立場の人々の生命や生活を守ることさえできなくなる恐れもある。
何より深刻なのは、将来の危機が懸念されているのに政権や与野党が手をこまねいていることだ。財政再建は有権者に不人気なテーマだが、国政に携わる者なら必ず挑まねばならない課題である。

先日、政府の経済財政諮問会議が世界的に著名な米国の経済学者2人を招いた。会議は高市政権が掲げる「責任ある積極財政」を理論的に支える立場で、メンバーに積極財政と金融緩和を志向する「リフレ派」が陣取っている。会議事務局は当初、高市政権が描いている路線に著名学者たちのお墨付きを得ようともくろんでいたようだ。国債の追加発行も辞さず、危機管理投資を増やし、経済成長によって税収を増やす。そんな「お手盛り」構想である。
ところが2人の学者が発したのは甘い構想への苦い忠告だった。
ブランシャール・マサチューセッツ工科大名誉教授は「危機管理投資は重要だが明確な財政的収益が見込めない。成長を押し上げるかもしれないし、そうでないかもしれない。それだけを根拠に国債を財源とすることを正当化できない」とクギを刺した。
ロゴフ・ハーバード大教授は政権への注文を聞かれ、「制度面で一つだけ選ぶとすれば中央銀行の独立性が尊重されること」と述べた。日銀に超金融緩和を継続させようと圧力をかけてきたリフレ派にとっては耳が痛い指摘だ。
泰斗たちの提言を待つまでもなく、財政をまともな水準に回復させることは今の日本にとって最大の、そして最低限の課題である・・・
参考「消費税ゼロ、経営者「反対」66%」

官僚のやりがいをなくす要素

2026年5月8日   岡本全勝

近年、官僚のやりがいが小さくなったと聞きます。現役幹部に聞くと、その一つが、新しい政策への挑戦がなくなったことだそうです。そうですね、官僚を志す人たちは、決められたことを処理するのではなく、新しいこと、社会の課題と取り組むことを望んで、この職業を選んだ人が多いでしょう。「定例と企画、異なる仕事」

ところが、新しい政策に取り組む機会が減ったようです。私が考えるその理由は、次の通り。
1 日本が成熟社会になって、一通りの行政サービスをそろえたこと。
とはいえ、次々と新しい課題は生まれています。
2 予算要求枠の制限(概算要求基準、シーリング)が厳しく、新しい政策を考えることが難しいこと。
多くの場合、前年同額または前年度以下です(物価上昇分を加味することもあり)。新しい政策を要求するには、既存予算を削減しなければなりません。しかし、30年以上続くシーリングで、削減できそうな予算は、もはやありません。
3 仕事が忙しく、新しい政策を考える余裕がないこと。職員数は削減されたのに(近年は少し増えています)、仕事の量が増えていること。

2と3は、行政改革を長年続けた代償です。官も民も縮小思考になり、発展がなくなりました。

官僚は国家を考えることができるか

2026年5月5日   岡本全勝

連載「公共を創る」第253回「政府の役割の再定義ー官僚に仕事をさせるために」(3月26日号)で、各省各局の分担管理に収まらない新しい課題をどのように官僚機構が取り上げるのか、全体を見る仕組みが必要であることを主張しました。
しかし、ここに一つ難しい問題があります。明治から昭和後期まで、官僚が存分に力を発揮し、日本の発展に貢献しました。それは分担管理原則に沿って、各官僚と各局が所管行政を整備拡充したからです。発展期には、部分最適が全体最適になりました。もちろん、すべての部門が同じように拡大したのではなく、濃淡はありました。

ところが発展期が終わると、限られた資源(予算や人材)を配分するのに優先順位をつけなければなりません。部門によっては、縮小や廃止もあります。これは、分担管理原則ではできないことです。そこで、これまでに取られた手法は、一律削減です。
また、これまでにない分野に仕事を広げなければならないこともあります。それが「楽しいこと」ならよいのですが、「嫌なこと」「難しいこと」なら、既存組織は手を出しません。また、それらにつぎ込む資源を生み出すために、既存予算を削減することにも抵抗します。

全体を見渡して、優先順位をつけること。そのような部門をつくり、役割を与えれば、官僚は案を作ることはできます。しかし、民主主義では、その決定は官僚にはできないことで、政治家の仕事です。他方で、政治家は各種の利益団体を代表しています。ここにも、難しさがあります。
部分ではなく、全体を考える官僚をどのように育てるか。そのような組織と仕組みをどのようにして組み込むか。それが課題です。

同じことは、会社員にも言えます。それぞれが、自分の部門の業績拡大を考えていると、拡大期にはよいのですが、選択と集中をしなければならないときには、縮小の判断ができません。「新・官僚の類型」

熊本地震、県総務部長の回顧

2026年5月4日   岡本全勝

4月14日の朝日新聞夕刊、木村敬・熊本県知事の「熊本地震10年、「次」への伝言は」から。
・・・関連死を含め278人が犠牲になった熊本地震は、14日で前震から10年を迎えた。熊本県の木村敬知事は県総務部長だった発生時から震災対応に携わり、「熊本地震がなければ私は今ここ(知事職)にいない」と語る・・・

・・・発生の前日に出向元の総務省に戻る辞令が発表され、大西一史・熊本市長に夫婦で招かれた送別会の最中に大きな揺れに見舞われた。県庁に戻って国の省庁からの電話応対や被災市町村への被害確認、応援の人選などにあたった。
余震で建物に危険を感じて屋外に出ていた避難者がテレビニュースに映ると、旧知の官僚たちから「政権幹部が問題視している」と電話が来た。翌15日には松本文明・内閣府副大臣(当時)が県庁に来て、屋内に避難させるようにと言ったため、理由を話し「現場の気持ちが分かっていない」と反発した・・・

・・・総務省への帰任を延ばし、国の現地対策本部員として5月末まで国と県・市町村との連絡調整役を担った。国には「熊本県の出身者ではなく、県に最近出向した経験のある官僚をよこしてほしい」と要望した。「出身者は高校を出るまでの熊本しか知らない。出向経験者は今の事情に精通して人脈もある」。局長級から若手官僚まで多数派遣された。
国は、現地が要望する前から救援物資を送り込む「プッシュ型支援」をしたが、輸送ルートをよく考えなかったらしく最初はなかなか届かなかった。当時強い力を持っていた安倍晋三政権への「ご機嫌取り」で、ただ送っただけのように感じた。
熊本でもニーズの把握や備蓄する場所、管理態勢などが整っておらず混乱した。派遣された官僚らが動き、各避難所でタブレットに打ち込んで共有できるようにしてくれた・・・