3月14日の朝日新聞オピニオン欄「がんばれソニー」、ピーター・バラカンさん(ラジオのディスクジョッキー)の発言から。
・・ソニーの衰退を決定的に示しているのが、インターネットの時代に、素早く対応できなかったことだと思います。アップルのスティーブ・ジョブズが、携帯デジタルプレーヤー「iPod」とネット音楽配信事業「iTunes」で、ネット時代の音楽の聴き方を提示して見せた。ソニーのウォークマンの市場を一気に奪いました。
一方、ソニーは90年代に発表したミニディスク(MD)の普及に成功しました。メディアの技術革新は進んだが、ネットへの対応がうまくいきませんでした・・自社で開発したMDを否定したくない、と思っていたのかもしれません・・
ネットと消費者指向への遅れは、日本の製造業に共通した病気です。「日本はものづくりに秀でている」という過信が招いたのではないかと思います。私の母国、英国は50~60年代に植民地が次々に独立し、70~80年代に大きく落ち込みました。ただの小さな島国になってしまったのに、まだ実力があると勘違いして没落しました。日本の製造業の現状が、かつての英国の姿に重なります・・
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日本的経営の強み
先日22日の「弱み」に対して、今日は、日本的経営の「強み」を。3月19日の読売新聞「一家言」、小池和男法政大学名誉教授の発言から。
・・日本の貿易収支が赤字となり、「ものづくり大国」の将来に不安が持たれているが、私はそれほど心配していない。
高賃金の先進国の企業が海外に工場を移していくのは自然な流れで、イギリスなどの欧米企業は、海外直接投資を増やし、海外に工場を建設したりサービスを展開したりして、そこで稼いだお金を国内に環流している。日本も海外での稼ぎを国内に持ち込み、国内経済を支えていくしかない・・
工場が海外移転しても、現地に技能を伝える日本人は必要になるから、全ての工場や店舗が海外に移ることにはならない。むしろ外国人を指導できる日本人人材の需要は、これからますます増すだろう。
問題は日本企業が海外で他国企業に勝てるかどうかだが、日本企業には強みがある。「職場の中堅層」を生かす現場が、海外工場でも実現していることだ。日本企業には、非エリートの「庶民」からなる職場の中堅層が積極的に発言し、生産工程を改善したり、商品の形状を変更したりして、高品質を作り出していく伝統がある・・欧米企業は、日本企業ほど現地の「庶民」を活用できていない。
ただし、「発言できる」だけの技能のある中堅層を育てるには、長い時間が要る・・グローバル化が進んでも、現在の金融資本主義のように短期的収益に振り回されるのではなく、産業やサービスの長期低な発展を重視する経済社会の構築が求められる・・
日本的経営の弱み
3月19日の日経新聞グローバルオピニオン、アメリカ・マサチューセッツ工科大学のマイケル・クスマノ教授の主張から。
・・企業も国家も、数十年にわたってトップで居続けることはできない。こうした循環論に従えば、国際競争で日本企業の優位が薄れているのは当然ともいえる。
日本が復活を果たすには、自らを再定義し、新たな市場を作り出すしかない。しかし、一企業の努力だけでは限界がある。産官学が一体となって取り組むことが必要だ。
日本企業が今でも競争力を保っているのは、収益性が高いとはいえない部品産業などだ・・
世界を見渡して、苦境にあるのは日本企業だけではない。欧州では、スマートフォン(高機能携帯電話)で出遅れたノキアの株価が急落。電機の独シーメンスもかつての勢いはない。巨大な内需の恩恵を受けている中国企業も、技術革新の面では立ち遅れている。
ただ日本企業には、固有の課題がある。一つは「古い世代」が会社を支配する構造だ。コンセンサス重視の経営のもと、若い世代に与えられる権限は極めて限られている。どの世界でも、急成長を遂げる企業は、企業家も経営幹部も若い。インテルやマイクロソフトのような会社も若い社員が力を持ち、新事業に果敢に挑戦してきた。日本の経営者は、業績が悪化した局面などでは速やかに経営責任を取り、新たな人材にバトンタッチすべきではないか・・
いつものように、私の関心あるところだけ引用したので、詳しくは原文をお読みください。
近過去・昭和時代
読売新聞が毎週土曜日に連載していた「昭和時代、第1部、30年代」が、17日で終了しました。
私が生まれたのが、昭和30年です。東京オリンピックが昭和39年、私は小学校4年生でした。奈良盆地の南端にある村では、農村の暮らしが続いていました。
それから、半世紀が経っています。日本は高度成長を経験し、その後、オイルショック、低成長、バブルと崩壊、失われた20年が過ぎました。多くの人が懐かしく思い出すのでしょうが、時計を逆に戻すことはできず、またあの頃の貧しさや不便さに戻りたい人は、いないでしょう。
この半世紀に、日本社会がどれだけのことを達成したか。それを伝えたくて『新地方自治入門』の第1章で、「地方自治50年が達成したもの」を書きました。
私たち世代にとっては、この連載の内容は珍しいことではなく、毎日の生活でした。私たちにとっては「ついこの間のこと」only yesterdayですが、平成生まれの若者には「遙かな昔」なのでしょうね。近過去のことは、学校の歴史の授業では教えてもらえず、適当な書物もありません。また親父たちが経験したことは、書物では十分に伝えることはできません。私が、私の両親が体験した戦前・戦中・戦後を知らないように。
このような連載は、熟年世代が思い出すこと以上に、若者に知ってもらうために良いことですね。日経新聞も夕刊で、同様の連載をしています。
40歳代の海外勤務
3月5日の日経新聞夕刊「40代、惑いの10年。一歩前へ」は、新興国市場開拓のために、現地に駐在する40歳代の日本人職員が増えていることを取り上げていました。アジアでは、2000年に6万人だったのが、2010年では13万人を超えています。
もちろん、現地での生活環境による苦労や、単身赴任での苦労もあります。仕事の流儀が違うことの苦労もあります。しかし、先細りになる国内市場にしがみついているだけでは企業に発展はなく、海外での経験は本人にとって大きな糧(財産、技能)になるようです。
昭和30年(1955年)、奈良の田舎生まれの私にとっては、東京へ出てくることが目標(ささやかな坂の上の雲)でしたが、現在では海外で活躍することが、夢を追う若者の目標なのでしょう。また、そうでなければ、日本の発展はないのでしょう。