カテゴリーアーカイブ:著作

発言が載りました。復興庁発足10年の評価

2022年2月24日   岡本全勝

地方紙に、私の発言が載りました。例えば、河北新報2月10日「復興庁発足10年「橋渡し役」被災地評価」、2月19日東京新聞。共同通信社の配信記事です。
記事は復興庁発足10年の評価についてです。そこに、町の復旧に巨大な事業をしたのに空き地が目立つと指摘して、次のような文章があります。
・・・15~16年に復興庁事務次官を務めた岡本全勝さんは「震災前から進んでいた人口減少を踏まえずに復旧したことで、無駄を生んでしまった」と悔やんだ・・・

この経緯や原因について詳しく話したのですが、記事ではこのような表現になりました。空き地もこれから活用されれば、無駄ではないのですが。人口が戻らないと、過大な復旧になる場所もあります。
この原因については、「復興政策、終わってからの教訓」「復興事業の教訓、過大な防潮堤批判」をご覧ください。参考「復興10年関連記事の目次

連載「公共を創る」109回

2022年2月18日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第109回「倫理や慣習への介入」が、発行されました。
前回から、政府の役割として「この国のかたちの設定」を説明しています。今回は、差別禁止の次に、倫理や慣習への介入を取り上げます。

社会倫理を定める例として、生命倫理(何を持って死とするか、尊厳死を認めるか)、風俗の罪(わいせつや賭博)を挙げます。他方で、憲法が定めていながら、政府が積極的に行動していないこととして、第27条第1項の労働の義務があります。
これらが突然出てくることに、皆さん違和感を持つでしょう。ふだん社会倫理は議論されず、議論する仕組みがないのです。

政府の社会慣習への介入例として、公共の場での喫煙禁止、夏の軽装(クールビズ)があります。電車の駅での整列乗車やエスカレーターの片側空けは、政府でなく会社が呼びかけたものです。エスカレーターの作法は、現在では2列で立ち止まって乗るように誘導されています。

連載「公共を創る」108回

2022年2月12日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第108回「「国のかたち」の設定─平等と倫理」が、発行されました。
前回から、政府による社会(狭義)への介入を説明しています。公共秩序の形成、国民生活の向上の次に、「この国のかたちの設定」をとりあげます。

それは、倫理、慣習、国民の共通意識(社会意識)などへの関与です。これらを政府の役割として取り上げると、疑問を持つ人もいるでしょう。「内心には、国家は関与すべきではない」「慣習は、社会で自然とできるものだ」とです。
日本国憲法は、この国の基本を定めた法律です。そこでは、統治機構と人権について定めています。人権の規定は、基本的人権の尊重、幸福追求権、法の下の平等など、「社会の善悪」を規定しています。社会倫理の基本を定めているのです。

政府が行う「この国のかたち」の設定について、倫理、慣習、社会意識の順に検討します。今回は、平等、差別の禁止について考えます。憲法が法の下の平等を定めただけでは、平等は実現しません。その事例を取り上げます。

連載「公共を創る」執筆状況報告

2022年2月9日   岡本全勝

恒例の、連載「公共を創る 新たな行政の役割」の執筆状況報告です。
「2社会と政府(2)政府の社会への介入」のその2を書き上げ、右筆に手を入れてもらって、編集長に提出しました。その1は経済への介入で、12月半ばに提出しました。
その2は、社会(コミュニティ)への介入です。一気に書き上げることができず、まず3回分を提出し、これが2月掲載分になりました。ようやく残りを書き上げて提出すると3回分になり、これが3月掲載分になります。

現在書いている部分も内容が広く、参考となる書物がないので、苦労しています。締めきりに追われて、考えていることを文章にするので精一杯です。文章としては未熟です。それを、右筆が完成させてくれます。ありがたいことです。

連載「公共を創る」107回

2022年2月4日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第107回「政府とコミュニティーの関係」が、発行されました。
前回まで、政府による経済への介入を説明しました。今回からは、社会(狭義)への介入を説明します。19世紀に支配的だった近代市民社会の理論では、市場との関係と同様に、社会への政府による介入も最低限にするべきと考えられました。しかし実際には、政府はさまざまな介入をして、役割を広げてきました。

まず、公共秩序の形成と維持があります。民法が、日常生活に必須の財産関係と家族関係を規定しています。関係者間に合意があれば問題はありませんが、もめ事が起きた際の基準を決めておくのです。また、国民の安全を守り、生活の向上を目指すことは、国家の主要な役割です。
これらは、多くの人たちが政府の役割として納得するでしょうが、次に示す項目は政治学や行政学の教科書では詳しくは取り上げられません。
それは、倫理、慣習、国民の共通意識(社会意識)などへの関与です。ここでは、それらを包括して「この国のかたちの設定」と表現しましょう。

倫理は善悪の判断です。それは個人の内心の問題だから、国家は関与すべきでないという意見もあります。慣習は社会で自然とできるもの、社会意識も国民の間で共有されているものなので、政府が関与するものではないという考えもあります。
しかし、政府は、これらにも関与せざるを得ません。また、「公共を創る」という本稿の趣旨からは、これらも私たちが安心して暮らしていく上で重要な要素です。そのような主張から、これまでも「この国のかたち」について、いろんな場面で取り上げてきました。というか、「これまでの行政学や公共政策学が対象としている範囲が狭い」というのが、この連載のもう一つの趣旨なのです。